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三章ー4話

2015年11月18日の活動報告をご覧ください

 小道に踏み入ると、雪のような李の花びらがはらはらと舞って、視界を遮る。

「か、勝手にあっちこっち歩き回っていいの?」

 前を行く長身にそう尋ねた。

 微妙に声が上ずったのは、直前の惺壽の台詞のせいだ。

「些細なことを咎める御方ではないさ。それよりも己の心配をしてはいかがかな」

 白い花吹雪の中、足を止めた惺壽が振り返る。さらりと淡い金の髪も揺れる。

「どれほど美麗な乙女でも、転倒する姿はいただけない」

「こ、転ばないわよ! 借り物だし汚すわけないでしょ!」

「失敬。それこそ要らぬ心配だったようだ。無礼をお詫びしますよ、花の乙女」

 惺壽は軽く笑った。

 茶化すような笑顔にむっとし、乙葉は顔を背ける。

「いいえ、どういたしまして。それと、思ってもないことは言わなくていいわよ。

「花の女神とか、花の乙女とか……一応気を遣って褒めてくれたんだろうけど、惺壽にお世辞なんて似合わないもの」

 

 仮にも精一杯着飾った少女をせせら笑うほど、彼も非常識ではないのだろう。

 だが惺壽が好むのは、先ほど彼を取り巻いていた黎珪たちのような、大人びた美女だ。

 落ち着いた雰囲気の彼女たちに比べれば、乙葉は所詮、子供っぽいじゃじゃ馬にすぎない。

 彼はそのことをよく知っている。

 そんな自分に彼が呆れていることも、分かっている。

 (……冷血嫌味男に気を遣われたって、嬉しくない)

 いつもの皮肉や嫌味を浴びせられたほうがまだマシだ。


「さて――心からの賛辞のつもりだったが、どうやら花の乙女は、まだ花弁を固く閉ざした蕾のようだな」

 不意に頭上から声が降ってきて、そっぽを向いていた乙葉は目を瞬かせた。

「え? ……あ」

 いつのまにか目前に立っていた惺壽が、素早く手を伸ばして、乙葉の髪から芍薬を抜き取る。

 ふっと頭が軽くなった。

 急に心許なくなった場所に手で触れる乙葉の前で、惺壽は満開の花をくるりと回す。

「おまえにはいささか早い」

「…………やっぱり似合わないって言いたいんじゃない」

 唇を尖らせた乙葉に、惺壽はくすりと笑みを漏らす。

「そうは言っていないさ。十分に似合いだ。……ただ、」

 言葉を切り、彼は乙葉の間に芍薬を差し出した。

 つい受け取る間に、頭上の李の一枝に手を伸ばす。

 満開の花が多い中、ごくごく細いその枝は、まだ蕾ばかりをつけていた。

 優美な指先が、なんなくそれを折る。

「満開と咲き誇る大輪はまだ早いと言っているだけだよ、お嬢さん。今のおまえに相応しいのは、この咲き初めだ」

 そう言い、乙葉の左耳の上に、それをそっと挿し入れた。

 ちょうど芍薬が飾ってあったのと同じ場所だ。

「華やいだ装いも、取り澄ました余所行き顔も、おまえの可憐さを存分に引き立てている。見違えるほどだ。……だが、身の丈以上に己を飾り立てる必要もあるまい。花開く春にはまだ遠くとも、青蕾はいずれ必ず咲き綻ぶ」

 見上げた薄青の瞳が、深い色を宿して揺れる。

 彼の手はまだ触れたままだ。

 急に眼を合わせていられなくなり、乙葉はさっと顔を伏せる。

「……い、いつかの話をされても困るわよ。しかも惺壽、いつもはお淑やかにしろとか可愛げがないとか、散々嫌味言うくせに……」

「嫌味とは心外だね。事実を言っているだけだろう」

「だ、だから、将来、そんな別人みたいになる可能性は低いでしょ……」

 なぜだろう。頬が熱い。落ち着かない。

 ため息に似た一拍の間の後、惺壽の手が離れていった。

「目にも綾な百花とて、もとは蕾の姿だったことに変わりはない。今ここにいるおまえが蕾なら、やがて花開くのは一体誰だ?」 

「………………」

 指先が耳朶を掠めたのは、わざとなのか、たまたまなのか。

 たちまち、そこからかあっと熱が広がった気がして、乙葉は顔を伏せたまま、歯を食いしばって早い鼓動に耐える。

 心臓がうるさい。頬が熱い。今、自分はどんな表情をしているだろう。

「――ああ、惺壽さま、乙葉さまも」

 李の花が舞う小道に、凛とした声が響いた。

 はっと顔を上げてそちらを見る。

「黎珪どの」

 小走りに近づいてくる黎珪に、惺壽がそう声をかけた。


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