白の回帰
僕はサジュラに向けて言った。
「サジュラ。ここは君が創ったのかい?」
僕は抑えきれなかった。
……聞かないでいることが、できなかった。
サジュラは僕を見下ろして動きを止めた。
身体の色はものすごい速度で変化していく。
青、緑、黄、赤と、まるで何かを感じ取っているように見えた。
「そうですよ。この子達は生き残ったのです」
そう言ったときのサジュラの身体は黄色かった。
するとサジュラは、びゅんと風を吹かせながら僕のもとにやってきた。
「トカゲの卵に直接色を乗せました。最初はたくさん死んでしまいましたが、色が崩れなかった個体は持ちこたえ、世代を重ねるうちにどんどん強くなりました」
サジュラは褒めてほしいとばかりに身体を僕に寄せた。
僕はサジュラに尋ねた。
「この生き物に名前をつけなくちゃね。どんな名前がいいと思う?」
サジュラは一拍おいてから答えた。
「……恐竜なんて、どうですか?この子達が生まれた瞬間に、それが思い浮かんだのです」
「いい名前だ」
僕は暴力的なその生き物たちをじっと眺めた。
「今からこの生き物を恐竜と呼ぼう」
サジュラは嬉しそうに僕の周りを飛びまわった。
けれど、僕は少し恐れていた。
恐竜がこの谷から出てしまえば、きっと、
……世界の均衡が。
「私、色んな卵で恐竜の種を増やせると思うのです。そうすればもっと強い個体ができる」
サジュラの身体は大きく波打ちながら、赤く発光した。
僕は迷っていた。
確かに進化は必要だ。
けれど、弱いものを淘汰する進化は破滅をもたらす気がしている。
僕の思考に、黒が、現れはじめていた。
考えているうちに、サジュラはどこかへ飛び去っていった。
するとまた、大地が低く唸った。
山脈の位置が揺れ動いている。
恐竜たちが谷の外に出ることは時間の問題だった。
僕は、恐竜たちを見つめて、ある決意をした。
そして、青と赤を合わせて岩を溶かし、恐竜たちを広い世界に解き放った。
恐竜たちは一斉に外の匂いを嗅ぎつけ、彼方へ走り去っていった。
──思った通り、か。
「はぁ」と僕はため息をひとつこぼした。
そこには暴力的な祝祭が起こっていた。
陸でも、海でも、恐竜たちは喰らう。
僕が創った植物を食料にしていた生き物たちは恐竜に食べられていく。
僕はその生き物の総称を区別するために、名前をつけた。
”草食動物”と”肉食動物”
僕の色に近い生き物たちは、奪うことを知らなかった。
サジュラの色を帯びた生き物たちは、奪うことで生きていた。
恐竜は陸から生まれ、海に対応するべく途方もない時間の中で、気づけば進化していた。
水中で呼吸できる恐竜が生まれた。
海が赤く染まっていく。
その恐竜が泳ぐ上空には、黄緑の雲が漂っていた。
恐竜はこの星を弱肉強食の世界に変えた。
そして、食物連鎖の頂点に君臨した。
けれど、草食動物が淘汰されるかといえば、そうではなかった。
逃げるために脚力が発達した生き物。
それを「トナカイ」と名付けた。
身体の色を変化させて隠れる生き物。
それを「イグアナ」と名付けた。
体液と激臭で恐竜を撃退する生き物。
それを「スカンク」と名付けた。
生き物は死に瀕すると、変化を強制される。
そこに、次の一歩が生まれる。
気がつけば僕は、草食動物が肉食動物に食われるたびに、そっと色を足していた。
頭の中に響くこの星の終わりのイメージは、すぐそこまで迫っていた。
夜空を見上げるたびに、思考が冷える。
そこに見えない何かがある。
その確信は日を追うごとに大きくなっていった。
その思考の冷えは、僕をシルンが砕けちった場所に導いた。木々が異様に絡み合い、色が濃かった場所に。
身体の中の何かは「ここだ」と高鳴った。
僕はそこで大きく息を吸った。
緑と茶で育てた。
青と黄で繁殖させた。
赤で間引き、灰で整えた。
その生き物は森を食べ、爆発的に増えていった。
ここまで観測してきた僕ができる最高傑作。
すべてを兼ね備えた巨大な草食動物。
その巨体は、歩くたびに地響きを立て、
木をなぎ倒すほどの力を持っていた。
