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色を足すもの  作者: TOMMY


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飼育小屋の緑

「生命の創世記には、色んなことがありました。カンブリア紀には生命が爆発的に増え、オルドビス紀には、寒気でほとんどが絶滅し、シルル紀には、また生命が育ちました──」


先生は黒板に白い文字を書きながら、歴史を語っていた。


正直よくわからない。太古の昔にそんなことがあったから、なんだって言うんだ。


僕は重たい頭を手で支えながら、

白い文字を、いつの間にか黒い文字に置き換えていた。


校舎に最後のチャイムが鳴り響く。

生徒たちの目は輝きを取り戻し、一斉に校舎を飛び出していく。


僕は三階の教室の窓から、その光景を見下ろした。


黒い髪の毛。

黒い学生服。

黒い鞄。


その景色は、まるで黒が校舎の外に飛び散っているように見えた。

僕は色に対して、感受性が強いらしい。


悲しいときは、頭の中に黒いイメージが浮かび、楽しいときは黄色いイメージが浮かぶ。

何かを考えるときも、最初は目に色が飛び込んでくる。


みんなそうなのかと思っていたが、どうやら違うことを最近理解した。


教室のカーテンは、ふわりと波を打った。

心地よい風が頬を撫でる。

僕は窓の外をぼんやりと眺めた。

空の青と背の高い木の緑。


山の向こうには、海の青が水平線の彼方で白く溶け合っていた。


「こんな美しい世界になるなんて、太古の昔の生き物は夢にも見なかったでしょうね。

──色が濁っていない」

歴史の先生は、たゆたうカーテンと黒板の狭間でつぶやいた。


「先生も色の感受性が強いのですか?」


僕は聞いてみた。すると先生は、灰色の眼鏡をくいっと上げた。

「ススムくんほど、色に詳しくないけどね。色がイメージとして見える人のことを共感覚って言うんだって。保健の先生が言ってたよ」


先生は黒板の文字を消さずに、しばらく窓の外を見ていた。


「でもね、ススムくん」

ぽつりと、独り言みたいに言った。

「共感覚って言葉は、あとから付けられた名前なんだよ」


僕は先生を見た。


「昔は、そういう人たちのことを、もっと違うふうに呼んでいたらしい」

先生はそう言って、チョークを置いた。

白い粉が、黒板の下に落ちる。


その白が、なぜか──

僕には、とても古い色に見えた。


「ススム!何してんの早く帰ろ」

廊下から、高い声が聞こえた。


僕は鞄を掴むと、先生に「さようなら」と挨拶して、教室を出た。


そこには、幼馴染のサユラの姿があった。

いつも明るく、好奇心旺盛な彼女は、小さな袋を抱えていた。


僕とサユラは教室棟を出ると、校庭の隅にある小屋に向かった。


「大きくなあれ」

サユラはニワトリたちに餌をあげた。


ニワトリたちはすごい速度でサユラのもとに駆け寄り、餌をついばんでいた。


「ニワトリたち、めっちゃサユラに懐いてるよな」

サユラは嬉しそうに餌を振りまく。


「そりゃそうよ。私が育てたんだもん」


黄緑色の餌を振りまくその光景に、僕は少しだけ見惚れていた。


餌を巻き終えると、サユラは袋から果物を取り出した。

そして「君も大きくなれよ」とトカゲに食べさせた。


僕は小屋を掃除して、新しい干し草を敷き詰めた。


動物たちを育てることは、僕の心のどこかを落ち着かせていた。


すると突然、サユラは鞄の中を漁った。

鞄の中の黒い影はどこか不穏に見えた。


ラップで包まれ赤と白が入り混じるものがサユラの手には握られていた。

彼女は目を輝かせながら、その包みをくるくると開いていく。


そして、ぼとりとトカゲの前に落とした。

トカゲはパクリとそれを食べた。

口元からは赤い汁が滴っている。


「何を、食べさせたの?」


サユラは僕に振り向くと小さく笑った。


「鶏肉だよ。このトカゲくんも、そろそろかなって思ってね」


僕の全身に寒気が走った。

けれど”これは間違っていない”と心のどこかで腑に落ちていた。僕も思っていることがある。


先生たちは気付いていないが、ネズミや猫、鳩にカラスなどの動物たちは、この小屋の近くで繁殖している。その数はもはや数え切れない。


でも、僕は、それがとても心地よかった。


……弱い個体は、間引かなければ。


その考えが、いつから頭に芽生えたのか、僕はまったくわからなかった。


──「石炭紀には昆虫が増え、ペルム紀には火山の噴火でたくさんの生命が絶滅しました。そうして、生き物たちの中から強い個体が選ばれていったのです」

先生は今日も、どこか切なげに歴史を語っていた。


授業が終わると、サユラと二人で飼育小屋の動物たちに餌をあげた。


「やった!見てよススム」

サユラは無邪気な歓声をあげて、猫を指差していた。


その猫の口元は赤く、にょろりとした細長いものが出ていた。


サユラは笑う。僕はその猫を凝視した。

──そしてそれが、ネズミの尻尾だとやっと気付いた。


「食べた、食べた。猫が狩りをしたんだよ。世紀の瞬間を見たかったなぁ」


うじゃうじゃとうごめくネズミの箱。

その周りにうろつく猫たち。

箱に開けた小さな穴の前には、野菜が置かれていた。


僕は言葉が出なかった。頭の中では間違っていないと思いながらも、弱肉強食の世界は望んでいない気がした。


サユラは無邪気にはしゃぎ続けている。


すると、サユラとは違うやさしい声が背中越しに聞こえた。

「逃げるネズミの方も、選ばれているんだよ」


僕とサユラはゆっくりと振り返った。

背後には灰色の眼鏡をいじる歴史の先生がその様子をじっと見ていた。


風が、木をさざめかせた。

時間がとてもゆっくりと流れていく気がした。


僕はネズミの箱の近くに、手を伸ばした。

そして小さく切った緑を落とした。


ネズミも猫たちも、それに群がってくる。

僕はほとんど無意識にそうしていたことに気付いて、後ずさりした。


サユラも続けて、黄緑の粉末をその場に振りかけた。その瞬間、近くにとまっていた鳩とカラスが飛んできた。


入り乱れる鳴き声と羽音。

何が起こっているのかわからないほどの大群。


それを見て、みんな笑っていた。


その景色は、夕焼けの赤と夜の黒の中に溶け落ちた。

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