第6話 小悪魔、降臨。
今週の私は、よく働いた。一生懸命働けば、早く土曜日になるような気がして。
思ってたよりも私って分かりやすい性格してたんだと、改めて知ったわけで……。
結局彼は、仕事が早く終われる日はなく、直接会って話をすることは出来なかった。
でも木曜日の夜遅くにメールが来て、土曜日は11時に迎えに来てくれることになった。
その後もしばらくメールのやり取りをしていたら、
『やっぱり今から会いに行ってもいい?』
彼からのメール。
私も会いたくなっていた。彼も同じ気持ちだったことが嬉しかった。
でも、今日も彼は遅くまで仕事だったんだ。今ここで私が「来てほしい」なんて言ったら、今以上に疲れさせてしまう。そんなこと、年上の私がさせちゃいけない。
『明後日には会えるんだもん。翔平くん、毎日残業で疲れてるでしょ?早く体休めないと』
本当はこんなメールを送りたかったわけじゃない。
だからか、送信ボタンをすぐには押せなかった。本心じゃなかったから。
希美と話をしてる時は、素直に…私らしくって思ったのになぁ。
全然だめじゃん、私。
そんな自分の気持ちをグッと堪えてなんとか送信し、バサッとソファーに座り込む。
こんな時、二十歳くらいの女の子なら「私も会いたい」とか「今すぐに来て」なんて普通にメール出来ちゃうのかな。
私が二十歳のときはどうだっただろう……なんて事を考えていたら、彼からメールの返信がきた。
『それでも会いたかったんだけど。しょうがない、楽しみは土曜日までとっておくよ。おやすみ』
そうよ、土曜日までの我慢!そうすれば、会えたときの喜びが増えるってもんだ。
何だか言い訳がましいけど、そう思うことにした。
そうだ、こう言う時は寝ちゃうに限るっ。そう自分に言い聞かせて私もおやすみのメールを送った。
土曜日の朝、いつにも増して早く目が覚めてしまった。
(これじゃあ遠足に行く日の小学生みたいじゃない)ははっと声を出して笑ってしまう。
30過ぎて、しばらく忘れていたトキメキってやつだ、これは……
まだ自分の中に、こんな気持ちが残ってたとは驚きだ。ちょっと可愛いじゃない、私!
うん、今日は頑張れそうな気がしてきた。
時間はまだタップリある。シャワーを浴びて、念入りに化粧をしよう。
何だか気持ちばかり焦ってしまう。
一番キレイな自分になって、早く彼に会いたい。
10時半頃には支度もバッチリ整い、玄関横に置いてある鏡の前で自分の姿を見つめていた。
「うん、上出来!」
いつもはパンツ姿が多いけど、今日は膝上丈のミニスカート。上着はふわっとした女の子らしいフォルムものを合わせた。
幾分は若く見えるかしら……。無理し過ぎない程度に頑張った。
後は、お気に入りのバックにお気に入りのパンプス。
よしっ!これで出来上がりっ!!
手に握りこぶしを作ってガッツポーズをしていると、玄関のチャイムが鳴った。
思わず「わぁーーっ」と声を出してしりもちをついてしまう。。
「咲さん、大丈夫?」
ドアの向こう側から翔平くんの心配そうな声が聞こえた。
「う、うん。大丈夫。今、開けるね」
もう一度身なりを整え、そっと深呼吸をしてからドアを開けた。
「おはよう」
彼にそう挨拶をしたけれど、応答なし。どうしたんだろうと顔を覗き込んでみると、まるで花でも咲いたかのようなとびっきりの笑顔を私に向けてくれる。
「咲さん、最高!可愛いっ!!」
そう言いながらガバッと私を抱きしめた。
う、嬉しいけど、く、苦しい……。
しばらく物凄い力で抱きしめられていたが、私がバタバタともがいているのに気がついた彼は、腕の力を弱めた。
そして顔を私の耳に近づけて、悪戯っぽく言った。
「ごめんごめん。我を忘れて力入れすぎちゃった。でも咲さんが悪い、こんなにも可愛いんだもん」
耳にかかる彼の息に蕩けそうだ。気持ち良くて足に力が入らなくなる。
彼がそれを腰に手を回して支えてくれた。
「あ、ありがとう」
照れながらもちゃんと顔を見てお礼を言った。
「いいえ、どういたしまして。何?気持ち良くなっちゃった?」
ぎゃーーーーーっ!気付かれてるなんて、恥ずかし過ぎっ!!
今日の彼は少し別人に見えるんですけどっ!!!
真っ赤にしているであろう私の顔を、物凄く近くで見つめてくる。
って言うか、近すぎるんですけどっ!!
私は彼の胸の辺りをおもいっきり押して、少しだけ彼から離れた。
今からこんな状態じゃ、先が思いやられる……。
「ほんと咲さんは可愛い。つい、苛めたくなっちゃうんだよなぁ」
苛めたくなるって……こ、小悪魔か!?
「やっぱり私で遊んでるでしょ?」
「それだけ好きだってこと。さっ、出かけようか」
軽くかわされた感じだ。
なんだか納得いかなくて1人ボソボソ言いながら玄関の鍵をかける。
鍵をバックの中にしまい振り返ると、いつもの笑顔で「はい」と手を差し出してくれる。
彼の笑顔を見て思い出した。
(今日は素直な私で……)
そっと彼の手を握った。グッと引き寄せられ彼との距離が縮む。
もうこれ以上なくドキドキしながら彼の顔を上目遣いに見てみると、何とも意味深にニヤリと笑う。
なんですか、その笑顔。やっぱり小悪魔……。もうどうしたらいいの私。
挙動不審な動きをしている私を見て、クスクス笑いながら歩き出す彼。
そのまま引っ張られて歩き出す私。
はぁ…まだ今日は始まったばかりなのに、もうかなり体力消耗。
こんなんで今日1日乗り越えれるか……心配だ。