三章ー11話
大幅に改稿しました。
それに伴い、最終更新日10月11日より、話数が変更になっています。
話の繋がりに違和感がある方は、2015年10月15・16日の活動報告をご参照の上、三章5話からご覧ください。
お手数をおかけします。
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惺壽が部屋から出ていく。
(……? なんだったのかしら)
首を捻った乙葉だったが、やがて小さく息をついた。
「……案外、冷静だったわね……」
初恋と告白、そして失恋の顛末。
我ながらずいぶん淡々と話せたものだ。
今でも、あの光景を思い出すと胸が痛むのに。
(あの子……森野君と同じクラスの子かな……)
森野。それが乙葉の初恋相手の名前だ。
彼は図書委員を務めていて、出会ったのも図書室だった。
入学直後に読書感想文の課題が出され、その課題図書を探していた最中だったのだ。
小柄で色白で、幼い顔立ちの、どちらかというと目立たない男子だ。
性格は温厚。放課後はたいてい図書室にいた。
だから乙葉も図書室に通った。あまり読書家ではなかったが、彼が勧める本は片っ端から読み漁った。徹夜したことも少なくない。
それでも本を返却にしに図書室を訪れ、ついでに読後の感想を伝えると、彼はいつでも嬉しそうに笑ってくれた。それだけで胸がいっぱいになった。
物静かで行儀のよい森野に合わせるように、自分もなるべく気を付けて大人しく振舞った。とはいっても、彼の前に出るとへんに緊張するから、そう難しいことでもなかったけれど。
――そろそろ、告白してもびっくりされないかしら。
分からない。嫌がられたらどうしよう。でももうすこし近づいてみたい。
不安と緊張と期待を抱えながら、乙葉は放課後の図書室を訪れた。
引き戸の前に立って、浅い呼吸を整える。
嵌め込まれたガラス越しに、貸出カウンターに入っている森野の姿が見えた。
――…………?
ここからでは死角になっているが、誰かと話をしているらしく、彼は笑顔だ。
その笑顔に胸騒ぎがした。
乙葉はそっと爪先立って、引き戸のガラス越しに室内をのぞき込む。
カウンター越しに、一人の女子生徒が森野と向かい合っていた。
長い黒髪で、縁の太い眼鏡をかけた女の子だ。
ちょっと気が弱そうだった。猫を被って大人しくしている乙葉と違い、正真正銘大人しそうな子。どこか森野と雰囲気が似ている。
乙葉はもう一度、笑顔の森野に視線を移した。
いつも穏やかな彼は笑顔の印象が強い。――でも、この顔は違う。
――……あ、……無理だ。
気が付けば学校を飛び出し、たんぽぽの前で志保に手刀をくらったというわけだ。
「……………失恋かぁ……」
初めてそう言葉にした瞬間、自分は失恋したんだと改めて実感した。
森野は彼女のことが好きなんだ。
ずっと見てきたからわかる。
彼は決して、あんな顔で乙葉に笑いかけたりしない。
だったら――だったら、もう、手放すしかない。
諦めたくなくても、彼が選んだ女の子は乙葉じゃない。
(大丈夫……大丈夫。絶対、うまくやれる)
通学路を引き返した時、何度もそう心で唱えた。
そうしないと気持ちが揺らぎそうだった。
その気になれば、彼女を押しのけて森野の隣に収まることもできるかもしれない。けれど、そこまでの勇気を持てなかった。
たぶん、あの女子生徒も森野のことを好きだ。
無理やり割って入れば、二人ともを傷つけることになる。
だから諦める。その選択を後悔することはないはずだ。
(……まさか惺壽に慰められるとは思わなかった)
痛みをこらえるように眉を寄せていた乙葉の唇に、ほろ苦い笑みが浮かんだ。
幼すぎて恋とも呼べないと、そう言ったのは惺壽だ。
たしかに爛れた大人の恋愛をしていそうな彼からすれば、そうなのだろう。
(でも傷心の乙女にあんな言い方する? こんな時くらい優しいこと言えばいいのに)
内心でそう憎まれ口を叩くものの、ちゃんと分かっている。
嫌味でも皮肉でもなくて、あれが彼なりの慰め方だったのだ。
あるいは、数々の恋をしてきた経験から導き出された答えなのかもしれない。
自分もまた、新しい誰かに恋をすることがあるのだろうか。
その時に、彼の言葉を理解するのだろうか。
こんなのは最初の一歩。
躓いたことを、いつか自分で笑える日がくるのだろうか。
そして忘れてしまうのだろうか。
――だから、そう悲しむことでもないのだろうか。
「………………」
風が吹き抜けて、ふわりとスカートの裾を揺らした。




