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色を足すもの  作者: TOMMY


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1/7

青の沈黙

海はとても暗い色をしていた。

空は澄んでいるが、陸はほとんど沈黙している。風が岩を撫で、塩の匂いを運ぶだけで、そこにはまだ“動くもの”がない。


だから僕は、真っ黒な海に、ひと粒の青を垂らした。


時はあっという間に流れる。黒い海にその青はじわりと広がっていった。しかし、何も起きない。


僕は海の中に潜った。


……何もいない。


けれど海の底では、奇妙な祝祭が起きていた。小さな生物は、次第に大きく変化していく。


透明な殻を持つもの。

節のある身体で這うもの。

目のような器官をいくつも並べ、光だけを感じ取るもの。


それらは互いを食べ、食べられ、分解され、また組み直されていく。

死は終わりではなく、素材だった。


僕は水の中を滑るように移動し、その群れを観察した。

彼らはまだ「生きる」という概念を持っていない。

ただ、化学反応として増え、複製され、崩れているだけだ。


このときの海は、静かな実験室のようだった。

数え切れない失敗作の中から、ほんのわずかに“安定した形”が残る。


でも陸上には、まだ灰色の岩しかない。

光は地表に直接降り注ぎ、岩を温めるが、それを捕らえて固定する存在はいない。


この星はまだ、太陽のエネルギーを無駄にしている。


この星には、色が足りない。

正確には、使われるはずだった色が、どこにも定着していない。


光は降り注ぎ、熱は生まれ、けれど形にならずに消えていく。


僕はその欠落を、見過ごすことができなかった。


「もったいない」


僕はそう記録した。

この星は、まだ生きてはいない。けれど、生命の息吹は爆発的にはじまっていた。


僕はそこに、ひと粒の緑を落とした。


時間は、僕にとって風のようなものだ。

この星にとっては、岩が崩れるほどの長さでも。


海の色が少し変わった。

深い青に、わずかな緑が広がりはじめる。

それは汚染ではない。

新しい化学反応の兆候だった。


その頃になると、海底の生物たちは、もはや単なる実験の残骸ではなかった。

殻は厚くなり、身体は分化し、

「食べるための器官」と「逃げるための器官」を持ち始めている。


競争が生まれた。


だが、それよりも大きな変化は、

潮が引いたあとの岩の上で起きていた。


最初にそれを見たとき、僕は理解できなかった。

石の表面に、薄い膜のようなものが広がっている。

それは動かない。

捕食もしない。

しかし、消えもしない。


光が当たると、その膜はわずかに色を変えた。

エネルギーを、熱ではなく“構造”として蓄えている。


僕はそれをじっと眺めた。

この星で初めて、

太陽の光を“食べる”存在。


僕はしばらく、何もせずに立ち尽くしていた。

時間が流れているのかどうかも、分からなくなるほどに。


海から這い上がった生命ではない。

光から生まれた生命だ。


それはまだ薄く、岩を覆うだけの存在にすぎない。

だが、その下で、岩石がゆっくりと壊れ始めていた。

化学的に。静かに。確実に。


空の組成が、ほんのわずかに変わる。

二酸化炭素が減り、代わりに、反応性の高い気体が増えていく。


僕はその変化を見て、記録した。


「光を固定する生命の出現。星の熱収支に、長期的影響を与える可能性あり」


この瞬間から、この星の未来は、もう偶然ではなくなった。


僕はそっと、青を付け加えた。

それでも、確かめずにはいられなかった。


──朝焼けの空はとても美しい。

地平線から覗く朱色と夜空の黒が混ざり合う。すると、その中間が淡い紺色になる。


月も星々もまだ白銀に輝き、大空を彩っている。

空色のコントラストと星座と月がこの星を見守る。


何万年も統計的に異常な恒常性を示している。それはこの暗い暗い宇宙では、考えられないくらいの奇跡。そんなこの世界は今日も変わらずに回っていた。


岩の上で日を追うごとに成長する緑の生物。

観察してわかった。この生物は、夜は活動しない。朝から昼にかけて太陽の光を集め、そこで細胞を増やしている。そしてどうやら、空気中に酸素を放出している。


この謎多き生物を今後も研究対象とする。なにより、なぜ酸素を放出するのかが分からなかった。この星にどんな影響を及ぼすのかさえ。


ゆっくりと、大地は緑に覆われていった。

岩の表面に張り付く薄い生命は、太陽の光を受け取るたびに、その領域をわずかずつ広げていく。

緑は偶然ではなく、最も効率のよい形として残っていた。


同時に、海にも変化が現れた。

かつて海底に留まっていた生物の一部が、光の届く浅い層を回遊するようになったのだ。

海に漂う微細な緑を取り込み、内部で分解し、自身の構造へと変換している。


僕は陸から、その様子を観察した。

一定の速度で泳ぎ、流れに抗い、方向を修正する。

そこには、明確な「移動」という機能があった。


分類の必要を感じ、僕はそれらを記録した。


「遊泳性生物。便宜上、“魚”と呼称する」


彼らは外界の変化に敏感だった。

光、温度、流れ。

環境への反応速度は、海底に留まる生物よりも明らかに速い。


だが、その変化は好ましいものばかりではなかった。


陸上の緑は、増殖を止めなかった。

光を固定し続け、大気中の二酸化炭素を急速に減少させていく。

熱は保持されず、宇宙へと逃げていった。


緑の増殖速度と、大気の冷却速度は、互いを加速させる関係にあった。

指数関数的な変化。

制御不可。


僕が気づいたときには、もう遅かった。


僕の吐く息は白くなり、やがて雨は凍りついた。

雪が降り、大地は硬化する。

岩に張り付いていた緑は、光を受け取る前に機能を失っていった。


海もまた、静止した。

水面から順に凍結が進み、遊泳性生物の活動は停止する。

動きはなく、反応もない。


……この星は、沈黙した。

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