第10話 嬉し恥ずかし
食事も終え仲居さんが部屋の片付けを済ませると、男性が二人現れパパッと二組の布団を敷いてくれた。
「ごゆっくりどうぞ」男性がそう部屋から出て行くと、
一瞬にして食事中までとは違う、何とも言えない雰囲気に部屋中包まれた。
私はその状況に居たたまれなくなり、ササッと浴衣と下着の用意を整える。
「じゃ…じゃあ、お風呂行って来るね」
そう言うと、彼の方も見ずに部屋から出て行こうとした。
「咲さん?どこのお風呂に行くつもり?」
少し離れた場所から威圧感のある声が聞こえた。
「え?どこって……大浴場だけど」
「この部屋には大きな露天風呂があるのに?それに僕の身体を濡らしちゃった責任は?」
やっぱり覚えてるよねぇ〜。
それに、あんな大胆発言(もっと知りたい…)とか言っちゃったし……。
こう言う展開になるのは予想してたんだけど。
そんな事を考えていると、すっかりその気の彼がいつの間にか傍に来ていて私をひょいと抱き上げた。
「……!?な、なにするのっ?」
「…………」
「嫌っ!下ろして」
ジタバタしながら言ったけど、彼は聞く耳持たず。
涼しい顔してスタスタと歩いて露天風呂の脇にある脱衣所まで連れて行き、耳元で囁いた。
「逃げるの禁止」
禁止って……。勝手に決められても、これは素直に聞き入れる訳にはいかない。
ここはちゃんと言っておかないと、何でも彼の言い成りになるのはごめんだ。
「私の意見は聞き入れてもらえないの?」
「聞き入れるかどうかは分からないけど、聞いてはあげるかな」
何だっ!?その上から目線はっ!!この小悪魔!!!
「そんな勝手なっ。まだ心の準備が出来てないのっ!下ろしてっ」
「でもさっき僕の事もっと知りたいって言ったよね?」
「……言ったけど……」
「それにこの状態では説得力ないなぁ」
ククッと笑って顎をクイッと下に向ける。
私もその場所を見てみる。
あはは……何でかなぁ。これでもかって言うくらい、彼の首にギュッと腕回しちゃってるじゃない、私。
「こ、これは不可抗力でしょっ。離したら落ちちゃうし……」
「僕、ちゃんと抱きかかえてるから大丈夫だよ離しても。ほら!」
うぅ〜笑いながら簡単に言っちゃってくれるし。そう言われてもなぁ……。
しばらく考えていると、何か違和感を感じた。うん?何だろう、この気持ち。
よく考えてみると私、腕を離したく……ない?
そっかぁ……。彼にこうしてもらえて嬉しかったみたいだ。
でもお風呂となると、何かと問題があるんだよね。
かと言って、このままでは埒があかない。
上目遣いで彼の顔を見て、素直な気持ちを伝えてみた。
「ねぇ。こうして一緒にはいたいの。でもお風呂は……。明るいし……」
「明るいし?」
「身体に自信ないから……その……」
うわぁ〜何言ってんだか私ったら。首に回していた腕を離し、顔を両手で隠す。
そのせいで私の全体重が彼にズシッとかかってしまい、彼はバランスを少し崩した。
「おっとっとっ!」
「わぁ〜やっぱり下ろして。重いでしょ」
「重くはないけど……。逃げない?」
「うん……逃げないから」
少し考えてから「じゃあ」と言って、私を下ろしてくれた。
でも、手が……結構強い力で握られてるんですけど。
「信用ないなぁ、私って……」
「信用はしてるよ。ただ離したくないだけ」
そうですか……。
でも、この後どうしたらいいんだろう。いきなり服脱ぐのもねぇ。
そんな事考えてモジモジしていたら、手を繋いだまま彼が脱ぎだした。
「わぁぁ〜翔平くんっ!なんで脱いでるのっ!!」
「え?だって、お風呂は裸で入るものでしょ」
「それはそうだけど、私がいるんだし」
「僕が脱いだらちゃんと脱がせて、あ・げ・るっ!」
もう駄目だ。空いている方の手で頭を抱え、ガクンと項垂れる。
そして、どうしたもんかと焦りながらも考えた。
その間にも、彼は次々と脱いでしまっている。
どうする?脱がしてもらうのは、絶対に御免被りたい。
でも、後から入るとか言っても却下されそうだし。
しょうがない……ここは頑張って下着ぐらいまでは脱ぐしかないだろう。
「翔平くん、手、離してくれる?」
「嫌だ」
「でも、手を離してくれないと……脱げない……」
彼の手がピクッと動いたのを私は見逃さなかった。
そうか。私だけが緊張したりドキドキしてるんだとばかり思っていたけど、違ったみたい。
なんか、嬉しい…。心がポッと暖かくなった。
一瞬だけ手に力が入ったと思うと、ゆっくりと手が離された。
「ありがと……」
やっぱり年下だ。何も発せず俯いている彼を愛おしく思った。
しかし急にパッと顔を上げ私の顔を覗き込み、ニヤッと笑った。
「さて僕はあと、シャツとパンツを脱ぐだけ。咲さんが脱ぐの手伝ってあげる」
前言撤回!!この小悪魔!!!
そして、あっという間に下着姿にされてしまった。
(あ〜良かった、一応勝負下着をつけてきて……)
今日の私は、薄紫色の小花で飾られている上下お揃いの下着を着けていた。
こんな状況なのに何考えてるんだ、私。で、でもこれは大事なことだ!
「恥ずかしいから見ないで……」
「なんで恥ずかしがるのかなぁ。咲さん、スタイルいいじゃん!」
いいじゃん!なんて、ちょっと口調変わっちゃってるし。
完全なるお世辞と分かっていても、ちょっとウレシイんですけど。
……なんて、喜んでる場合じゃな〜いっ!!!
両手で身体を隠すように立っていると、「しょうがないなぁ〜」と言いながら彼が近寄ってきた。
「はい、バスタオル。いきなりは可哀想だから、これ巻いていいよ」
おぉ〜、小悪魔が天使にみえる〜。
「あ…ありがとう」
それを受け取ると後ろを向いて、ささっと自分に巻きつけた。
それから、バスタオルが落ちないようにしながら下着を脱ぐ。
もう一度きゅっと巻き直してから振り返ると……。そこに一糸まとわぬ姿で彼が立っていた。
この年まで生きていれば(ソレ)を見たことが無いわけではないけれど、さすがにいきなりでは声が出てしまう。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよっ!」
イヤイヤをするように体の前で手を振り(ソレ)が見えないようにした。
「翔平くん、丸みえ……」
情けない声でそう言うと、彼はちょっと困ったような顔をした。
「でも男ならみんなあるわけだし」
「それは知ってるけど、何もこっち向いて立ってなくてもいいじゃない」
「まっそんなに気にすることないって!」
気にするでしょ、普通。
でも彼は全く隠す様子もなくうんうんと一人納得したように頷き、それから私の手を握った。
ドキッとして彼の顔を見つめると、彼も「うん?」と見つめ返してくれる。
いつもの可愛い笑顔。でもその仮面の下は……。
小悪魔くん、このあとは何をするつもり?
「お風呂!お風呂!」と嬉しそうに私の手を引いて歩いて行く彼。されるがままに引っ張られている私。
そうだ、最後の悪足掻きを彼に言ってみよう。
「お風呂で変なことしないでね」
「まだ、そんな事言うの!?」
そう言って大笑いした彼を見て、私も観念したように笑った。