表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
色を足すもの  作者: TOMMY


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/14

黒の起源

次第に僕は、色を足すことが怖くなっていった。


森の中にはすでに、色を足した痕跡がいたるところに付着している。

でも、それは生命を育むものではなかった。ただただ色をつけるだけ。

それはまるで、遊んでいるかのようだった。


いったい何の為に僕を真似ているのだろう。

そこに意味はあるのか。

それとも単なる遊びなのだろうか。


──それが一番怖かった。


森は、静かに変わっていった。


最初に変わったのは、音だった。

風に擦れる葉の音に混じって、規則が生まれた。

ぱき、ぱき、と枝が折られる音が、間隔を揃えて繰り返される。


それは偶然ではなかった。


同じ長さの枝が、地面に並べられている。

円でもなく、巣でもない。

ただ、並べられている。


僕は息を潜めた。


やがて、影が現れた。

以前よりも直立している。

手が、長い。

その手は、枝を拾い、迷いなく置き直した。


失敗し、やり直す。

その動きに、苛立ちが混じっていた。


──感情がある。


僕はそう思ってしまった。


感情を示したその生き物に名前をつけた。

「ピテクス」

僕はそう呼ぶことにした。


別の場所では、石が積まれていた。

高く、崩れやすい形。

何度も崩れ、何度も積み直された痕跡。


完成したとき、ピテクスたちは積み上げた石を見つめ、しばらく動かなかった。


満足している。


その感覚が、僕にも伝わってきた。


夜になると、焚き火のような光が見えた。

炎ではない。

けれど、発光する植物と磨かれた石が集められ、光を囲むようにピテクスが座っている。


彼らは、互いに音を発していた。

意味を持たない叫びではない。

高低と間があり、返答がある。


言葉の、前触れ。


僕は距離を取った。

近づくほど、世界の色が重くなる。


ある日、色を塗り替えられた岩壁を見つけた。

赤、白、緑。

重ねられ、擦られ、残された線。


そこには、狩りの痕跡が描かれていた。

誇張された角。

倒れる獣。

集まる影。


──記録している。


それはもう、模倣ではなかった。


さらに時が流れ、

彼らは色を「選ぶ」ようになった。


血の赤は特別な場所に。

青は集落の境界に。

黒に近い色は、避けられている。


禁忌。


僕は震えた。

僕は、黒を作らないようにしてきた。

だが彼らは、「作らない理由」を、自分たちで見つけ始めている。


ある個体が、石を手に取り、空を指した。

仲間たちが、その先を見る。

そこには、何もない。


けれど、その視線は一致していた。


見えないものを、

同じものとして想像している。


その瞬間、僕は悟った。


この星は、もう僕の色だけでは動かない。


知性は、色を奪い、意味を与え、やがて塗り替える。


僕は一歩、後ずさった。

色を足す手が、震えていた。


それでも、彼らは歩みを止めない。


──次に作られる色が、

僕の知っているものだとは、限らないのだから。


それからしばらく、僕は色を足さなかった。


森は、彼ら自身の手で更新されていく。

枝は道になり、石は境界になり、色は意味へと変わった。


僕は、ただ見ていた。


ある日、彼らの集落の外れで、

ひときわ小さな個体が立ち止まっていた。


他の者よりも動きが遅い。

けれど、その目はよく動く。

周囲を観察し、石を拾い、形を確かめ、

使わずに、置いた。


その様子を見て、

僕の中に、奇妙な衝動が生まれた。


──これは、個体だ。


群れでも、影でもない。

一つの意思として、区別される存在。


僕は、彼に向けて、ほんのわずかな色を垂らした。

淡く、ほとんど透明な緑。


その色は、彼の足元で留まり、

他の色と混ざらずに、そこに在った。


彼はそれを見た。

見て、触れ、驚いたように手を引いた。


そして、空を見上げた。


僕は、胸の奥が静かに軋むのを感じた。


「……名前が、必要だ」


