五章ー9.5話
だがこれを惚気と呼ぶのだろうか。
「まさかとは思うけれど、否定なさるおつもりではないわよね? 妾を前にしながら、心に描いているのは別の方だということを」
牽制のように鈿女君の言葉が飛んできた。
言い逃れようか。
迷いの隙にその期を逃し、惺壽はただ飄々と肩を竦める。
「さて。……否定の仕様はありませんが」
「では認めるのね。あのお嬢さんに惹かれていらっしゃるのだと」
理屈が飛躍しすぎている。
しばし沈黙を返した。
(……惹かれている?)
これは“心配”とも呼べる感情のはず。
そう鈿女君の言葉を否定することは簡単だった。
だが――諦めのため息をつくように、わずかに目を伏せる。
「……おそらく、そうなのでしょう」
くすりと笑い声が落ちる。
「存外に素直ですこと」
「心から案じるくらいに惹かれていることはたしかですから」
「では、なぜそんな不本意そうな顔をなさっているの?」
尋ねる声はからかいを帯びている。
「……いささか、自分でも戸惑っているのですよ。あれは、今まで浮名を流してきた女人とは比べようもなく青い。なぜそんな小娘に惹かれているのかと」
そう――それは、初めての感情を覚えるほどに。
乙葉が天乃原を訪れた経緯に気づき、あの娘に自身の失恋について打ち明けられた時。
相手の男に興味が沸いた。
知ったところでなんの意味も成しはしない。
そう分かりながら、無粋にもあの娘の記憶を覗き見る真似を止められなかった。
そして垣間見たのは、凡庸な少年と、ありふれた出会いを果たした一場面だ。
なぜという想いしか湧かなかった。
なぜ、あの気の強い娘が、やがて天を衝くほどにあの少年に深い想いを抱いたのだ。
なぜ――そのひたむきさを向けられた相手は、自分ではないのだ。
幾度そう繰り返したところで、初めて乙葉の心を奪ったのはあの気弱そうに笑う少年。
――初めて誰かに嫉妬した。
そう、嫉妬したのだ。
あの特筆すべきところもない少年に。
「青いのはどちらのほうかしら」
衣擦れとともに、片頬にひやりと白い繊手が触れた。
その冷たさに思考を引きずり戻される。
視線を上げれば、惺壽の頬に触れた鈿女君は、すぐ目前に立っていた。
「他の方とは比べようもないですって? 当然でしょう。比べられるはずもないわ」
惺壽は一つ瞬いた。鈿女君の微笑はどこか謎めいている。
「これまで、どんな美姫にも本気にならなかった麒麟さま。……けれど本当に、本気にならなかっただけなの?」
すみません。今日はここまで;




