英雄~ヴァイオレットローズの女~
今回の作品は短編小説の中、クライマックスの部分を詩にする、やや変則的な形を取りました。
隣国の独裁者によって祖国を蹂躙されたある女性が、思いがけない方法で反撃に出る物語です。
オープニング
私の祖父は薔薇作りの名人だった。
特にピンクの薔薇が美しく、子供の頃の私は祖父の育てた薔薇を見るのが、大好きだった。
しかし園芸場の一番奥に、決して入ってはいけない一画が有った。
そこにはいつも青紫色をした、とても美しい薔薇が一輪咲いていた。
「おじいちゃん、あの薔薇はなぁに?」
私が尋ねると、祖父は少し困ったような顔で答えた。
「あれはねヴァイオレットローズと言って、特別な魔法のかかった薔薇なんじゃよ」
「どんな魔法なの?」
「うん、この世の中に決して悪い事が起こりませんようにと言うオマジナイなんだけど、お爺ちゃん以外の人が触ると、それが解けてしまうんじゃ。
だからあの薔薇には決して手を触れてはいけないよ。いいね。」
「うん、分かった。」
私は深く考えず素直にうなずいた。
それから約二十年後、その薔薇が私の人生に大きく関わってくるとは思いもせずに。
ある時、祖父に連れられて、街の中央にある大きな広場に行った事がある。
広場では毎年恒例の薔薇のお祭りが、とてもにぎやかに開催されていた。
そして広場の真ん中には、古代の英雄の石像が据えられていた。
それは若く中々イケメンの石像だった。
幼い私は祖父に訪ねた。
「ねぇ、お爺ちゃん。
この像の人は一体だあれ?」
祖父は、いつもの笑顔で答えてくれた。
「この方はねアリオン様といって大昔、この街を襲って来た悪い盗賊と戦って、街を救ってくれた英雄なんじゃよ。」
「へぇ、そうなんだ」
「当時の人たちは盗賊の集団に、よく苦しめられていたんじゃよ。
そこへ何処からか馬に乗ったアリオン様が現れて、街の人たちに戦い方を教え一緒になって戦ってくれたんじゃ。」
「ふーん、凄い人なんだね。」
「だけど最後は盗賊の首領と相打ちになって死んでしまった。
お陰で街は救われたんだけどね。
だからこの街では今でも感謝の気持ちを込めて、この石像を建てて、今でも英雄を讃える薔薇のお祭りを開催しているんじゃよ。」
「ねぇ、どうして薔薇のお祭りなの?」
「石像の胸を、よく見てごらん。」
祖父の指差す方向を見ると石像の左胸あたりに、一輪の薔薇が刻み込まれている。
「アリオン様は別名、薔薇の戦士と呼ばれていて、戦いの時には必ず薔薇の紋章を纏い、どこかに一輪の薔薇を差していたと言われておるんじゃよ。」
「へぇー、男の人なのに薔薇の花が大好きだったんだね。」
「うん、そうだね。
きっと勇気と優しさ、両方を持った立派な戦士だったのじゃろう。」
どこか遠くを見つめるような目で石像を見ていた祖父の横顔が、何故か今でも記憶に残っている。
それから二十年ほどの月日が流れた。
祖父は亡くなり、園芸場は私が受け継いでいる。
色々と苦労も有ったが、店は結構繁盛していた。
お客様からも「さすが爺さんの血を引いて見事な薔薇作りだね」と褒めていただく事も有った。
しかし今ではそれも、全て終わってしまった。
今から一ヶ月前、突然隣の大国が強大な軍隊を率いて国境を破り、わが国へと攻め込んで来たのだ。
こちらの兵士も必死に応戦したが、軍事力の差は明らかだった。
建物はことごとく破壊され、兵士や一般人を含む多くの人々が犠牲となった。
敵国の独裁者ゴードンは高らかに勝利を宣言した後、昨日我が街の市長にメッセージを伝えて来た。
「これからは世がこの国の支配者だ。
一週間後に街を視察に行く。
その時は街で一番美しい娘に名産の薔薇の花束を持たせて、世を出迎えるように」
そしてついさっき、市長が私を訪ねて来た。
なんとこの私に、ゴードンに花束を渡す役目を引き受けてくれと言うのだ。
今やすっかりゴードンの傀儡となってしまった市長が申し訳無さそうに、しかし眼鏡の奥に微かな薄笑いを浮かべながら言う。
「どうやらゴードン様は君みたいなタイプが一番の好みらしいんだよ。
嫌かもしれないけど、ここは我慢して引き受けておいた方が君の将来にとっても何かと得だと思うよ。」
私は一瞬、本気で市長の顔面にパンチを叩き込んでやろうかと思ったが、なんとか堪えた。
代わりに自分でも全く思いがけず、何故か心の中と正反対の事を言っていた。
「わかりました。
私でよろしければ……
我が園芸場取って置きの薔薇でお出迎えいたします。」
おお、よくぞ引き受けてくれた!
