五章ー2話
「のこのこ出向いて、雲乃峰に長く引き留められでもしたら厄介だろう」
「でも、これでもう一回天照陽乃宮のお気に入りになったら、沼垂主なんて目じゃなくなるわよ。過去のことだって挽回できるし、あの蛙に仕返してやる機会じゃない」
惺壽は目だけでこちらを見上げた。面白がるような顔つきだ。
「いやに食い下がるな。――たとえそうだとして、俺自身、雲乃峰に返り咲くことに関心がないのだ。仕方あるまい? そもそも俺がどうなろうと、おまえには関わりがないだろう」
「ないわよ。ないけど、……じゃあ、惺壽はなんだったら関心があるのよ……」
おまえには関係ないという言葉が胸に突き刺さり、言葉が尻すぼみになった。
じきに乙葉は中乃国に帰る。
その後はどうなろうと、お互いに知る由もない相手だ。
けれど、月読乃宮の勅命を携えてきた梛雉は本当に嬉しそうだった。
長く不遇を見ていた友人が、ようやく陽を浴びようとしているからだろう。
その気持ちは乙葉にも理解できた。
どんなに嫌味を言おうがセクハラしようが冷血そうに振舞おうが、惺壽が懐深くて優しい人だということは、間違いないのだから。
広く正しく評価されてほしい。
心からそう思うのに、当の惺壽は不要だと言う。
(だったら、惺壽が本当に欲しいものはなに?)
いつも飄々としている惺壽だからこそ、本心も、望みも、誰にも分からないのだ。
俯いて次の言葉を探していると、惺壽は悪戯っぽい声音で続ける。
「さて、いかが答えたものか。心惹かれるものは様々でなんとも答えようがないのでね。……さらに言えば、以前にも同じ問いかけをされた気がするが?」
乙葉が天乃原に来た初日のことだろう。
中乃国に帰るために協力してほしいと頭を下げた乙葉を、彼は興味がないの一言で切って捨てた。
その時にも自分は今と似たような質問をし、返ってきた答えはそう――
「“艶やかな美女ばかり”に心がなんたら……だっけ?」
「覚えがよくてけっこう」
くすりと惺壽の唇が笑みを描く。
かちんときて乙葉は眉根を寄せた。
「そうだったわね。惺壽が興味あるのはきれいな女の人だけだった。だったらこの先一生、出世どころか仕事しないで、悠々自適なヒモ男にでもなればいいんじゃない?」
「紐?」
「ヒモよ」
つんと顎を上げて冷たく答えれば、惺壽はわざとらしく驚いてみせる。
「おやおや。どうやらまた機嫌を損ねてしまったらしい」
「怒ってない」
本当はちょっと、いや、だいぶ怒っている。
(どこまで色ボケしたら気が済むのよ)
そう心中で罵るものの、分かっている。
彼の返事が本気でないことくらい。
だからこそ、こんなに腹が立つのだ。
結局答えをはぐらかされて。
短くてすみません;




