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五章ー3・5話

 ほっと、乙葉の口から息が漏れる。

 眼下でも、各々に硬直していた男たちが夢から醒めたように身動きを始める。

 惺壽は首を巡らせ、背後にいた男となにか言葉を交わしているようだ。


 態勢を変えた彼は、まっすぐにこちらを目指して駆けてくる。

「すぐそばに岩場がある。そこが沼垂主の居場所だ」

 目の前に舞い戻りるなり告げた惺壽に、乙葉は小さく頷くしかできなかった。

 

 もう飄々とした態度を取り戻しているが、彼は今まで切迫した戦闘現場にいたのだ。

 そして、彼が戦う姿をまともに見たのは初めてだった。

 天虎に襲われた時でさえ、乙葉はすぐにあの場から遠ざけられたから、その後なにがあったのか具体的には知らない。


「……よかった」

 見るからに獰猛そうな狼の前で、麒麟の優美な姿は、ひどく無防備に見えた。

 だがこうして無事に戻ってきた。

 そのことに心からほっとしたのだった。

 

 固い顔で呟いた乙葉に、薄青の双眸はすこし見開かれた後、悪戯っぽく光った。

「たまには可愛げを出すものだ、……と言いたくはあるが、ひとまずは背に乗れ。従者より先に、沼垂主に事の顛末を報告してやろう」

「たまにで悪かったわね」

 憎まれ口を叩き、乙葉は再び惺壽の背に跨った。

 すべらかな体躯のどこにも負傷はない。

 

 惺壽はぐるりと首を返し、沼垂主の家来たちとは別の方向に駆けていく。

 少しして、幾つか大岩が聳える雲を見つけた。

 ひょろっとした木も二、三本生えた場所だ。

「惺壽、あそこ……!」

 大岩と大岩の合間に、立ち動く人影がちらほら見える。

 乙葉が指指すより早く、惺壽はその上空にさしかかった。


 月光に照らされる中、沼垂主はぽかんと口を開けてこちらを見上げていた。

 護身用なのか、今日も手に細長い木の枝を持っている。

 すぐそばには生成り色の着物を着た数人の男たちの姿と、犬らしき動物の姿も数匹見えた。大型犬くらいの大きさで白に黒斑のある毛並みの犬だ。


 乙葉を乗せたまま、惺壽はふわりと舞い降りていく。

「怪我人を数名見かけましたが。迎えを差し向けてはいかがか」

 むぐっと呻いた沼垂主の背後で、家来たちが素早く目くばせを交わした。

 幾人かが斑犬に跨って空を上っていき、さらにその後を、背を空にした犬たちが追いかける。

 この場には数人が残っただけで、誰もこちらに近づいてこようとはしない。


「三岐は(ほう)(けん)とは違い、従順に躾を受け入れるような獣ではありませんよ、沼垂主どの」

 乙葉が背から降りると、惺壽は冷ややかに言った。視線は、離れたところにいる斑犬を向いている。はっと息を吹き返したのは沼垂主だ。

「あ、“あれ”とは三岐のことか。そそそそれで、三岐はどうなったっ?」

「さて。ねぐらにでも戻ったのでは?」

「それでは取り逃がしたということか!? まさか、お主が逃がしたのでは……! ええい、なんということをしてくれた!」

「野に生きる獣に、去ることも留まることも強いはできますまい」

「やかましいわ! もとはと言えば、おまえが大人しく騎獣になっとれば、儂だってこんな苦労せんでよかったんだ!」

 短い指がびしっと惺壽に突き付けられる。

 

 薄青の双眸がわずかに細められた。

「……ほう」

「陽乃宮も陽乃宮でいらっしゃる! おまえのような騎獣が欲しいなどと、酔狂な! 誰の命にも従わぬ騎獣など、飼いならしたところでなんの面白みもないわ!」

「では、おそれおおくも陽乃宮が我が身を欲しておいでと?」

「知るか! 儂はただ、陽乃宮がおまえのような騎獣を探しておいでであるから、適当に見繕ってこいと月読乃宮に命じられただけだ!」

 爆発したように沼垂主が喚く。

 惺壽は深々とため息を落とした。

「……道理で、わざわざ気の荒い獣たちの住処を荒らしていたわけだ」

 

 どうやら、惺壽のような騎獣を探してこいと命じられて、とりあえず飼うのに苦労しそうな妖獣を手当たり次第に捕獲しようとしていたらしい。


3話が長くなったので、読み易いように分けています。

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