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年下の小悪魔!?  作者: 水谷 順
本編
17/28

第17話  消えそうな恋の炎


 『帰ればいいんでしょ、帰れば』


 とは言ったものの、やっぱり家には帰れない……。

 今頃になって、あんなこと言わなければよかったと反省する。

 でも今更戻れないし、一度どこかでゆっくり気持ちを落ち着けたほうがよさそうだ。

 どこか時間を気にせず入ることができる店はないかと、キョロキョロとあたりを見渡す。

 すると、少し離れたところに、よく見るファミリーレストランが見えた。


 「あそこなら長居できる」


 うんと一人で頷き、小走りに店へと向かった。


 店につくとまだ朝の9時前だというのに、日曜日ということもあってか思った以上に混雑していた。

 それでも私は一人だったため、すぐに席へと案内される。

 コートを脱ぎ椅子に座って腰を落ち着けると、店員が注文を聞きに来た。


 「このパンケーキセット一つ。飲み物はミルクティーで」


 まだ食べるの?さっき食べたばかりじゃないっ!自分で自分にそう問いかけて、思わず噴きだしてしまう。

 ほらっ。デザートは別腹って言うでしょ!!

 そんな、くだらないことを考えているときはよかった。

 しかし意識的に考えないようにしていることを、一度でも思い出してしまうと胸が苦しくなる。

 

 (現実逃避だよなぁ……)


 なるべく何も考えないようにしようとしている自分。

 ちゃんと向き合って話さなきゃいけないことなのに、大の大人が何やってるんだろう。

 自分のしていることが、あまりにも幼稚に感じて情けなかった。


 パンケーキが運ばれてくると、それにたっぷりのメイプルシロップを垂らす。

 よく染みたそれを食べると、口の中に広がってゆく甘さが私の心を穏やかにしてくれた。

 

 「美味しい……」


 さっきまで頑なに反抗心でいっぱいだった気持ちが、少しずつ解れていく。


 (希美に悪いことしちゃった……)


 彼女に全部見透かされてるのが、悔しかった。

 私だって、そんなに馬鹿じゃない。彼とちゃんと話した方がいいのは分かってる。

 いつまでも先延ばしにしているのは、得策じゃないってことも。

 でも、彼を本気で好きになって、本気で愛してしまった今となっては、現実を知るのはあまりにも怖すぎる。

 かと言って、「一緒にいたのは彼女じゃない」と言われて、もう一度彼を信用することができるだろうか。

 不安だった。

 彼を手放したくないから、とても不安だった。


 

 (希美に謝らなきゃ……)


 そう思い、カバンの中をゴソゴソ探る。


 (あ……携帯ないんだった)


 今の時代、携帯がないと不便だ。

 けど、この時間にアパートに戻るのは如何なものか。

 彼は日曜日の午前中に行くと言っていた。まさしく今は、その日曜日の午前中なのだ。

 昨日メールも来ていたし、きっとあの後も何件もメールが入っているだろう。

 絶対に来ているような予感がする。

 どうしよう……。

 でも明日から仕事がある。だから今日中には帰らないといけないわけだし……。

 やっぱり、アパートに帰ったほうがよさそうだ。

 『思い立ったが吉日』すぐに行動に移さないと。また自分の気持ちが変わってしまう前に。


 ファミリーレストランを後にし、私は駅までの道を急いだ。

 改札を抜けホームまで駆け上ると、すぐに電車は来た。

 そしてその電車に乗り込むとさっと席に座り、この後どうやって家に戻るかを、頭の中で箇条書きにしてみた。



  1・すぐにアパートの前まで行かない。  


  2・アパートの周りに誰もいないのを確認できたら、鍵を用意する。


  3・もしもの時のため(見えない所で彼が待機してるかも)、猛ダッシュで部屋の前まで走る。


  4・急いで鍵を開け、部屋に入る。 


 

 よしっ完璧!!!これなら上手くいく。

 私は自信に満ち溢れていた。

 

 数十分後には、あっさり彼に捕まってしまうことも知らずに。



 何度も何度も頭の中でシュミレーションを重ねた。

 失敗は許されない。成功あるのみっ!

 手で握り拳を作り、よしっと力を込める。


 次の角を右折すれば、すぐに私の住んでいるアパートがある。

 ここからは用心深く行かなければならない。

 他人から見れば、明らかに挙動人物と思われてしまうような動きで少しづつ前に進んでいき、

 曲がり角までたどり着いた。

 向かいの家の壁に手を当て、角から顔を少しだけ出してコソッと覗いてみる。

 

 (誰もいない……?)