ありがとう、頼んだよ。」
市長が上機嫌で帰った後、店に来ていた私の友人マリーとイアンが血相を変えて詰め寄って来た。
マリーがヒステリックに言う。
「あんなゴードンみたいな人殺しの独裁者に花束を渡すなんて。
そんなの絶対に断った方がいいよ!」
イアンも同様に興奮気味に言う。
「そうだよ!
何だってそんな役を引き受けるんだ。
君らしくないぜ!」
私は本当の感情を押し殺し、わざと思わせぶりな笑みを浮かべながら、二人に向かって言い放った。
「あの市長も言っていたでしょう?
ここは引き受けておいた方が将来のためになるって。
アイツは私みたいなのがタイプだって。
つまり……そう言う事よ。」
私の表情を見て、二人は絶句したようだ。
別れ際にイアンが一言
「君の事を……見損なったよ。」
そう呟いたのが、今でも心に残っている。
二人の後ろ姿を見送りながら私は思った。
「サヨナラ……
貴方達とも、これでお別れかもね。」
詩編
#1
廃墟に打ち捨てられし 古代の英雄の石像よ
貴方に心が有るならば今 何を思う
正義は無残にえぐり取られ
悪党が勝利の雄叫びを上げる
平和の鐘はもう二度と
この街に鳴ることは無い
AH!
#2
古びた教会で一人 祈りを捧げていた時 誰かの囁く声が心に響いて来た
「この国を本当に救える者は
今では君しかいない
祖国のため命を捨てよ
息の根を止めてやれ
AH!
#3
本当に私にそんな事が出来るのか
あの用心深いヤツを倒せるのだろうか
そんな事 出来る訳が無い
そう思った時 一つの光景が
石像に刻まれし一輪の薔薇
もしかして あれを使えば……
AH!
#4
美しく着飾って笑顔でヤツを出迎える
勝ち誇った顔で花束を受け取るゴードン
一瞬の隙を突いて猛毒の薔薇を突き立てる
護衛が銃を構える
私の胸が撃ち抜かれる
AH!
#5
真っ暗な空間に一人で横たわっていると
誰かの囁く声が心に響いて来た
「君は正しい事をした
お陰で この国は救われた」
暗闇に朧に浮かぶのは古代の英雄の顔
AH!
エピローグ
私が独裁者ゴードンを殺した事で、ヤツの本国は、たちまち大混乱に陥った。
クーデター軍が一斉に蜂起した事で隣国は内戦状態となってしまい、余裕の無くなった軍は、私の国から全面的に撤退して行った。
古代の英雄のお告げ通りゴードンを倒した事で、我が国は復活出来たのだ。
私は今、霊のような存在となって、ある部屋の片隅に浮かんでいる。
そこにはテーブルで向かい合っている、マリーとイアンがいる。
マリーがやや思い詰めたような声で言った。
「まさかあの娘が、あんな事を考えていたなんて……
本当にゴードン暗殺を実行するなんて、今でも信じられないわ……」
「そうだね。
薔薇の栽培にしか興味のない優しい娘だったのに……」
「でも、それなら何故あの時、あんな事を言ったのかしら」
マリーはやはり、私の思わせぶりな表情がショックだったようだ。
「それはやはり、余計な事を言って僕たちまで巻き込む事を恐れたんだろう。
彼女があの時点でどこまで考えていたのか、今となってはもう誰にも分からないけれど……」
「そうだったのね。
そんな事も知らずに私、あの娘の事を軽蔑していた。
心の中ではきっと凄い決意を秘めていたというのに……」
涙を流すマリーを、イアンは優しく抱きしめて言った。
「それは僕も同じだよ。
何も知らないくせに、随分とひどい事を言ってしまった。」
私は心の中で「フン、分かりゃあいいんだよ。」そう呟くと、そっとその場を離れた。
しばらく空中に浮かんでいると空間の片隅に、ぼんやりとした光が見えて来た。
「もしかして、あれがあの世の入り口?
ひょっとして天国へ行けるのかな?
それとも今度は、凄い金持ちの家に生まれたりするのかも?」
そんな事を思いながら、ゆっくり近づいて行った時、ふとある考えが浮かんだ。
「それにしても今回の裏MVPは私のお爺ちゃんね。
何せ、あんな凄い遺産を残してくれたんだから」
お爺ちゃんが亡くなり園芸場を引き継ぐ事になった後、私は程なくして一冊の日記帳を見つけた。
そこにはあのヴァイオレットローズが致死性を持った猛毒を含んでいる事や、栽培の仕方から毒の精製方までが詳しく書かれていた。
更には隣国のゴードンという男が、いかに危険な独裁者で、いつかは我が国へ侵略して来るであろう事も……
半信半疑ながらヴァイオレットローズの栽培を続けて来たが、まさかお爺ちゃんの遺言、いや予言が的中してしまうとは……
淡い光が目の前に迫って来た。
もう英雄の声は聞こえない。
光の向こうに何が有るのか知らないが、何故か私は妙な希望を感じていた。
いかがだったでしょうか?
よろしければご意見など、お聞かせ下さい。




