表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二人の物語  作者: 水月
1/4

第一話

わかりにくい表現がありますが、ご了承ください。

内容を少しでも不快に感じたら、読むのを止める事をおすすめします。

  「どうして、家には父様がいないの?」


 夕食前、一週間に一度は必ず、幼い娘から投げかけられる疑問。母親である彼女は静かに答えた。

 「いないと困ったことはあった?」

娘は首をかしげ、しばし考える。そして、特に困った思いをしたことがなかった彼女は、首を今度は横に振った。そして手を合わせ、いただきます、と小さな声で挨拶をして、食事を始めた。

母である彼女は、そんな娘を見守っていたが、静かに溜息を一つついてお茶を口に含んだ。


 一児の母親である彼女・・・名前をセレンという。やや浅黒い肌に、短い金茶色の髪をいつもターバンで覆い隠して、怪我人や病人へ治癒術を施したり、薬作りや、畑仕事をこなしている。名前の後には、家をあらわす言葉が続くはずだが、彼女はそれを名乗らない。・・・というか、名乗れないのだ。彼女は孤児であったから。

 彼女は赤子の時、修道院の前にかごに入れられて捨てられていたという。寒い冬の日のことであった。彼女は心優しいシスターに育てられ、すくすくと成長していった。しかし、彼女が7歳の時に、修道院が火災で焼け落ちてしまって、親代わりのシスター達が死んでしまったり、わずかに生き残ったりしたものもその地を去っていくなど、彼女は後ろ盾を突然失ってしまった。彼女は物乞いをして生計を立てていくしかなかった。時には身売りするしかないか・・・と思った時もある。しかし、彼女は決してそれはしなかった。それで死んでしまったら、それまでの人生だと、彼女は幼いながら、腹をくくっていたのだ。

だが、どうやら運命は彼女に味方したらしい。しばらくして、そんな彼女を見ていたある老婆に、故あって引き取られ、現在住むこのポートランド地方に落ち着いた。

 このポートランド地方は田舎ではあるが、豊かな土壌であったため、農耕が盛んであった。その豊かで穏やかな地方の村で、セレンは、まだ存命であった老婆の教えの元、あらゆる知識を学んだ。老婆は不思議なことに、その見かけからすると、到底想像も付かないほど知識が豊富であった。薬草・魔術・農耕・学問・歴史・地理・・・そのどれも、セレンには新鮮なもので、老婆の教えるものは片っ端から吸収していった。唯一老婆が教えられないものといえば、体術・剣術などの実技であったことぐらいであろうか。セレンは今後のことも考えた老婆から、知り合いの剣術道場へ行くことを勧められ、そこで剣術・体術を身につけていった。彼女は弓も得意であった。老婆の指導の下、趣味もかねて、猟をしていたからである。

 しかし、彼女はその後しばらくして、老婆に黙って道場を辞めてしまった。理由は、彼女の妊娠である。

 老婆はセレンに詰め寄り、お腹の子供の父親を聞き出そうとした。当時、彼女に言い寄っていた道場の修行仲間で、村の有志の息子あたりではないかと疑っていたが、結局、セレンは頑なに口を割ろうとはしなかった。やがて月満ちて、娘が生まれた。彼女は当時18歳という若さで、一児の母となる。周りは最初好奇の目で見たり、噂をたてていたが、セレンは気にしなかった。周りに頼らなくても、ある程度生活できる知恵と技術はもっていたこと、なにより、住んでいる村では治癒術全般を扱えるのが老婆と彼女だけであったから、人々も彼女を影で色々言っていても、面と向かってはセレンを邪険には出来なかったのだ。

 それから5年・・・育ての母である老婆は娘が生まれた3ヵ月後に病で亡くなり、その老婆と二人過ごした家で、母子二人貧しいながらもなんとか生活していた。

 一人娘の名前はリアンナ。こちらは母と違って、色白で銀髪をお下げにしている。銀髪は珍しくはないが、瞳はこの地方に珍しく、母であるセレンと同じ紫であった。娘の髪・肌の色は父親似であるのだろうが、リアンナには、父親との記憶はない。物心付いた時から、いつもそばには母だけがいた。


 多忙であったがゆえに、頭の隅に追いやっていた事。

セレンが最近、気にかかっていたのは、老婆が死の淵で、セレンにこう告げた言葉である。

 「自分の歴史をたどることになるかも知れぬ・・・」

そう言って、彼女にネックレスを一つ渡し、老婆は旅立っていった。銀の鎖に青い小さな宝石と真珠が飾ってある美しい指輪が通されたネックレス。この遺品と、彼女の言葉が何を意味するかはわからなかった。

 あの頃の彼女は、とりあえず生活していかねばならないため、必死であった。彼女は老婆の言葉を頭の隅に追いやり、その日から懸命に働いてきたのだ。そして、生活が落ち着いた今、あの時の光景が頻繁に夢に出てくるようになっていた。それが何を示唆しているかわからないが、娘だけは何があっても守らなくてはならない。いままであらゆる知識や技術を身につけてきたのは、このように自分、あるいは守るべき者の守る為なのだから。


 自分が何者でも、愛してくれた人との大切な愛の結晶。自分の血も受け継いでいる子供。

しかし、年々成長していくわが子が、自分のかつて愛した男の面影を色濃くするたび、憎しみと懐かしさと・・・かすかな恋慕が入り混じった、複雑な感情を抱くのだ。今はもう会う事はなく、他に心変わりした人に対して、このような感情を抱くのはおおよそ合理的ではない、とわかっていながら・・・。セレンはただ、今日も娘のために働き、そして娘と共に眠るのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