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会議ロボット(4000文字)

 男は大企業に勤める会社員だった。彼は特に目立つ男ではなかったが、仕事ぶりは真面目であり、また頭の回転も悪くなかったので上司に気に入られ、しだいに仕事を任されるようになっていった。

 その頃、会社内の複数部署共同で行うプロジェクトの話が立ち上がった。プロジェクトは、各部署ごとの十人程度からなるチームと、各チームのリーダーたちからなる統括チームの二階層で進めていくことになった。そのチームの一つを任されることが決まり、男はおおいに喜んだ。これまで下っ端の仕事ばかりだったからである。

 しかし、そんな男を待っているのは会議の山だった。

 チーム内での仕事の割り振りについての会議。

 複数チームに関わる部分についての会議。

 各チームの進捗についての会議。

 進捗が遅れていることを、どのように上司に説明するかについての会議。

 会議を行うために会議室を予約するルールについての会議、などというものもあった。

 朝から晩まで会議会議。これまでならば、そんな会議は上役に任せ、自分の仕事をしていればよかったが、今は自分がその上役。部下たちから仕事が遅い遅いとせっつかれるも、毎日のようにある会議にばかり時間が取られ、彼の仕事とストレスは溜まっていくばかりだった。


 そんなある日、昼過ぎから夕方までつづいた会議をようやく終え、男が自分の机に戻ると、来客が待っているとの伝言が残されていた。

 その日は特に来客の予定はなかったので、セールスの飛び込みの営業かと思ったが、身のない会議が終わったばかりですぐに仕事を戻る気分にもなれなかった男は、気分転換にあってみることにした。

「おまたせしてしまい、たいへん申し訳ない」

 そう言いながら、男が来客が待っている部屋に入ると、二人の男の姿が目に入った。ひとりは、安物のスーツを着た中年の男であり、もうひとりは、冬でもないのに長いコートを着込こみ、顔を隠すように帽子を目深くかぶった男である。中年の男は、慣れているのか、だいぶ待たされたのにもかかわらず、椅子に深く腰掛け、リラックスした様子だ。

「いえ、とんでもない。わたくし、こういうものです」

 そう言いながら、中年の男はすばやく椅子から立ち上がると、名刺を差し出した。受け取った名刺の肩書には、事務用品販売とだけ書かれている。やはり、飛び込みのセールスマンのようだ。

「事務用品といっても色々あるが、一体何を売っているんだい。そもそも、事務用品のセールスなら、自分よりもっと適切な売り込み先がいるんじゃないかな」

 男は、二人に椅子を勧めながら尋ねた。中年のセールスマンは椅子に座ったが、コートの男は座わろうとせず、その後ろに立ったままである。男は興味ありげにコートの男をチラチラとみたが、彼はその視線を気にするふうもなく、無言でのままだった。

「本日は、お客様が一番必要としている商品を持ってきました」

 セールスマンは、男の様子を気にするでもなく、笑顔を崩さぬままそう言った。

「ぼくが一番必要としているものだって?それは一体なんなのだい?」

「はい。それは、こちらの会議ロボットでござます」

 そう言うと、セールスマンは後ろに立っているコートの男の帽子を脱がした。その下にあったのは、特徴のない、茫洋な表情を浮かべた顔。よく出来た造形であり、ぱっと見には人と見分けがつかないほどであったが、ロボットだと言われてから見ると、確かに作り物らしさを見て取ることができた。

「なんとロボットだったのか。まったく気が付かなかった。しかし、本当にそのロボットが会議に参加なんてできるのかい」

「まあ、見てください」

 そう言って、セールスマンは鞄から文章の書かれた紙束を取り出し、ロボットに渡すと、すぐにロボットは、その文章を読み上げはじめた。その声は、やや棒読み気味であったが、滑舌のしっかりしたよく通る声。

「たしかに、しゃべる声だけ聞くぶんには、ちゃんと人がしゃべっているように聞こるな。しかし、いくら綺麗にしゃべることができても、ちゃんとした受け答えができないことには、会議に出すわけにはいかないよ」

 男はまだ気乗りしないようすだった。

「それについても、問題はございません。試しに何か話しかけてみてください」

 男は、試しに幾つか話題を振ってみると、ロボットはそれらに対して、いかにも話はわかっているとばかりにうなずきながら、

「おっしゃるとおりです。わたしもそう思います」

「それで、間違いないかと存じます」

「確かに、基本的にはそれでよろしいかと思いますが、なかなかに微妙な問題ですので、もっと議論を進めたうえで結論を出す必要があると思われます」

 などと、なんとも曖昧な返事を繰り返した。

「いかがでしょうか」

「うーん……本当にこれで上手くいくのかい」

「ははは、大丈夫ですよ」

 疑問顔の男に対して、セールスマンは気楽に言った。

「では、こうしましょう。このロボットを二週間ほどお貸ししますので、試しに使ってみてください。そこで、問題がなかった時に、ご購入についてまた考えていただくということで」

