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第4話 ☆平居郁人 宣戦布告を受ける


『大丈夫なんですか? そんな子引き取って』


「意外に使えるかもしれないよ」


『そうは思えません……』


まぁ、普通は心配になるだろう。まったく畑違いな人間を他部署から引き取るのだから。

それも事務職でもない、芸術かぶりな部署 “商品POP制作室” だから尚更だ。


「まぁ、ここに来る前に辞めてしまうと思うけどね」


『だったらいいんですけど……』


相変わらず手厳しいな、小森は。


俺が4階のフロアー長を兼務する事になった際、彼女を2階から直接引っ張ってきた。

仕事が出来るのはもちろんだが、面倒見がいいので後輩に慕われていたからだ。

比較的若い女子社員で構成されているヤングカジュアルフロアーでは、俺が出しゃばるより、小森のような姉さん肌の人間がまとめるほうが上手くいく。


実際、小森に任せて半年経つが、期待以上の働きをしてくれていた。


「とりあえず、なるようになるさ」


『平居さんはいつもそうやってお気楽な発言を……』


右手を上げて続きを遮る。

小森は同期入社のせいか、年下で部下という立場であっても俺に説教してくる。

まぁ、出世して叱ってくれる人間も確実に減っていく中、貴重な存在に変わりはない。

普段は大人しく耳を傾けるのだが、今はマズイだろ。


手の平を返して腕時計をみせる。


「いいのか? 時間」


急に小森が青ざめた。

昼間に、今日は用事があるので早めにあがると聞いていた。

本人はすっかり忘れていたのだろう。慌てて荷物をまとめ始めた。


『すいません。お先に失礼します』


「はい、お疲れさん」


パタパタと小森が帰っていく。

事務所のなかに一人きりになると、途端に静けさを感じた。


売場は、秋服の展開が始まって間もない頃だ。この時期普段に比べると少しヒマになる。

時間はまだ21時をまわったところだった。

ヒマといってもやるべき仕事は山のようにある。ただ火急のものがないだけだ。

しかし……


俺もあがろうかな。


来週から、目が回るような忙しさがやって来る事が分かっていた。

なおさら今夜ぐらい休んでおいた方がいいのでは……と思ってしまう。


やる気が出てこないのをいい事に パソコンの電源を落としてしまった。

FAX用紙を取り上げ、急ぎがない事を確認する。

ついでに横のコピー機の電源を落とす。

ポットのコンセントを抜いて……


いつもの流れで帰り支度を進めていると、予想もつかない来客がやってきた。


ノックの音に反応する。


「どうぞ」


ドアを開けて入ってきたのは 営業企画部部長 真木優介(まきゆうすけ)だった。





本来ならすぐさまこちらから挨拶をするのが礼儀なのだが、驚きの余り声がでない。


『お疲れ様。……もうあがる予定だったのかな?』


……いったい何をしにここへ? 


「ご用件はなんでしょうか」


あからさまに不機嫌な声になった。


『悪いね。邪魔をして……』


「用件をどうぞ。ヒマじゃないので」


顔を見るだけで不快さが募ってくる。


『そうだね。歓迎されていないようだから、用件だけ言うよ。

今度うちの部下を君に預けることにした。 藤井香織だ。 君もよく知っているだろ?』


それがどうした? 何が言いたい?


『時間を惜しまず通ってたそうじゃないか、POP室に……』


敢えて嫌味な言いまわしに、頭に血が上ってカッとなる。


「仕事ですけど、何か問題があるんですか!」


どうにも喧嘩口調になってしまう。

が、相手は全く動じず、不敵な笑みを浮かべて返してきた。 いちいちムカつく野郎だ。


『いや、特に何も……。 まあ、これから先は君の自由だ。煮るなり焼くなり好きにすればいい。遠慮はいらないよ』


遠慮の意味がよくわからないが、とにかく腹が立つのは事実だ。相手のニヤけた顔を殴りたくて仕方なかったが、グッと気持ちを押さえ込む。


『……ただし』


黙っていたせいか、調子づいた相手が鋭い視線でこちらを捕らえてくる。負けないようにこちらも睨み返した。


『生かすも殺すも君次第ということ。決して忘れないように』


は? 思いもよらない責任の所在に、思わず反論の言葉が出る。


「まるで有能な人材を譲っていただけるような口調ですが……」


『そう思ってくれて結構だ』


なにっ?! 

