第12話 愛されて愛する
結局私は一睡も出来なかった。
寝よう寝ようと思っても、こう彼に抱きすくめられていては無理というものだ。
つい一時間くらい前まで、もう何度達したかわからないくらい彼に快楽を与えられ続け、私の身体はひどく敏感になっていた。
全身が痺れ、腕から指先まで全くもって力が入らないし、腰から下に至ってはぴくりとも動いてはくれない。
後ろから私を抱いて眠っている彼が少しでも動くと、肌と肌がこすれたところに電流が走り、思わず声を上げてしまいそうになる。
これではいつまでたっても寝れるわけがない。
しかし、今の状態が嫌なわけではなかった。
確かに身体は言うことを聞いてはくれないが、それ以上に、彼が私をどれほど愛してくれているのかということを体の細部にまで刻みつけてくれたからだ。
心も身体も彼の思いに満たされて、とても幸せな気分だった。
静かに寝息を立てて眠っている彼。
きっと彼もひどく疲れてるだろう。まあそれは、自業自得なのだけど……。
どれだけ私が「もう無理」と言っても「まだ大丈夫」と言って離してくれなかったのは彼なんだから。
そんなふうに思っていると、彼がわずかながら動いた。
体中に電流が走り、身体のことから意識を外していた私は「あぁ……」と声を発してしまう。
しまったっ!と思ったときには、もう遅かった。
思った以上に大きく出てしまった声に彼が「うん……?」と起きてしまった。
「あぁ〜…咲さん、おはよう」
そう言って私を後ろから抱いていた腕を緩めた。
その隙に、痺れる体に鞭打って、彼から少しだけ距離を取る。
「おはよう、翔平くん」
昨日の今日……じゃなくて、さっきの今?で彼の顔を見るのは恥ずかしいけれど、
私は至って明るい笑顔で挨拶を返した。
「なんで離れちゃうの?こっち来て」
ゲッ、バレてる……。笑顔作戦、失敗!
私の腕を引っ張ると、今度は向かい合うように抱きしめられた。
ちょ、ちょっとヤバい……。身体が敏感に反応しちゃってるんだけどっ!
なんとか声は堪えようと焦ってモジモジしていると、その態度に彼は気づいてしまった。
「何してるの、咲さん?」
「なななななんでも、ないですっ!!!」
焦りが言葉にも出ちゃったよ……。それに身体が、もう限界に近いんですけどっ!
そんな私を見て、クククッと肩を震わせ笑いをこらえている彼。
頭のあたりと腰を抱きしめられ身動きできない身体をゆっくり動かし、ムッとして彼の顔を見た。
「そんなに笑うことないじゃない」
「……ごめんごめん。もう可愛すぎるよ、咲さん」
目から涙を流すくらいおかしかったのか、まだ笑っている。
きっと彼には、なにもかもお見通しなんだろう。いい加減腹が立ってきた。
力が入らない腕に意識を集中させて彼の身体を力いっぱい押し、パパっとシーツを身体に巻きつけ、布団から出ようと立ち上がった。
すると思っていたよりも足は使い物にならなくなっていたらしく、ガクッと膝から崩れ落ちた。
「咲さんっ!!!」
彼は慌てて私を支えようとしてくれたが、一歩遅かった。
私は大きくバランスを崩し近くにあった小ぶりの棚に身体をぶつけた。
「痛っ!!!」
さほど強く当たったわけじゃないが、小さな痛みはだんだんと体中に広がっていった。
その場で身体を抱えてうずくまる。
すぐに駆け寄った彼も、さすがにこれには驚いたようだった。
「咲さんっ。大丈夫?どこが痛い?」
「どこもかしこも全部痛いっ!!!」
まるで小さな子供のようだ。
でも彼に対して腹が立っている今は、そんな風にしか返事が出来なかった。
彼は少し困った顔をしてから、私を抱えようと両脇に手を差し込んだ。
「ね、布団に運ぶから、腕を僕の首に回して」
私は首を左右に振った。
「ほら、体痛いんでしょ?布団に横になろ?」
「手……上げられないの……」
少し怒ったような、少し恥ずかしいような、そんな声で彼にそう告げた。
「え?それって……。今打ったから痛いんじゃないの?」
今度は首を縦に振る。
(ホントは最初からわかってたくせに……)
そう思って口にだそうとしたが、それをすぐにやめた。
彼が私をまるで壊れものでも運ぶかのようにやさしく掬い上げたからだ。
そのまま持ち上げると、私の顔に頬を寄せた。
「ごめん。多少はわかってたんだけど、ここまでとは思ってなかったんだ」
その表情はさっきまでの少しからかっているものとは違っていた。
心底申し訳なさそうになっているその顔を、私はそっと包み込む。
「そんな顔をさせるつもりじゃなかったの……ごめんなさい」
「でも咲さんをこんな状態にしたのは僕だし……」
それに関してはまったくもってその通りと思ったが、よくよく考えれば彼一人が悪いわけでもない。
この体の痛みは、彼にたくさん愛してもらった証。
本当に嫌だったら、怒ってでもやめてもらうことはできたはずだ。
でもそれをしなかったのだから、私も同罪。
彼に愛されて、心の奥から嬉しかったのは本当のことなのだから……。
そのことを素直に認めるのを、私のちっぽけなプライドが許さなかっただけなのだ。
「ねえ?翔平くん」
「何?」
「もう少しだけ一緒に……寝よ」
彼の顔が少しずつ明るさを増してくる。
「許してくれるの?」
私も彼の笑顔が一番好き。
「許すも許さないもないでしょ。私、気がついたの。いっぱい愛してもらって嬉しかったって」
言えたっ!でも恥ずかしい……。彼に顔を見られないように横を向く。
でもすぐに彼が器用に私の顔を元に戻し、チュッと音をたててキスをした。
ほんの少し触れただけのキスなのに、私の心は彼の気持ちでいっぱいになった。
『泣いたカラスがもう笑った』ではないけれど、彼も幸せそうな笑顔をしていた。
良かった……ちゃんと気持ちを伝えられて……。
「ありがとね、翔平くん」
「じゃあ……もう一回、愛してもいい?」
「それは無理っ!!!」
はははっと大きく笑い、私を抱きかかえながらクルクル回る彼。
振り落とされないように必死につかまる私。
(……私、間違ってないよね?)
今更そんなことを考えても遅いのはわかっている。
だって私はもう、彼から離れられそうもないのだから……。
苦笑しながら彼の顔を見て、もう一回ギュッと彼にしがみついた。
朝食は8時に頼んである。あと一時間ちょっと……。
もう少しだけ彼に抱きしめてもらおう。