 男はまだ疑っていたが、つまらない会議に出ることにもいい加減飽き飽きしていたので、無料で貸し出してくれるならばと、セールスマンの提案を受け入れた。


 ロボットを使うようになると、男の仕事は目に見えてはかどるようになった。

 ロボットが代わりに会議に出てくれるおかげで、その時間を自分の仕事の為に使えるというだけでなく、思索を中断させられることも減ったからである。ロボットに会議で喋らせるための原稿を作る必要はあったが、もともと会議用の資料は作らなければならなかったので、大した手間というわけではなかった。

 最初はリーダーもおかしな物を買ったものだと思っていたチームのメンバー達も、ロボットが会議から戻ってきた後にコーヒーを淹れてみんなに配ってまわったり、仕事の後に一緒にカラオケに行って古いロボットアニメの歌を熱唱してみせたりするうちに、すっかりこのロボットを気に入り、チームの新しいメンバーだと考えるようになった。

 約束の二週間はたちまちに過ぎ去り、セールスマンが再び男の元を訪れた。

「あれから、ロボットの調子はいかがでしょうか」

「キミが来るのを待っていたよ。ロボットの働きには感謝してる。おかげで、ボクの仕事もはかどるようになったよ」

「ほかの方に、会議に出ているのがロボットだと知られて、問題になったりはしませんでしたでしょうか」

「いいや。ときどき、喫煙室で他のチームのリーダーにあい、世間話をすることがあるのだが、そこでも特に話題になったことはない。おそらく気がついていないのだろう」

「それは、たいへん結構なことです」

 セールスマンは満足そうにうなずいた。

「しかし、なぜみんな、彼がロボットだと気が付かないのだろうか?ちょっと突っ込んだ質問でもすれば、すぐに気が付きそうなものなのだが」

 男は腑に落ちないようすだった。ロボットのことは気に入っているが、会議が問題なく動いている事実だけは、どうにも納得いかない。

「それは、単純な話です」

 セールスマンの顔に、営業用のものとは思えぬ、自然な笑みが浮かんだ。自分の商品のとっておきの機能を説明できることが、嬉しいのかもしれない。

「会議が面倒だと思っているのは、何もお客様に限った話ではありません。会議を早く終わらせて、自分の仕事に戻りたい。それは、みなさま共通の思いなのです。

 そのため、どなたも議論を混ぜかえして、会議を長引かせるような事は極力さけます。自分の意見に対して強く反対されない限りは、特に深く追求せずに、聞き流したがるものなのです。

 そこで効果的なのが、あの曖昧なしゃべり方なのです。あのように曖昧に肯定されると、相手としては多少違和感を感じたとしても、それ以上追求できなくなる、というわけです」

「なるほど、そういう仕組みだったのか」

 男はようやく合点がいった。

「それでは、商品のご購入は、いかがなさいましょうか」

「よし、正式に買おうではないか」

 男は即答し、契約書にサインをすると、ロボットとともにセールスマンを見送った。


 それからしばらくたったある日、彼のチームが携わっていた仕事に大きな区切りがつき、その事を会議で説明することになった。

「これまでは問題なかったが、今回は、はたしてちゃんと全部を説明しきることができるだろうか」

 ロボットに読ませる為の原稿をいつもより詳しく書きながら、男は不安になった。

 これまでは、仕事が進んでいなかったこともあって、報告もごく形式的なものであったが、今回はこれまでしてきた仕事をまるまる説明しなければならない。他チームから、色々とつっこんだ質問も出てくるかもしれない。

 今日ばかりは自分が代わりに会議に出て、説明しようかとも考えたが、すぐにその考えを捨てた。その頃になると、彼もまたロボットのことを部下の一人だと考えるようになっていた。そして部下の仕事を、特に失敗をしたわけでもないのに取り上げるようなまねは、彼にはできなかった。

 そこで彼は、ロボットが会議に向かうのを見送ったあと、仕事場を抜け出し、会議室へ向かうことにした。外から会議の様子を見て、もし上手くいってないようならば、その時は出て行ってフォローしよう、というわけである。

 男は会議室に着くと、息をひそめながら、こっそりとなかを覗きこんだ。

 するとなかでは、同じ顔をした数台のロボットたちが、しきりに頷きながらあいながら、あの曖昧な言葉を交わし合っていた。


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