第18話 思いがけない告白
次の日会社に着くと、すぐにシフト表に目を通した。
「あ〜やっぱり……」
今日の私は、店内の商品チェックをする予定になっていた。
もしかしたら彼が現れるかもしれない。今、彼と出くわしてしまえば仕事に何らかの影響が出てしまう。それだけは避けたかった。
出来れば会社では問題を起こしたくはない。
後輩たちには申し訳なかったけれど、私の商品担当チーフという立場を悪用してシフト変更をした。
始業時間が近づくと、控え室に続々と社員たちが集まってくる。
「あれ?花田先輩ー。今日僕って店内担当でしたっけ?」
「藤原くん、ごめん。私今日、業者さんと納品の打ち合わせがあるの忘れてて」
そう言って舌をぺろっと出し、申し訳なさそうにして見せる。
「先輩ドジっすねぇ。分かりました、いいっすよ」
「悪いね。今度ランチ奢るね」
これでよしっ。裏方に徹していれば彼に出くわすことはまずない。
心の中でもう一度藤原に謝罪し、在庫センターに向かった。
在庫センターの脇にある小部屋に入ると、パイプ椅子に座り机に突っ伏した。
「かと言って、仕事する気にもならないしなぁ」
突っ伏したまま顔を左に向けると、週刊誌が置いてあった。
誰かが忘れていったのだろう。それを手に取りパラパラとめくってみる。
特に面白そうな記事もないなぁと思っていたその時、バンッと勢い良く扉が開いた。
びっくりして顔をお越し、ドアの方を見た。
「おっ……なんだ花田か。誰もいないと思ったから驚いた」
「坂牧チーフ……。驚いたのはこっちですよ」
坂牧は「悪い悪い」と片手を上げ、手に持っていた資料をバサッと机に置くと、自分も椅子に座った。
「お前今日は、店内担当じゃなかったか?」
流石はチーフ。よく把握してらっしゃる。ウンウンと一人感心していると頭をこつかれた。
「おいっ、聞いてるのか」
「あ……聞いてます聞いてます」
そう慌てて答えると、坂牧は右の口角を少しだけ上げニヤリと笑い、私にジリジリと寄ってきた。
お互いの距離がかなり近づくと、私の目をじっと見つめた。
「なあ、お前。また男のことで何かあっただろう」
「はぁ!?」
急に近づいたと思ったら、何を言い出すんだ、この男はっ!
「お前、すぐ顔に出るからなぁ」
そう言って私の肩をバシバシ叩き、豪快に笑っている。
でも私はいつもみたいに反論出来なくなっていた。
(……すぐ顔に出るからなぁ……)
その言葉で、私の思考は止まってしまっていた。
彼にもよくそう言われ、からかわれていたのを思い出したからだ。
最初は、何だこいつ……なんて思っていたが、最近は、私のことをよく見ていてくれてるんだと嬉しかった。
同じ言葉を坂牧にも言われるなんて……。
「花田。おいっ花田っ!!」
大きな声でそう呼ばれて、我に返る。
「もうチーフ、声が大きい。耳痛いじゃないですか」
「お前がどっか行ってるからだろう」
「どっか行ってるって……」
当たっているだけになんと答えていいかわからなくなる。
ハァーと息を吐き、坂牧の顔を見た。
「林田から聞いたけど、お前、年下と付き合ってるんだって?」
希美のヤツ……。
坂牧と希美は飲み仲間だった。
私の親友ということもあって、この部署によく来ていた希美は、坂牧と顔を合わす機会が多かった。
性格も似ていたため、すぐに意気投合。
男同士の仲、という感じだ。
坂牧と希美の飲むペースについていけず、最近は一緒に飲みに行ってなかった。
その隙に希美は、酔った勢いで話してしまったのだろう。
「チーフには関係ありませんから」
何でそんなこと、私に言うのか分からない。
「関係なくもないんだよな、それが……」
いつもポンポンとものを言う坂牧が、何か言いにくそうにしている。
「言ってる意味がよく分からないんですけど」
「だから……。あぁー、分かんないかなぁ」
頭をボリボリ掻きながら、でもすぐに姿勢を正し意を決したように話しだした。
「花田、俺、お前のことが好きなんだよ」
「へぇっ!?」
いきなり突拍子もないこと言うから、変な声が出てしまった。
私のことが好き?
聞き間違いじゃないよね?
いやいや、有り得ない有り得ない。
坂牧は私の2歳年上。入社当時から仕事のノウハウを教えてもらった信頼できる上司だ。
がっちりした体格で豪快な感じだが、その反面、優しく思いやりも持ち合わせている。
でも私は一度だって、恋愛対象に見たことはなかった。
坂牧だって同じだ。今まで一度たりともそんな素振り私に見せたことない。
なんで急にそんなことを言うのか分からず一人混乱していると、坂牧が近寄ってくる気配がした。
とっさに両手をぐっと伸ばし坂牧の胸にあて、それを阻止する。
「な…何しようとしてるのっ!」
もう敬語など使ってる場合じゃなかった。
とにかくこの危機的状況を何とかしなければ……。
「何にもしないから落ち着け。驚かせて悪かったな」
いつもの威勢のいい坂牧からは、想像もつかないような優しい声だった。
それ以上近寄ってこないのが分かり、強張っていた手を緩める。
「お前が精神的に弱ってる時に言うのは卑怯だけど、これって一つのチャンスだと思ってな」
顔を少しだけ赤く染めてそう言う坂牧が、一瞬可愛く見えてしまった。
きっと思った以上に弱ってるんだ、私……。じゃなきゃ坂牧が可愛いなんて思うはずがない。
言い訳がましく自分にそう言い聞かせてみる。
「わ…私、まだ彼と別れたわけじゃないし……。こういう場合、どうしたもんかと……」
訳がわからなくなり、しどろもどろしながら立っていたら、いきなり坂牧が抱きついてきた。
「ちょっ……ちょっと、何もしないって言ったじゃないっ!?」
「あいつがお前を大切にしないなら、俺が大切にしてやる」
あいつ?彼のことを言っているのだろうか?
私が誰と付き合ってるのかは知らないはずのに、“あいつ”呼ばわりするなんて、
何を言ってるんだろう。
って、今はそんなことを考えているときじゃないっ!!
「チーーーフッ!離れてーーーっ!!」
あるったけの力を出して、坂牧を押し退けようとした。
坂牧も自分のしていることに気がついたのか、ハッとして私から離れる。
「悪い……」
また頭を掻いて、バツの悪そうな顔をする。
「今すぐ付き合ってくれって言ってるんじゃない。だから、あんまり気にするな」
「気にするなって言っても、気になるんですけど……」
「だよな」
クスクス笑いながら坂牧がそう言った。
何笑ってんだか……。私は呆れたような顔をして、何も言わないまま坂牧の顔を見ていた。
「ま、とにかくだ。告白した以上、俺も遠慮しないから。精々、お前も頑張れ」
坂牧はそう言いたいことだけ言って、さっさと部屋から出て行ってしまった。
「頑張れって……何を頑張れって言うのよぉーっ!!!」
坂牧が出たいった方を向いて大きな声で叫んだ。
それと同時に力が抜けてしまったのか、床にぺたんとしゃがみ込んでしまう。
(彼とのことを考えるだけでも頭が痛いのに……)
また一つ厄介なことが増えたと、頭を抱える私がいた。