第7話 膨らんでゆく気持ち
彼の車の助手席に乗ると、思わず「はぁ〜」っとため息。
「なに?どうしてため息?」
車のエンジンをかけながら、彼が少しだけムッとして言った。
「え?えっと……ごめん。なんでもない」
勝手に出てしまった事だけに、何て答えたらいいのか……。
「ドライブ行きたくなくなった、とか?」
「そんなこと、あるわけないっ!」
自分でもビックリするほど大きな声で叫んでしまった。
これじゃあ、ドライブに行きたくて行きたくてしょうがないって感じだ。実際、ものすごく行きたいんだけど……。
「そっかそっか」
嬉しそうにニヤニヤ笑いながら、私の顔を覗き込む。
「な、なに?」
「最初から飛ばしすぎちゃったかな……咲さん、ごめんね。おわび」
ちゅっと音を立てて唇が触れた。
そして、何もなかったかのように車を発進させる。
飛ばしすぎたおわびにキスって……おわびになってないんだけどっ!と思いながらも顔は自然とにやけてしまう私。
(まったく、私って……)
「今日の目的地は時間が重要だから、こまめに休憩とって時間の調整しながら行くね」
高速に乗ってしばらく走ると彼が言った。
(時間が重要?)
う〜ん…どこに行くのか、まったく検討がつかない。聞いても「お・た・の・し・み」と教えてくれないし。
でも彼が楽しそうにそう言うって事は、きっと素敵なところなんだろう。楽しみにしておこう。
一つ目のサービスエリアに寄りランチをすることにした。
せっかく早く起きたのに身支度に時間がかかってしまい、朝食を食べ損ねてしまった。お腹は超ペコペコ。
彼の前だから、あんまりがっつくのも嫌だったけれど食い気に負けてしまい、なんとも女の子らしからぬ『カツ丼定食』なるものを注文してしまった。いまさら格好つけてもしょうがない。
彼はてんぷらそばを食べながら、私が一心不乱にカツ丼を食べている姿を見て微笑んでいた。
「咲さんって初めて食事したときもそうだったけど、美味しそうに食べるよね」
「だってお腹ペコペコだったし……あっ、翔平くんも食べてみる?」
一口食べかけのカツを挟んだ箸を彼の口元に持っていって、(あっ食べかけだった)と気付いた私はその箸を戻そうとした。すると彼は私の手首をサッと掴んでそのカツをパクッと食べてしまった。
「食べてないのをあげようと思ったのに……」
「咲さんが食べたのが食べたかったの。間接キッス!」
間接キスって……もうキスしちゃってるんだから、間接も何もないじゃない。
あまりにも彼が可愛い事を言うもんだから、笑ってしまった。彼もつられて笑う。
こんな些細な事がすごく幸せですごく楽しい。彼もそう思ってくれているといいな……。
その後も時間調整のため何度か休憩をとり、夕刻、山の中腹にある海が綺麗に見渡せるサービスエリアに入った。
「はい、今日の目的地はここ」
「え?サービスエリアが目的地って……」
何があるって言うんだろう。そう疑問に思っていると、彼が私の手を掴んで売店に向かった。
「すみません。これ下さい」
そう言って彼が手にしたものを見てびっくりした。
(南京錠?)
鍵なんて買って、どうするのか。また疑問が増えてしまった。
?マークが頭いっぱいになって変な顔をしている私を見てクスクス笑った彼がポケットからマジックを出した。
「ここに二人の名前を書いて、裏には願い事を書くんだよ」
「そ、そうなんだ」
少し大きめの南京錠とマジックを渡された私は、言われたとおりに名前を書いた。
私からマジックを取り上げると、彼も名前を書く。
「願い事は……『永遠に離れず』ってのはどう?」
どう?って……耳に唇が当たってるんですけどっ!
(そんなこと言うと、本当に離してあげないぞっ。この小悪魔)と思いながら、うんうんと頷く。
でもその鍵をどうするって言うんだろう。
願い事を書き終えるとまた私の手を握って、今度は一本一本指を絡ませギュッと恋人繋ぎをしてきた。
その行為にドキッとしてしまう。でも、それ応えるよう、その指に力を込めた。
彼に連れられて歩いていると、そのサービスエリアで一番景色がよく見える場所に着いた。
転落防止の為に設置してある柵をよく見てみると、大小様々な南京錠が所狭しと繋っていた。
これはどういう事?と問いかけるように彼の顔を見てみる。
「ここはね、海に沈む夕陽がとても綺麗に見えるところで有名なんだ。その夕陽を見ながら二人一緒に
願いを込めながら南京錠を架けると、その願いが叶って幸せになれるんだって」
私はその手の迷信めいた言い伝え的なものがあまり好きではなかった。
どちらかと言うと、願い事欲しいものは自力でというタイプ。
でも今日は素直に信じてみたい気分になっていた。きっと彼が相手だからだ。
出来ればずっと一緒にいたい……心から、そう思っている。
「今日は良い天気だから夕陽も綺麗に見えるだろうし、願いバッチリ叶っちゃうね」
彼が強く手を繋いでそう言ってくれるからか、気持ちがどんどん私に伝わってくる気がした。
「本当に叶うと嬉しい……」
彼に聞こえないくらい小さな声で言ったつもりだったのに、彼は私のその言葉に気付いてしまった。
「咲さんとここに来れて本当に良かった。好きだよ……」
繋いでいる手と反対の手で私を抱きしめ、私の頭に頬を摺り寄せてくる。
ちょっと恥ずかしくなって周りを見渡してみると3組程カップルがいた。が、皆、自分たちの世界に
突入していて、私たちの事なんか気にもかけていなかった。
(じゃあいいか……)私も少しだけ大胆になってみようという気持ちが膨らんだきた。
グッと背伸びをして彼の耳元に唇を近づけ囁いた。
「私も好き……」
そう言って、彼の耳と頬に甘いキスをして気持ちを伝えた。
彼はビックリしたように一瞬目を見開いたが、すぐに優しい笑顔に戻ると「もうすぐ夕陽が沈むよ」と言って、手を繋ぎ直した。
対岸の山の先端をなぞるように輝きながら沈む夕陽……二人で一緒に南京錠を持ち、ガチャリと鍵をかける。
(永遠に離れない……)そう、もう一度心に誓い彼の顔を見ると、何か伝わったのか、うんと頷いてくれる。
私にとって忘れられない場所になりそうだ。
(またいつの日か、彼と来れますように……)