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五章ー16話

いつもありがとうございます。

五章14話を改稿しておりますので、よければそちらからご覧ください。

省いていただいても遜色はありません。

 開いた木戸の隙間からひょこっと外に顔を出した乙葉は、思わず特大のため息を落とした。

(いつまで閉じこもってるのかしら、陽乃宮は……ちょっと長すぎなんじゃない?)

 あれからすこしだけ寝入り、起きだしてきた今、空はまだ藍に染まったままだ。

 闇を照らす銀色の月も心なしか、光が弱まっている気がする。

 天照陽乃宮の代わりを務めている月読乃宮もそろそろ疲れてきたのかもしれない。暗闇に閉ざされた世界にますます気分が重くなった。


(これからどうしよう……)

 惺壽と喧嘩したままだ。彼はまだ怒っているのだろうか。

(気まずい……けど、このまま避け続けるわけにもいかないし……)

 項垂れてしばらく悩んだ。

 だいたい惺壽はなににあれほど怒っていたのだろう。原因が分からないので謝りようがないのだ。そこまで考えてはたと思い当たる。

(……なんでわたしが謝らなくちゃいけないのよ)

 惺壽は一人で怒っていたのだ。まったく意味不明だ。

 その癇癪に付き合わされた乙葉こそ謝られるべきで、こちらから謝りに出向く筋合いはない。


(そ、そうよ。わたしは悪くないんだし、堂々としてればいいんだわ)

 丸まっていた肩をしゃきっと広げる。

 戸口で一人ふんぞり返ったものの、廊下を吹き抜けるのは冷たい夜風だけだ。

 ひらりとセーラー服のスカートがそよぐ。

(…………だからってここでこんなことしてても、なんにも変わらないのよね……)

 また小さくため息を漏らし、そっと廊下に踏み出した。

 ソックス越しにも床は冷たく、そして肌寒かった。

 気温が下がっているのだ。ずっと陽が昇らないせいだろう。


 そのまま歩き進めた時、前方の人影に気づいてぎょっとした。

(う……)

 惺壽だ。

 こちらに歩いてくるところだったらしく、乙葉に気づいて足を止めている。


 微妙な距離を開いて対峙する二人の間に、しばしの沈黙が落ちた。

 惺壽の表情はいつもどおり淡々としたものだ。

 だが、刺さる視線になぜか居心地悪さを覚える。

 彼は不機嫌そうというわけではないが、なにかを探られているみたいな気分になるのだ。言いたいことがあるのならいつもみたいに口で言えばいいはずだが。

(嫌味でもなんでも来いよ。意地でもこっちから話しかけたり謝ったりしないんだから)

 そういう想いを眼差しに込めた時、不意に惺壽はくすりと口角を上げたのだ。

「……俺のことばかり考えるのに飽いた、と聞いた気がするが」

「は?」

 そんな言葉に眉を上げた。

 直後「ああ……」と昨夜の自分の捨て台詞を思い出す。

「そ、そうだけど、だからなんなの」

「そう言いながらも、こうして顔を見せに来るとは律儀なことだと思ってね。……もしくは、顔を見たいのはそちらのほうかな」

「はあっ!? そんなわけないじゃない! わ、わたしはただ、惺壽に謝られようと思って来ただけで!」

「おや。それは失敬。……残念だ」

 条件反射のように叫んだ乙葉に、惺壽は飄々と肩を竦めたのだった。

 残念の意味がよく分からないが、とりあえず全然残念そうには見えない。


 まあ、それはさておいてだ。

「まだ謝ってもらってないんだけど」

 昨夜の険悪さがないことに内心ほっとしつつ、それを隠すようにつっけんどんに言った。

 諍いの原因は、そもそも惺壽が乙葉の質問に答えなかったからで、謝るべきは乙葉ではなく彼だ。謝罪を聞くまでは意地でもつんけんしてやるつもりだった。

 

 惺壽の口元が再び緩む。

 そして彼は、ゆったりした足取りで残りの距離を詰めてきた。

 目の前に立った長身の男性に思わず逃げ出したくなったが、ここで逃げたら乙葉の負けだ。

 踏みとどまりつつ、だが明らかにびくびくと睨む乙葉の前で、惺壽はこう言ったのだった。

「昨夜は悪かった。少々、虫の居所が悪かったようだ」

「……は?」

 乙葉の顎がカクンと落ちる。

 同じく目はきょとーんと真ん丸だ。


「…………ごめん、もう一回言って。今、なんて言った?」

 全く悪気はない。

 だがどうしても空耳だと思えず、我ながらの間抜け顔のままにせがむ。

「すまなかったと言っている。慣れない嫉妬に理性の箍を揺さぶられ猛ったがゆえの苛立ちだそれはおまえにも少なからず責があるが言ったところで分かるまい」

「え。あ、うん。……うん? うん」

 ぺらぺらぺらと息継ぎなしの言葉の意味はさっぱり分からず、乙葉はおろおろと頷いた。

 そうして理解できた部分だけをよくよく心の中で租借し、軒先から夜空を仰ぐ。

「天変地異の前触れよ」

「なにを言っているのか理解に苦しむ」

 呆れたような合いの手が入り、その主のほうにがばっとに向き直った。

「だって! だって惺壽が謝ったっ! なんかの予兆としか思えないわ、天乃原中の雲が全部溶けるとか、沼垂主が超絶美男子に生まれ変わって性格までよくなるとか!」

「さて、どちらにしろ天上を揺るがすことには変わりないだろうよ。……謝れと言ったのはおまえのほうだが?」

 ちらりと責めるような目を向けられ、乙葉は「う」と言葉に困る。


「そ、そうだけど……まさかそんなに素直になるとは思わなかったから……」

「反省しているのさ。我ながら機が熟すのを見誤ったとね」

「……機が熟す?」

 意味が分からず、ちょっと眉間を寄せる。

 そんな乙葉を見て惺壽の唇の端にちらりとおかしそうな笑みが閃いた。

「こちらの話だ」


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