第15話 涙のわけ
何時間眠っていたのだろう。
気づくと外はもう暗くなっていた。時計を見ると、もう10時を過ぎている。
ベットの上で身体を起こし、ぺたんと座った。
(どうしちゃったんだろう……)
このあと自分が何をしたらいいのか分からなくなってしまっていた。
しばらくボーッとしていると、部屋に投げ捨ててあったカバンの中から、メール着信音が聞こえてきた。
見たくはなかったが、急な用事だといけないと思い、カバンを取ると中を探った。
携帯を見つけると、すぐにメールの確認をしてみる。
しかし、ディスプレイに表示されている名前を確認すると、私の手が勝手に携帯を投げ捨てた。
「嫌ぁーっ!!!」
私はそのままカバンを握りしめ自分の部屋を出ていった。
駅まで向かうと、希美に連絡を入れようと思い携帯を探した。
(あっ……さっき投げ捨てたんだ)
携帯を置いてきてしまい連絡できないのは困ったが、今はあの携帯を持っていたくなかった。
(しょうがない、直接行ってしまおう)
こんな時間に申し訳ないなと思ったが、今頼れるのは彼女だけだった。
電車を乗継し、目的の駅に到着する。
希美の家までは、駅から歩いてすぐのところにある。
5分ほど歩くと、希美に家が見えてきた。
インターホンを鳴し俯いて待っていると、すぐに希美が出てきてくれた。
私の顔を見るなり苦笑して、家に中へと連れていってくれる。
玄関に入ると徹さんも心配そうな顔で立っていた。
「徹さん、ごめんね。こんな遅くに……」
「いや、全然構わないよ」
笑顔でそう言うと、キッチンへ向かう。
私はそのままリビングまで行き、ソファーに腰を下ろす。
希美も私の隣に座り、しばらく私のことを見ていた。
「なんで見てるのよ」
「なんで喋らないのよ。咲から話すのが筋でしょ」
その通りだ……。
でも何と言っていいのか分からず、下を向いて小さくなっていた。
キッチンから飲み物と軽い食べ物を用意して持ってきてくれた徹さんが、私の姿を見て驚く。
「希美っ。また咲ちゃんにキツイこと言ったんだろう」
「なんにも言ってないんですけど」
「じゃあなんで咲ちゃん小さくなってるんだよ」
「知らない。咲に聞いたらどう」
なんか私のせいで二人が変なことになってる……。
「徹さん、違うの。ごめんね、私がここに来たばっかしに迷惑かけて」
二人に争って欲しくない。
「ここに来た理由、まだ話してないから……」
「そういう事」
それを聞いても納得いかないような顔をしている徹さんだったが、しばらくして小さなため息をつくと、私と希美に温かいミルクティーを手渡し焼き菓子をテーブルの上に置いた。
「身体、冷えてるでしょ。それ飲んで温まって。じゃっ希美、俺あっち行ってるから」
そう言って、自室まで戻っていった。
「で、何があってそんな顔してるわけ」
希美は私を覗き込み、優しい笑顔で聞いてきた。
「翔平君に……彼女……が、いた……」
そう言った瞬間、また涙がこぼれてきた。
(あんなに泣いたのに、まだ残っているんだ……)
希美が腕を回して私の肩を抱き、ポンポンと叩いてくれている。
その行為が、私の涙腺をもう一度破壊した。
「もう、ほんとによく泣くね、咲は」
「泣きたく……ない……のに……」
そう言って、希美の胸でしばらく泣かせてもらった。
でも今回は、彼女のぬくもりがそばにあったからか、思ったよりも早く落ち着いた。
そして今日あった出来事を簡単に話した。
「そっか……。まあ、目の前でそのシーンを見れば、ショック大きいかもね」
「うん……」
「でも、翔平くん、一緒にいた人のこと彼女って言った?」
「言う訳ないじゃん。そんな自分が不利になること」
希美が何を言いたいのか分からなかった。
彼があの場で何を言おうと、全部が言い訳に聞こえたに決まっている。
それに……彼の、私がいることを知ったときの顔が頭から離れない。
しまったっと言わんばかりに、顔をこわばらせていたのだから。
それが何よりの証拠だ。
「でも、ずっと何も話さないわけにいかないし、彼の言い分も聞いてあげれば?」
「今は無理。会いたくない」
「はぁ…頑固だからなぁ、咲は」
希美はそう言って、困ったように笑った。
30過ぎの女が、そんなことにこだわるのはおかしいかもしれない。
でも彼のことを、彼の愛情を信じていたから……。
このまま終わってしまいたいと思っているわけではなかったけれど、今はまだ何も考えたくなかった。
そして私はそのままソファーにもたれかかり、静かに眠りについた。