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四章ー6話

  その言葉に、惺壽はゆったりと鈿女君を振り返った。

 からかいついでに乙葉の機嫌を斜めにするのは止めてほしいものだが、この麗人にお守りを押しつけていたのは事実だ。尻ぬぐいくらいは致し方あるまい。

「悪くはありません。……貴女を煩わせたことは、いかようにも償いを」

「けっこうよ。お力になれるなら本望だもの。あの夜以来、妾が、あなたの訪れをどれだけ待ちわびていたか、ご存じ?」

「……さて」

 惺壽は唇に薄い笑みを佩いた。

 鈿女君も同じく薄く笑う。

「まるであなたの虜になったようだったのよ。けれど、どれほど恋しがったって、薄情な殿方はお気に留めもしないのでしょうね」

「薄情とはひどい言われようだ。あの夜に、あなたの美しさに屈服したのは私のほうです」

「屈服? あなたが、妾に? ……まあ、喜ばせてくださること」

 鈿女君が袖を口元に当てて楽しげな笑い声を立てる。

 

 そう――あの夜は、さやかな月光の中、紫木蓮の花が咲き誇っていた。

 人気の絶えた深更のことだった。

 二度と彼女にまみえることはないと思っていたが。

(案外に、奇縁とは身近にあるものらしい)

 このような事態にならなければ、再び鈿女君と関わることはなかったはずだ。

 それもこれも、すべては、あの厄介な娘が目の前に現れたせい。


 惺壽は百花の咲き乱れる園林を見やった。

 乙葉の姿はすっかり見えなくなったが、どこぞで、自分が追いかけてくるのを待っていることだろう。まったく手のかかる娘だ。

「そろそろ、気難しい乙女のご機嫌伺いを致しましょう。放っておくとますますむくれて、手が付けられなくなる」

「むくれるだなんて。彼女、あなたの姿が見えなくて、ずいぶん不安そうにしていたのよ」

「素直にそう言えば、すこしは可愛げもあるのですがね」

「あら、可愛がっていらっしゃるでしょう? あなたが他人を背に乗せているなんて知ったら、きっと雲乃峰のお偉方は腰を抜かしてよ。……それを抜きにしても本当に愛らしい方。初心なお話を聞いているうちに、こちらの胸まで甘酸っぱくときめいてしまったもの」

 鈿女君が少女めいた笑みを浮かべる。

 

 おそらく、乙葉の初恋相手の話とやらのことを言っているのだろう。

(あのじゃじゃ馬の心を奪った男――……ね)

 果たしてどんな男だったのだろう。


「だめよ、惺壽どの」

 不意に言われ、惺壽は瞬いた。

 見やると、鈿女君の朱唇が魅惑的な弧を描く。

「女同士だからできた話なの。知りたがっても妾からは教えてあげられないわ。とくに、あなたには」

 意味ありげな物言いだ。どうやら心を読まれたらしい。

 そして、この短時間で、乙葉の意固地な性格もよく掴んでいる。

「……あれはまだ、女の内には入らないでしょう」

 仲間外れにされた惺壽は、そう肩を竦めてみせた。


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