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三章ー9話

大幅に改稿を致しました。

それに伴い、最終更新日10月11日より、話数が変更になっています。


話の繋がりに違和感がある方は、2015年10月15・16日の活動報告をご参照の上、三章5話からご覧ください。

お手数をおかけします。

『乙葉さんのお着物を借りた子ね、昨日、運悪くあの方の目に留まってしまったのよ』

 別れ際に、車の中からそう語り掛けてきたのは、鈿女君だ。

『妾の侍女と言えど、見慣れない風変わりな装いをしていたから、ずいぶん厳しく問い詰めたみたい。おかげで侍女はすっかり怯えて、しばらく泣きやまなかったわ』

 御簾越しに物憂げな呟きが続く。

『本当に殿方には困ったものね。どなたも平気で女性を泣かせるのだから』

『貴女を思うがゆえの振る舞いなのでは? 貴女の屋敷で怪しい娘を野放しにしておくわけにいかなかったのでしょう。恋しい貴女になにかあってからでは遅い』

 素知らぬふりで嘯いた惺壽に、ため息交じりの返答があった。

『ええ。それはよく分かっていてよ。あの方の妾へのご執心ぶりは熱烈ですもの。時に辟易してしまうくらい』

『おや……そうと聞いては気を抜けませんね。ぼやぼやしていては、他の男に貴女を攫われてしまいそうだ。それとも私を妬かせようとしての戯れ事ですか』

 くすりと笑みが聞こえた。

 わずかに内側から御簾が持ち上げられ、合間から美しい藤色の瞳がこちらを覗く。

『なにものでさえ心を捕えることのできない麒麟さま。そんなあなたが、一体なにに嫉妬なさるというのかしら。些細な戯れであなたの心を勝ちうるのなら、どんな女も苦労などしないでしょう』

 朱唇が艶めかしい弧を描く。

 惺壽は笑むように瞳を細めただけだ。やがて御簾の位置が戻る。

『取り急ぎ、このことをお伝えしようとあなたを訪ねて参ったというわけ。不躾なご訪問、どうぞご容赦くださいね』

 そう言い残し、鈿女君一行は屋敷に戻っていった。



「それじゃあ、惺壽。御機嫌よう。乙葉嬢にもよろしく伝えて」

 しばらく居座った梛雉が、鳳凰に変じて屋敷を飛び出していく。

 惺壽は欄干に腰を下ろしたまま、去りゆく友人を振り返ることもしなかった。

 ――さて、どうしたものだろう。

 身じろぎもせず物思いに耽ったまま、時だけが過ぎていく。

 やがて、躊躇いがちな足音に気づいた。

 視線を上げれば、戸口に乙葉が佇んでいる。

 鈿女君の屋敷で借り受けた装束は脱ぎ、いつもの飾り気のない格好に戻っていた。

「……う、鈿女さん、無事に帰ったの?」

「ああ」

 無表情に頷きを返すと、乙葉は迷うように視線を伏せた。

「あの。……あのね。昨日の……わたしの願い事のことなんだけど」

「なにかの見間違い、……だろう」

 ため息のように遮った。

 乙葉は固い顔で唇を引き結ぶ。

 

 それを見れば一目瞭然だ。

 この娘にとって、簡単に語り明かせる話ではないのだと。

(ならば、あえて話をさせる必要もあるまい)

 見当はついた。願いの内容はどうあれ、その事実があればいい。

 


 惺壽はおもむろに立ちあがった。場を外そうと思ったのだ。

「だめ。座って。……ちゃんと話すから」

 だが思いの外、強い口調で引き留められた。

 無表情に顔を上げる。張りつめた瞳がこちらをひたと見据えていた。

 惺壽はわずかに肩と息を落とし、欄干に浅く腰かけ直す。

「忠実なる(しもべ)は、我が君の仰せのままに」

「忠実どころかへそ曲がりのくせに」

 打てば響くような憎まれ口。華奢な肩の強張りがわずかに解ける。

 乙葉はようやく一歩、室内に踏み入れた。

 ゆっくりと確かめるような歩調で、静かに話し始める。


「鏡乃社には、告白しにいく途中で寄ったたって言ったでしょ」

「ああ」

「でもね、本当は……告白したって、フラれるのは分ってたのよ」

 ようやく乙葉が隣に並んだ。室内を向いて惺壽とは反対に、湖を向いて立つ。

 

 その白い横顔を盗み見た。

 遠くを見る目だ。柔らかな髪が水風にふわりと揺れる。

 

 なにかを考え込むような乙葉から視線を外し、惺壽はいつものように淡々と言った。

「じゃじゃ馬どころか暴れ馬に手綱を取ってくれと頼まれたところで、たいていの男が尻込みするのも無理はない」

「あのね……馬みたいな人に馬呼ばわれる筋合いないし、その人にはちゃんと“か弱い女の子”だって思われてたわよ。これでも」

「"これでも"? ……ほう、自覚があったとはね」

「う、うるさいわね。いちいち揚げ足とらないで聞いたらどうなの」

「これは失礼」

 真っ赤な顔で睨まれ、惺壽は飄々と言った。

 

 乙葉は小さくため息をつき、また視線を湖に戻す。

「その人の前では精いっぱい猫被って大人しくしてたの。向こうも、すごく大人しくて優しい性格だから……だから、このままのわたし見せたら絶対好きになってもらえないと思った」

 なるほど。自覚があるのは真実のようだ。 

「半年くらいかけて、けっこう仲良くなって。これなら大丈夫、今日こそ告白するって覚悟決めて。いざ会いにいったんだけど……たまたま、彼が他の女の子と一緒にいるのを見かけた」

 欄干に置かれた両手がきゅっと握り込まれる。

「知らない子だったんだけど……すごく大人しそうで、優しそうで、気の弱そうな子だった。楽しそうに話してる二人を見た瞬間、急に……『あ、無理だ』って思った」

「……なぜ?」

「分かんない。でも、とにかく『無理』だって思ったのよ。だからなにも言わずに、そのまま帰っちゃった。逃げるみたいにね」


 ぽつりと言った声を、風が攫って湖に散らす。

「……その道中で社に寄ったのか?」

 男に会いにいく途中だと言っていたはずだが。

 静かに続きを促せば、乙葉は遠くを見たままゆるく首を横に振る。

「ううん。一度帰ろうとして、でもやっぱり思い直したのよね。ずっと片思いしてたんだし、そんなすぐに諦められなかったから。惺壽にも分かるでしょ?」

「あいにく、そういう片恋には縁がなくてね」

 正直に答えたが、返ってきたのは「ちっ」と忌々し気な舌打ちだ。品のない。

「百戦錬磨のモテ男に片思いなんて無縁か……。とにかく、そんなすぐには諦められなかったの。だから学校に……えっと、その人の所に戻ろうと思って、途中鏡野神社に寄って……」

「……その恋敵が“捨てられますように”とでも願ったのか?」

 それならば、天乃原への道が出来る理由も納得はできる。

 祈りというより呪詛に近いが、必要とされるのは強い情だ。

 怪訝そうに尋ねた惺壽に、乙葉はじろりと視線を寄こした。

「本気で言ってるなら暴れるわよ」

「失敬、ご勘弁願えるかい。屋敷が倒れてはかなわない」

 あっさり謝った。我ながら愚問だ。



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