圧倒的な生命力。
しかし、目だけは小さかった。
僕はそれを「マンモス」と名付けた。
恐竜たちは、その気配をゆっくりと、しかし確実に察知していった。
捕食すべき絶対的な対象。
湿った土と樹皮の匂いに混じって、その香りは恐竜たちの鼻を離れなかった。
やがて恐竜たちは、この地に集結した。
恐竜とマンモスの争いがはじまった。
決してマンモスが勝つことはない戦い。
それでも僕は、決して色を絶やさなかった。
恐竜に食い殺されるたびに色を落とし、
さらに強いマンモスを創る。
そのとき、僕の中で、はっきりとした違和感が生まれていた。
色が、戻ってこない。
かつては、死んだ分だけ色は循環した。
命が終われば、別の場所で芽吹いた。
けれど今は違う。
青も、黄も、緑も、どこかで滞り、
この星の内側に、重く沈殿していくのを感じていた。
夜空を見上げるたび、
そこに何かが「近づいている」わけではない。
むしろ逆だった。
この星が、引き寄せている。
均衡を失った世界が、
自ら終わりを呼び込もうとしている。
ふと、空に黄緑の雲が浮かんでいることに気がついた。
サジュラもここに、やってきている。
黄緑の雨が降りはじめた。
粘つくようなその雨は、皮膚に触れた瞬間、熱を残した。
恐竜たちは無意味に吠え、仲間に牙を向けた。
マンモスは目を血走らせ、倒す必要のない森を踏み潰した。
サジュラの身体は、雨に呼応するように黄色く光って見えた。
僕もサジュラも色を落としていく。
その色は混ざり、濁り、どろどろと熱を帯びていった。
植物は芽吹いたかと思えば瞬時に枯れ、
生命は弾かれるように生まれては、消えた。
そしてその反復に耐えきれなくなったように、頭の中の終焉は、ついにここに、きた。
──ああ、そうか。
これは破壊ではない。
調整だ。
頭の中にあった終焉の像は、
ずっと前から、この星自身が描いていたものだった。
空を覆っていた雲は突如として霧散し、
バチバチと稲光だけが取り残された。
空には、真っ黒な穴がぽっかりと開いた。
一瞬だけ、
空気が重くなり、
爆発音が鳴り響いた気がした。
けれどその瞬間、時が止まった。
何もない。
恐竜もマンモスもいない。
音も匂いも身体の感覚も失われ、
見渡す限り、名を持たない空白だけが続いている。
世界が真っ白になった。
僕はその白い世界をゆっくりと眺めた。
色がない。
出るはずの色は出ず、足元はやけに軽かった。
僕はただただその白い世界を歩いた。
……果てしない時が、流れていく。
僕は思考を巡らせるように白い世界を渡り歩いていた。すると思考の中に、この星の何かが流れ込んできた。
この星は色を捨てた。
僕らが創った色は、地下深くに沈み、この星の中心で濁っていた。
シルンが砕けたあの場所は、その地下の濁りが吹き出た場所だった。
植物を狂わせ、生き物を狂わせ、僕らも狂わせた。
黒に近づくたび、この星は成長し、そのたびに何かが壊れていく。
でも、黒に染まり切る前に、リセットされる。この星が壊れないように。
僕は何度も絶滅を体験した。
それは均衡を守るためで、色を透き通らせるためだった。
氷河で、濁りで、火山で、そして──隕石で。
そのたびに世界は白くなり、美しく蘇る。
ふと、空を見上げた。
そこは真っ白だった。
けれどそこには、白銀に輝く月と瞬く星々が空を彩っているような気がした。
すると、白い地平線の向こうから、やさしい陽の光が僕の身体を包み込んだ。
温かい。
その光景を見て、ドクンッと何かが呼応した。
身体の内側から、何かがこみ上げてくる。
透明な何かが視界を霞ませ、
大地に溢れ落ちた。
そこには見覚えがある破片が煌めいていた。
色はない。
けれど、それがサジュラの破片だと肌で感じた。
また、ドクンッと身体は鼓動する。
その破片を手の上に乗せた。
すると、さらさらと砂のように手の上から消えていった。
僕は周囲を見上げた。どの方向を見ても山のように地平線が高かった。
僕は砂のような白い大地の斜面を、行き先もわからないまま歩き始めた。




