黄緑の誕生
周囲の火山は一斉に噴火した。
黒煙は空を黒に染め上げ、灰色の煙は世界を覆った。
生命が消えていく。
不可逆的に。
何もかもが最初から、
なかったかのように。
僕は、無心でこの星を歩いた。
どこに行っても、どこを探しても、何もない。あるのは火山灰と干からびた何か。
また、悠久の時が流れる。
また、この世界は静かになる。
また、誰もいない。
空に小さくつぶやく。
僕は、何の為にここにいる?
色は消えるためにあるのか?
僕が色を足さなければ、もっと長く生きたのか?
答えは帰ってこなかった。
……ずっと。
火山灰が降り積もる世界で、僕は目を閉じた。
開いている意味はないのだから。
──
「これは必然なのです」
途方もない時間の果てに声がした。
そこにはセキベムがいた。
淡い赤を纏って宙を漂っていた。
その様子はとても弱々しく見えた。
「どうして、こんなことを……」
僕は久しぶりに声を出した。
セキベムの色は徐々に薄れていく。
「ただ前に進むだけでは、足りないのです。
まだ、足りない。次の世界を見てみたかったな」
そう言うと、セキベムは僕の頭の上に浮かんだ。
そしてそこで、砕け散った。
赤い破片が僕の身体に降り注ぐ。
身体は少しだけ、熱を持った。
「っっ!!」
その瞬間、頭の中にこれまでの光景が蘇ってきた。
生命の誕生と成長。
巨大化と凍結。
進化と焼却。
生命は、死を積み重ねる。
そのたびに、大きくなる。
その思考が頭の中に生まれ落ちた。
それとともに、ノイズのようにある光景が視界を奪った。
突如として空から一筋の光線が大地に突き刺さり、その凄まじい衝撃波でこの星が消滅する。
「これは、未来……セキベムは知っていた……」
僕の中で、赤が静かに、脈を打ちはじめていた。
身体はとても熱く、赤い。
僕は立ち上がった。
すると、足元は灰色に侵されていた。
身体の上下で温度が異なる。
赤と灰。
セキベムが有していたその色は、僕と混ざった。
火山灰が積もった大地に緑を落とした。
それは灰に染み入るように美しく広がっていく。
黒く固まったマグマで満たされた海に、青を落とした。けれどその青い雫は、黒の中に消えた。
でも僕は、わかっていた。
僕は両腕を前に伸ばした。
右手で青を。
左手で赤を。
青と赤はマグマの上で混じり合う。
紫が、そこに残った。
その色はマグマをゆっくりと溶かしていく。
マグマを溶かし切ると、灰色でそれを薄め、青を流した。
世界はゆっくりと芽吹く。
その下には、まだ薄い灰が残っていた。
けれど、思うように生命は育たなかった。
前提と条件が足りない。
それらをつなぐ、過程が欠けていた。
僕は直感していた。
まだ、色が足りない。
僕は探した。木々が異様に絡み合い、色が濃かった場所を。
「……ここだ」
大地に積もった灰をていねいに避ける。
そこには砕けちったシルンの欠片が、薄っすらと光っていた。
シルンはここで何を考えていたのだろう。
ここに何があるのだろう。
僕は思考を巡らせた。
その時のシルンでは成し得なかった何か。
今ならそれができる気がした。
ひとつひとつ、シルンの欠片を集め、手の中にゆっくりと取り込んだ。
黄色と茶色。それがシルンの色だ。それは成長と進化の色。
僕は緑と黄色と灰色を混ぜた。
それらは決して、溶け合わなかった。
代わりに、それらは互いを押し留めるように、ひとつの結晶として固まった。
するとそこに、宿った。
シルンやセキベムと同じ、身体が結晶で構成された生命体。結晶は硬いはずなのに、どこか呼吸しているように見えた。
ゆっくりと浮き上がり、円形状に身体が形成されていく。その球体は内側ほど暗く、外側ほど新しい色をしていた。
そしてまた、声が聞こえた。
「ここはどこ?」
僕はその生命体にこの星で今まで起きたことを話した。
「僕はカビス。君に名前はある?」
するとその生命体は、しばらく考えてから声を発した。
「私の名前はサジュラ……そうなのだと思う」
サジュラは空をふわふわと浮かんだ。
何をするでもなく、周囲を見渡す。
すると僕を見下ろして、小さく震えた。