声に出すと、

世界が一瞬、止まった気がした。


名付けるという行為が、

ただの観測ではないことを、

僕は知っていた。


それでも、僕は言葉を選んだ。


長く続く音。

柔らかく、折れにくい音。


「ジャワ」


その名を、心の中で転がす。


その瞬間、彼は、仲間たちとは違う仕草で、胸を叩いた。


偶然かもしれない。

けれど、僕には、応答に見えた。


ジャワは、石を拾い、

地面に線を引いた。


一本。

もう一本。


重ねて、止まる。


それは、

僕が初めて色を垂らしたときの、

あの躊躇いに似ていた。


「君は……色を見る側なんだね」


そう呟いたとき、

僕は理解してしまった。


名を与えた瞬間、

彼は「生き物」ではなくなった。


世界を、

世界として捉える存在になったのだと。


そして、

名付けた責任が、

静かに僕の手に残っていた。


──もう、後戻りはできない。


ジャワが最初に選ぶ色が、

この星の未来になる。


僕はそのことを、ひどく恐れていた。


ジャワは僕が足した緑をまだ白い大地に乗せた。

そしてその場所の近くに座り、何日も何日も、じっと観察していた。


やがてその場所には草木が生い茂った。

ジャワは静かに立ち上がる。


そして草木を地面ごとすくうと、仲間のもとに持っていった。

手振りと声から発する音で、意味をつたえようとしている。


しかし、ピテクスたちは理解しない様子でジャワから離れた。

けれど、ジャワは諦めなかった。

仲間たちが理解するまで、意味を伝え続ける。


次第に、ピテクスはジャワに従いはじめた。草木を運び、大地を育てる。


僕は緑をそこに落とした。


すると、ジャワはこちらにゆっくりと歩み寄ってきた。

そして緑が落ちた大地をすくうと、僕にそっと返した。


ジャワは、何も言わない。

けれど、僕の手はもう、上がらなかった。


ジャワは、もう僕を必要としなかった。


緑を返されたあの日から、僕は色を落とすことをやめた。

大地は自ら色を選び、育て、壊し、繋げていった。

ピテクスたちは言葉を持ち、役割を持ち、祈りに似た行為すら始めていた。


僕がそこに立っていると、世界のほうが歪む。

だから、僕は歩き出した。


色を持たず、影を引き連れ、ただ時間の上を進む旅だった。

森が砂に変わり、海が隆起し、星の配置が変わるほどの年月。

僕は何度も眠り、何度も目覚め、そのたびに世界は別の顔をしていた。


ある日、岩山の奥で、冷たい空気の流れを感じた。

獣の気配はない。風だけが、奥へ奥へと誘っていた。


洞窟だった。


内部は不自然なほど滑らかで、音が吸い込まれていく。

僕は何も期待せず、ただ足を進めた。


──そこで、それを見つけた。


壁一面に、刻まれていた。


焚き火の煤と、砕いた鉱石、血に似た色。

何層にも重ねられた線の中心に、僕がいた。


細長い身体。

色を落とす手。

足元には白い大地。

背後には、影。


周囲には、空から降りてくる存在が描かれていた。

星を割って現れ、地に色を撒き、去っていくものたち。


──宇宙人の壁画。

そう呼ぶには、あまりにも具体的だった。


だが、僕は知っていた。

これは誤解だ。


僕は星から来たわけではない。

神でも、使者でもない。


それでも、彼らは僕をそう描いた。


壁画の下部には、続きがあった。


僕が去る場面。

振り返らず、洞窟の奥へ消えていく姿。

その背中に、槍が向けられている。


そして最後の一枚。


色を落とす手が、削られている。

指が、折られている。

代わりに、別の手が描かれていた。


──ジャワの手だった。


その瞬間、僕は理解した。


彼らは、僕を追い出したのではない。

引き継いだのだ。


この壁画は記録ではない。

警告でもない。


送別だった。


ここに描かれた「カビス」は、

すでに不要になった存在として、

世界から静かに外された記憶だった。


洞窟の奥で、僕は初めて、自分が役目を終えたことを、はっきりと理解した。


僕の心は、静かにざわめいた。

その瞬間、僕は──

黒を作ってしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