不死鳥
「それじゃあ、改めて自己紹介────俺はA級冒険者のアランだ。A級パーティーの“不死鳥”に所属している剣士で、リーダー。で、そっちの愛想悪いやつがS級冒険者のセオドア」
黒髪の男性を手で示し、アランさんは『見ろよ、この仏頂面』と肩を竦めた。
その横で、セオドアさんは眉間に皺を寄せる。
「『愛想悪い』は余計だ、愚か者」
「事実だろ〜」
ツンツンと人差し指で腕を突いてくるアランさんに、セオドアさんは軽く舌打ちした。
と同時に、思い切りあちらの足を踏む。
『いったぁ……!?』と叫ぶアランさんを他所に、彼は胸元まである黒髪を耳に掛けた。
「不本意ながらこいつと同じ“不死鳥”に所属している魔導師だ、よろしく頼む」
私の目をしっかり見てそう言うセオドアさんに対し、アランさんはムッとする。
『“不本意ながら”って、何だよ』とでも言うように。
でも、直ぐに気を取り直して紹介を続ける。
「最後に、そこで解体しているのはキースな。特に決まったポジションはないが、索敵とサポートは誰よりも上手い」
「いやいや、それは褒めすぎッスよ〜」
『照れるな〜』と頭を掻き、キースさんは緑の瞳をこちらに向けた。
「どうぞ、よろしくデス」
人懐っこい笑みを浮かべ、キースさんはペコリと頭を下げる。
なので、私も応えるようにお辞儀した。
「美麗です。戦闘力0のクソ雑魚ナメクジですが、よろしくお願いします」
「お、おう……」
「クソ雑魚ナメクジって、そこまで自分を卑下しなくても……」
「まあ、客観視は大事だが……」
アランさん、キースさん、セオドアさんは微妙な反応を見せる。
その傍で、私は顔を上げた。
「励ましの言葉、ありがとうございます。そして、こんな状況で言うのもあれですが……どなたか、手を貸してくれませんか?」
「「「?」」」
『何故?』と疑問を抱く三人に、私はこう言葉を続ける。
「腰が抜けて、立てないんです」
「「「……」」」
早くも私のクソ雑魚ナメクジっぷりを垣間見た三人は、何とも言えない表情を浮かべた。
『一向に立ち上がらなかったのは、そういうことか』と呆れながら、彼らは一つ息を吐く。
「ミレイ、ほら」
アランが代表して私に手を差し伸べ、立たせてくれた。
『ちゃんと歩けそうか?』と尋ねてくる彼を前に、私はコクリと頷く。
「ありがとうございます」
「いや、こんくらい別にいいよ。ただ、ちょっと心配ではあるけど」
『君、一人で生きていけるのかな』と苦笑し、アランさんは手を離した。
かと思えば、キースさんの方へ近づく。
「そろそろ、解体終わるか?」
「うん、今ちょうど終わった」
綺麗に切り離した毛皮や血抜きされた肉を袋に仕舞い、キースさんは立ち上がった。
と同時に、セオドアさんが彼へ手のひらを翳す。
「【水よ、彼の者の穢れを清めよ】」
その言葉を合図に、キースさんは綺麗になった。
血や獣の臭いも、すっかり消えている。
魔法って、便利。私も使いたいな。
そしたら、戦闘面も少しは改善しそうだし。
セオドアさんにお願いして、教えてもらおうかな……って、それはさすがに厚かましいか。
私はあくまで、助けてもらった立場なんだから。
更に頼み事をするのは、図々しいにも程がある。
よって、ここは他の誰かに……もしくは、本などで学べるといいんだけど────あっ。
ふとあることを閃き、私は自身の手元を見下ろした。
私のもらったタブレットは、あらゆる文書を閲覧出来る……なら────この世界にある本や資料も、読めるのでは?
『深読みしすぎかもしれないけど、試す価値はある』と判断し、私は早速タブレットを操作。
その結果────こちらの予想は見事的中した。
翻訳で日本語に直された文章や難解な図解を前に、私は『おお〜!』と感嘆の声を上げる。
すると、アランさんが顔を覗き込んできた。
「おーい、何やってんだ?」
不思議そうに首を傾げるアランさんに対し、私は深く考えることなくこう切り返す。
「魔法に関する本を読んでいるんです」
「「「はっ?」」」
アランさんのみならず、セオドアさんやキースさんも困惑気味に目を瞬かせた。
衝撃のあまり固まる彼らを他所に、私は他にもどんなものが読めるのか調べる。
他人の日記や手紙まで、閲覧可能なんだ。
文書化されたものなら、何でも読めるみたい。
『じゃあ、好きな作品の初稿やネームも見れるのかな?』と浮かれる中、セオドアさんが私の首根っこを掴んだ。
「おい、待て。魔法に関する本とは、どういうことだ?」
「そのままの意味です」
タブレットから視線を外さないまま答え、私は検索機能で好きな作品の関連文書を引き当てる。
『これ全部お気に入り登録しちゃお〜!』とはしゃぐ私を前に、セオドアさんは眉を顰めた。
「ふざけているのか?お前は今、本を持っていないだろう」
「本は持っていませんが、本の内容を記したタブレットがありますので」
「タブレット?」
怪訝そうに聞き返してくるセオドアさんに、私は何の気なしに頷く。
「はい、これはあらゆる文書を閲覧出来る道具で……あっ」
ヤバい……口が滑った。
ここに来てようやく余計なことまで言っていたことを悟り、私はちょっと血の気が引いた。
本来であれば、タブレットで本を読めること自体バラすべきではなかったので。
『さすがに不用心すぎた……』と反省しつつ、私は口元に手を当てる。
「いえ、その……なんというか……全て嘘です」
視線を泳がせて咄嗟に誤魔化すと、キースさんは苦笑した。
「それはちょっと無理があるッスよ〜」
「そうですよね」
あっさり共感を示し、私は真っ直ぐに前を見据える。
「じゃあ、開き直ります。実は私────」
リーリエ様に授かったタブレットであることや異世界転移したことなど、私は全て明かした。
ここまで来たら、もう正直に話した方がいいかと思ったの。一応、いい人達そうだし。
何より、ここで『怪しいから、やっぱり連れていくのはやめよう』となったら困る。
『確実に野垂れ死ぬ』と危機感を持つ私の前で、セオドアさんは目頭を押さえる。
理解に苦しむ、とでも言うように。
「……荒唐無稽な話だな」
「でも、その格好や状況を考えれば辻褄は合うだろ」
「それに、とても嘘を言っているようには見えなかったッスよ」
『真実なんじゃないか』と擁護するアランさんとキースさんに、セオドアさんはスッと目を細めた。
「一理あるな。ただ、私は確証が欲しい────お前の話を裏付ける証拠として、そのタブレットとやらが本当にあらゆる文書を閲覧出来る道具なのかどうか確かめさせてほしい」




