タブレットの検証
「一理あるな。ただ、私は確証が欲しい────お前の話を裏付ける証拠として、そのタブレットとやらが本当にあらゆる文書を閲覧出来る道具なのかどうか確かめさせてほしい」
私の手元にあるタブレットを見つめ、セオドアさんは表情を硬くする。
慎重な姿勢を見せる彼の前で、私は頭を捻った。
「それは構いませんが、一体どうやって?」
「その道具に記された、魔法に関する本を見せてくれ」
「分かりました」
『それなら、お安い御用だ』と応じ、私は魔法に関する本を再度開く。
日本語で表示されたソレを前に、私は翻訳機能をオフにした。
元の言語に戻さないと、セオドアさんはきっと読めないだろうから。
「どうぞ」
タブレットの画面をあちらに向け、私は目を通すよう促した。
すると、セオドアさんは静かに文章を読み進める。
「……本物だ」
「「!」」
「この本は以前読んだことがあるから、間違いない」
『全く同じ内容だ』と太鼓判を押し、セオドアさんは僅かに瞳を揺らした。
事実だと分かっても、動揺を禁じ得ないのだろう。
同じく驚いているアランさんやキースさんを他所に、彼は背筋を伸ばす。
「試すような真似をして、すまなかった。お前の言うことを信じよう」
先程までの堅苦しい雰囲気を少し和らげ、セオドアさんはコホンッと咳払いした。
かと思えば、
「それで、一つ相談があるのだが────」
こちらに身を乗り出す。
紫の瞳に僅かな期待と好奇心を滲ませ、セオドアさんはこう言葉を続けた。
「────そのタブレットを私にも使わせてほしい」
「!」
僅かに目を見開き、私はセオドアさんのことをまじまじと見つめる。
と同時に、彼はスルリと自身の顎を撫でた。
「出来れば、丸ごと譲ってほしいところだが……」
「それは絶対にダメです」
『いくら恩人でも、出来ません』とキッパリ断ると、セオドアさんは小さく肩を竦める。
「ああ、分かっている。こんな貴重なもの、そう易々と手放せないだろう。だから、週に何度か貸してほしいんだ」
あくまでレンタルだと主張し、セオドアさんは一歩前に出た。
「もちろん、『タダで』とは言わない。話を聞く限り、お前は無一文かつ戦闘力皆無みたいだし、この話を呑んでくれれば衣食住と身の安全を保証する。あと、タブレットのレンタル回数や時間に応じて別途料金を支払う」
『どうだ?』と尋ねてくるセオドアさんに対し、私は悩む素振りを見せる。
……正直、悪い話ではない。
私の読書時間が減ってしまうのは痛いけど、今後の生活を考えるなら受け入れるべきだろう。
このまま街に辿り着いても、野垂れ死ぬ未来しか見えないし。
『命あっての物種』という言葉を再度思い浮かべ、私は腹を決める。
「分かりました。その話、お受けしま……」
「「ちょっと待った!」」
『お受けします』と続ける筈だった言葉を遮り、話に割って入ってきたのはアランさんとキースさんだった。
『えっ?』と困惑する私を前に、彼らはちょっとソワソワする。
「そのタブレットってさ、冒険とかバトルとかそういうジャンルの本もあるか?」
「もちろん、ありますよ」
「じゃあ、料理本は?」
「私の元居た世界の分も含めると、読み切れないほどあるかと」
一先ず訊かれたことに答えれば、アランさんとキースさんは表情を明るくした。
まるで、新しい玩具を見つけた子供のように。
「「なら────俺・僕もその話に乗りたいんだけど!」」
「えぇ……」
思わず心の声を漏らしてしまう私は、つい嫌な顔をしてしまった。
だって、レンタルする人数が増えれば必然的に私の読書時間も減るから。
二人とも恩人だから出来るだけのことはしてあげたいけど、読書となれば話は別。
本は私の生き甲斐なんだから。
『一度きりならまだしも、定期的なレンタルだし』と考え、私は拒絶する方向で気持ちを固める。
すると、それに気づいたアランさんとキースさんが慌てて口を開いた。
「味方は多い方がいいだろ。あんま考えたくないけど、セオドアが何かしらの理由で頼れなくなるかもしれないし」
「保険はあった方が、いいんじゃないデスか」
それは……そうだけど、でも……。
多少心は揺れ動いているものの、やっぱり気が進まなくて決断を渋る。
タブレットをギュッと抱き締めて悩む私を前に、今度はセオドアさんが言葉を紡ぐ。
「私はこいつらの意見に賛成だ。“不死鳥”全体でミレイを保護すれば、滅多なことは起きないだろうからな」
いや、滅多なことって……。
「いいか?お前の持つタブレットは謂わば、情報を握る鍵だ。世界中の人間が、お前……もとい、タブレットを欲しがるだろう」
ば、バレないようにすれば……。
「『バレないようにすればいい』と考えているかもしれないが、この世界に来たばかりのお前は世間知らずだ。しかも、初対面の私達にあっさり真実を明かすほど危機感が薄い。とても、隠し通せるとは思えない」
うっ……返す言葉が、ない。
「もちろん、極力周囲に知られないよう私も全力を尽くすが、常時お前をフォロー出来る訳ではない。協力者はもう少し増やしておくべきだ」
純粋に私のためを思って忠告し、セオドアさんは『意地を張らずに頷いておけ』と促した。
どことなく真剣な眼差しを前に、私は『いや、別に意地を張っている訳じゃないけど』と思いつつ息を吐く。
「仰る通りですね……では、お二人も含めたこの場の全員で取り引きしましょう」
「よし!」
「やったッス!」
「賢明な判断だな」
ついに折れた私に、アランさんはガッツポーズをし、キースさんは諸手を挙げて喜び、セオドアさんは小さく頷いた。
すっかりお祝いムードとなる中、セオドアさんがパンッと手を叩く。
「さて、話もまとまったことだ。そろそろ、出発しよう」
「おー、そうだな」
「長居は無用ッスね」
セオドアさんに触発されるように、アランさんとキースさんは気を引き締めた。
『一応、まだ魔の森に居るんだし』と考えながら、彼らは歩き出す。
その傍で、私は『ちなみに何キロ歩くんだろうか』と思案した。