聞いてあきれてしまった。 まるで自分の娘を可愛がるバカ親の台詞にしか聞こえなかったからだ。 思わず鼻で笑う。


「はっ、藤井のどこにそんな……」

『話はそれだけだ。よろしく頼むよ』


俺の意見は(はな)から聞く気などなかったのだろう。かぶせる様に言い切って、踵を返して出て行った。それを呆然と見送ってしまう。


な! 何様のつもりだ、アイツ!!


我に返った瞬間、怒りが沸点を越えた。……と言っても相手は部長サマである。なにぶんにもそれ以上の文句が続かない。 それもまた俺の怒りを増幅させた。








振り返って見ても、アイツの来訪は不快さしか残らなかった。

話し方も、内容もいちいち癇に障った。


あの、人を見下した視線。

アイツは俺が藤井を使いこなせないと思って、わざわざ笑いにきた。


ムカつく。


着替えを終え、ロッカーの扉を閉める。

苛立つ気持ちが行動に出ているのだろう。いつもより大きな音がロッカールームに響いた。


他の誰かに同じ事をされても、これほどまでに心を乱される事はない。

しかも冷静に対処できる自信がある。


だけど アイツだけは駄目だ。

何より嫌悪感が先にたって、苛立ちを抑えられなくなる。


「くっそぉ!!」


解放されない腐った気持ちを持て余す。

勢い余って、ロッカーの端を蹴り飛ばしたが


「イテっ」


痛いのは自分だけである。


「もう!なんだよ!」


こういう行き場のない怒りというのはどう処理したもんだろうか。

最近タバコも止めたので、頼る術がない。


酒もな……。


車で1時間以上かかる所に住んでいるので、それも気が進まない。

というより、もともと酒が好きではない。


深いため息をついて、ベンチに腰掛けた。


「生かすも殺すも、俺次第か……」


少し気を落ち着けて考えてみる。

藤井については、実際少し前から気には留めていた。POP作りのセンスも買っていたが、俺としては別の才能に目がいった。藤井と話していると、その柔軟に繰り出されるアイデアの種に驚かされる事が間々あったのだ。

名ばかりといっても営業企画部に所属している彼女が、企画とはまったく無縁の仕事に就いている。 もったいないというか、不思議なめぐり合わせだなとよく思った。


アイツは藤井のそういう才能を知っていたのかも知れない。あれは藤井の可能性をちゃんと見ろと言いたかったのか……。

わざわざ俺に発破を掛けに来た理由はそれか?


「……っつうかさぁ。わかってるんだったら自分で育てろよ。俺に押し付けるな!」


納まったはずの怒りが、ぶり返してくる。


たしかそういう鳥がいたはずだ。カッコウだったか? 托卵する鳥だ。

その姿が頭に浮かんだ瞬間、アイツの腹の中が見えた気がした。


……ちっ、腹いせのつもりかよ?  相変わらず性格が悪いし。


カッコウまがいなアイツの行動に踊らされるのは気に食わない。

だが、やっぱり出来なかったのかとあざ笑われるのはもっと許せないと強く思う。


大きなため息が自然に漏れ出た。


叩きつけられた挑戦状を、笑って破き捨てられるほど自分は賢い大人になれていない。 自分の未熟さが身にしみた。 それでも……


「やってやろうじゃないか。……みてろよ。藤井の才能をこの手で咲かせてやる!」


とにかくアイツに負けるのはもうたくさんだ。

過去の自分と決別するためにも、この勝負は絶対俺が勝つ。


そう自分に誓って ベンチから立ち上がった。




お読み下さってありがとうございます。

葉月の章はここまで。次回新章が始まります。

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