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色を足すもの  作者: TOMMY


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2/6

黄の飛躍

記録は続くのに、世界はどこか遠ざかっていくようだった。


僕は介入を試みた。

海には吸収率の異なる青を、

大地には反射特性を調整した緑を加えた。


だが、それらは広がらなかった。

構造として固定されず、ただ凍結した水溜りとして存在するだけだった。


条件が失われていた。

循環が止まり、反応は起こらない。


僕はその世界を、記録し続けることしかできなかった。白銀に覆われた世界を。


記録は残る。

けれど、残っていくほどに、この世界から何かが失われている気がした。


真っ白な視界は、徐々に透明度を失い、やがて何も見えなくなっていった。


──

「……おい、おい!起きろ」


身体がポカポカと温かい。

僕はいつからか、眠っていたみたいだった。

ゆっくりと目を開ける。


そこは、青々とした空とやさしい光が大地を照らしていた。


「お前の名前は?」


唐突に聞かれた。僕以外にこの星の観測者がいたらしい。もしかしたら、派遣されたのかもしれない。


「僕はカビスと言います。あなたは?」


声だけが降ってきた。姿は見えない。


「俺はシルンだ。よろしくな

ほら、お前も色を足せよ」


彼の言葉には、記録に必要な前提が欠けていた。

因果も、再現性も。

それでも、この世界は彼の言葉に従って、動いているように見えた。


そう言うとシルンの気配は彼方へと飛んでいった。


生命の大半は死んだ。

また、やり直し。


僕は魚が消えた海に飛び込んだ。

息を引き取った魚たちは、海底で滅びを待っていた。


ふと、視界の端で何かが動いた気がした。

滅びゆく魚の傍らに黒い影が動いていた。

思考のどこかが、静かに跳ねた。


そこには、生き残った魚たちが泳いでいた。

海底のさらに奥底で、寒さを耐え凌いだ種が存在していた。


僕はその色を、そっと記録した。強い種だけが生き残るこの世界。

絶滅したと思っていた生命は、ひっそりとそこにいた。


僕はまた、緑の雫を大地に落とした。温暖な気候も幸いして、次第に緑は広がっていく。


すると、どこからか茶色の雨が降り注いだ。

それは大地を潤し、大地に広大な土を作った。緑は大地に広がり尽くし、そこに直立する種が現れた。


「なぁカビス。これを植物と呼ぼうか」


ふいに空からシルンの声が聞こえた。

シルンは茶色の雫を地上にもたらし、植物は巨大に育っていく。


やがて大地の大半を覆い尽くし、大きな影をそこに作った。


色付けてきたはずなのに、光が届かないところには闇が現れる。それを嫌うように植物たちは光の争奪戦をはじめた。


成長と枯死は繰り返され、やがて大地は、それを前提とした構造になった。


するとまた、どこからかシルンの声が聞こえた。

「……そろそろ、か」


シルンは何も記録せず、黄色の雫を海に落とした。


それに伴って、魚たちも大きく育った。

僕もシルンに促されて、青を足した。

ゆっくりと、確実に成長していく世界。

壮大な時間はまた、あっという間に過ぎ去っていった。


そして、海と陸の狭間で、新たな祝祭が起きた。


魚たちは陸に這い上がろうとしている。

しかし、空気に触れては死に、陸に上がる前に干上がる。それを何度も、何度も繰り返した。陸の栄養が魚たちを強力に呼び寄せていた。だが、環境の違いはそれを拒絶していた。


シルンはそっと、黄色を継ぎ足す。


僕は記録を続けながら、

自分がいつの間にか、結果を追う側に回っていることに気づいた。


魚たちは陸に這い上がる。

そのときは、やさしい雨の日だった。


……魚たちは、呼吸した。


空気を体内に取り込み、少しずつ大地を這い上がる。そして植物を捕食した。


結果だけを見れば、僕の想定と一致していた。だが、過程はどこにもなかった。


── 陸に這い上がる魚たちの死体は大地に更なる栄養を運んだ。植物はさらに巨大化して、ついには高さを競いはじめ、やがて光を遮る構造体になった。

それを、「森」と呼ぶことにした。


森という名前はシルンと一緒に決めた。植物が織り成すコロニーだ。

木々たちは風に吹かれて大きく揺らめいていた。

大地の栄養も有り余るほどに蓄えられていた。


そこには陸に這い上がることに成功した生き物が住み着いた。腹を大地に擦りつけ、小さな手足で、ゆっくりと身体を引きずっている。


「なぁカビス、こいつらはなんて呼ぼうか」


僕は密かに決めていた。影に潜むもの。

「トカゲ、なんてどうかな?」


その名を口にした瞬間、

胸の奥で、何かが小さく音を立てて崩れた。

理由はわからない。

ただ、ひどく寒かった。


急に、強い風が吹いた。

葉が裏返り、森がざわめく。

さっきまで確かにそこにあったはずの気配が、

風と一緒に、どこかへ押し流されていった。


そこに、シルンはいなかった。

だが、シルンがいたはずの大地だけが、

異様なほどに盛り上がり、歪んでいた。


僕はシルンを探した。

名前を呼ぼうとして、やめた。

思考のどこかに、黒が滲んでいた。


それは恐怖ではなかった。

悲しみでもなかった。

ただ、何かが過ぎ去ったあとに残る色だった。


森の奥に、色の濃い場所があった。

光が届かず、風も通らない。

植物が異様な密度で絡み合い、

そこだけが、時間を拒んでいるように見えた。


胸の奥の冷えが、はっきりと形を持ちはじめる。


僕は立ち止まった。

そして、その光景を見た。


そこに、シルンはいた。

いや、シルンだったものが、そこにあった。


色は失われ、構造は崩れ、

砕けた破片が、大地に沈み込んでいる。

回収も、修復も、できない形で。


それは感情とは違った。

まだ名前を持たない色だった。

だが、後になって、僕は知ることになる。


それが、後に“絶滅”と呼ばれるものだと。

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