「私は何をすれば、いいのでしょう」
僕はサジュラを見上げた。その身体は黄緑に色付いていた。
「君の思うことをやるといい。きっとわかるはずさ」
サジュラは困ったように空を彷徨い、山の奥に消えていった。
──僕は森を作った。
そこにはトカゲやトンボが繁殖した。
──僕は海を整えた。
そこには魚たちが優雅に泳ぎはじめた。
この世界は色によって、成長していく。
けれど色が濃くなるたびに、生命は失われてしまう。
だから、ときには灰色で薄める。そこには、とてつもない代償が伴う。薄めるたびに木々は枯れ落ち、生き物たちは死に絶える。
でも、それがこの星のやり方なのだと僕は理解した。死を積み重ねるたびに、生き物は強く、大きくなる。無意味な死などなかった。
僕は色をかけ合わせ、様々な種を創った。
「っっ!!」
また、頭の中に映像が流れた。
映像が流れる感覚は徐々に短くなっている。
一筋の光線が大地に突き刺さる映像。
それは、この星の終わりを暗示しているように思えた。僕はそれを、食い止めるべきなのだろうか。それとも、それさえも色の一部なのだろうか。
僕はこの星を創り続けていた。
だが、月日が積み重なっても、世界の振る舞いは変わらなかった。
生き物たちは増え、形を変え、巨大化していく。
それでも、次の一歩を踏み出そうとはしなかった。
海では魚の群れが、同じ軌道をなぞるように泳ぎ、水面の下に、いつも同じ黒い影を落とした。
陸では、肥大化したトカゲたちが大地を埋め尽くしていた。
数は多い。体躯も大きい。
けれど、彼らは環境に応じて身を変えることをしなかった。
空には巨大なトンボが羽ばたき、植物は色鮮やかな花を咲かせ、森は密度を増していく。
それでも、世界は脆かった。
日照りが続けば、生き物は干からび、わずかな寒波で、群れごと息を引き取る。
暴風雨が来るたびに、数は目に見えて減っていった。
そのたびに、僕は色を足した。
青を、緑を、条件を整えるための色を。
それは延命だった。
世界を前に進める行為ではなく、
「まだ終わらせない」ための操作にすぎなかった。
「このままでは……」
言葉は最後まで形にならなかった。
僕自身、どこへ進めばいいのかを知らなかったからだ。
大地が低く唸った。
地殻が軋み、山脈の配置がわずかに変わる。
そのときだった。
山の頂から、巨大なトカゲの卵が転がり落ちてきた。
岩にぶつかりながらも割れず、鈍い音を立てて麓へと転がる。
その卵は、白ではなかった。
黄緑色──
くすんだ光を内側に抱え込むような色。
「……サジュラの色」
胸の奥で、思考が小さく跳ねた。
卵は揺れ、陽の光を透かして中の影を映し出す。
内側で、何かが明確な意志を持って動いていた。
パキッ。
乾いた音とともに殻が割れる。
現れたのは、トカゲに似た生き物だった。
だが、違う。
石のように硬そうな大きな頭部。
口には鋭い牙が並び、その頭は胴体に対して、まっすぐ垂直に接続されていた。
前肢は小さく、爪だけが異様に発達している。
後肢は大きく、筋肉が隆起し、大地を蹴るためだけに存在しているようだった。
その生き物は、卵殻を踏み越え、二足で立ち上がった。
次の瞬間、
近くにいたトカゲの幼体へと跳躍する。
牙が食い込み、前肢の爪が逃げ場を奪う。
──捕食。
飛び散る赤。
僕は息を止めて、それを見ていた。
色を足していない。
手を加えていない。
けれど、世界は確かに一歩、先へ進んでいた。
胸の奥に、わずかなざらつきが残った。
僕は山の奥へと向かった。
なぜそこだと分かったのか、自分でも説明はできない。
ただ、色の濃度が、そこだけ違っていた。
山に囲まれた谷。
そこでは、生き物が生き物を追い、逃げ、喰らっていた。
狩るものと、狩られるもの。
明確な役割が、すでに世界に刻まれている。
ふと、空を見上げる。
黄緑の光が、雲に溶けるように漂っていた。
……サジュラ。
その浮遊は、かつての無目的なものではなかった。
世界を俯瞰し、選別しているようにも見えた。
その姿が、どこか、笑っているように見えたのは──きっと、僕の錯覚ではなかった。