 自分のアパートを通り越した向こう側まで見てみたが、人影はなさそうだった。

 フーっと安堵の溜息をつき、背筋をピンと伸ばすと、腰に痛みが走った。


 「イタタタた……」


 その痛みに集中力を完全に奪われ、人の気配が近づいていることを感じ取ることが出来なかった。

 背後から低い声で呼びかけられる。


 「咲さん……」


 すぐに、その声の持ち主に見当がつく。

 しまった……後ろのことは、まったく意識していなかった。

 私はそのまま振り返らず歩き出した。


 「ちょ、ちょっと待ってよ。話をさせて」


 そこから逃げるように、足早に歩く。

 彼もそれについて来る。


 「今は話したくない」


 「ねえ、こっち向けってばっ」


 私の肩を乱暴に掴み、グッと向きを変えようとした。


 「痛いっ。離して」


 そう言って手を大きく振った瞬間に、カバンが手から離れて飛んでいってしまった。

 慌てて取りに行こうとしたが、彼に先を越されてしまう。


 「ちゃんと話聞いてくれたら、返してあげる」


 そう言う彼の顔は、怒っているようだった。

 怒ってるのはこっちなのに、意味が分からない。イラッとした。

 あのカバンの中には、私の生活に必要なものがほとんど入っている。

 本当にいらない訳ではなかったが、今の私の気持ちが口を勝手にうごかしていた。


 「じゃあ、いらない」


 「ほんと頑固。そーゆーの可愛いくないよ」


 「別に私が可愛いだろうが可愛くなかろうが、翔平くんには関係ないじゃない」


 彼の顔が一層険しいものになった。

 もう駄目だ……売り言葉に買い言葉。

 何を言っても反論の言葉しか出てきそうにない。

 これ以上彼を怒らせたくなかった。

 それに、瞳からこぼれ落ちそうな涙を堪えているのも限界に近そうだ。

 ここで彼に涙を見られるのは、何が何でも避けたい。

 私は小さく息を吐き、心を落ち着かせた。

 そして、彼の顔を見ずに力ない声で話しだした。


 「翔平くん、ごめん。やっぱり今日は話ししたくない。お願いだから帰って」


 彼は黙っていた。やっぱり怒っているんだろう。

 しばらくして大きなため息が聞こえたかと思うと、バサッと私の足元で音がした。

 音がした方を見ると、私のカバンが置いてあった。

 コツコツと靴の音が遠ざかっていく。

 その音を聞いた瞬間、堪えていた涙がポロポロとこぼれ落ちた。

 泣いているのを気付かれないように、声を押し殺す。

 もう二度と会えないような気がした。

 こういう結果なってしまったのは自分のせいなのに、後悔ばかりが頭の中を駆け巡る。

 

 (これが最後の恋だと思っていたのに……)


 大きく燃えていた恋の炎は、今すぐにでも消えそうなくらい小さくなってしまった。

 このまま完全に消えてしまい、終わってしまうのだろうか……。

 

 私はゆっくりと歩き出し、アパートへと向かった。

 

 部屋に戻った私は、携帯を見つけると希美に『さっきは、ごめん』とメールを送る。

 すぐに希美からも返事が戻ってきた。

 

 『咲が思うようにやってみ。それで駄目だったら、また一緒に飲んであげる』


 心の中で希美に ーありがとうー とつぶやいた。

 

 彼のことを嫌いになった訳ではないが、顔を合わせれば私はきっと素直になれない。

 一度少し距離を置こうと思った。

 それで何かがすぐに変わるわけではないのだが……。


 落ち着いて考えてみれば、あの彼が二股をかけるとは到底思えない。

 何か訳があったのだろう……。

 だとしても、やっぱり彼が他の女性と一緒にいる姿は見たくなかった。

 何かしていないと、あの光景ばかり頭に浮かんできてしまい、なんとも言えない気分になってしまう。

 

 「はは……これってヤキモチ?」


 苦笑しながら小さくつぶやく。

 今すぐには無理だが、ちゃんと彼の話を聞くために、いつかは連絡を取らなければいけない。

 でもそれまで彼は待っていてくれるだろうか……。

 時間が経つに連れ、不安ばかりが募っていった。

 

 

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