帰宅
「ところで、街の様子はどうだったんだ?」
さっさと次の話題に移り、セオドアさんは顎に手を当てた。
と同時に、アランさんが口を開く。
「色んな意味で騒然としていたけど、巨大亀の討伐を知らせたら一気にお祭り騒ぎへ発展した」
「ただ、突如現れたドラゴンについてはまだ不安が残っているようで浮かない顔をしている人達も少なくないッス」
『一難去ってまた一難、みたいな』と補足し、キースさんは苦笑いした。
すると、セオドアさんがこう切り返す。
「そこは近いうち、どうにかなるだろう。お前達が、きちんと説明をしたならば」
「説明?もしかして、私が神獣召喚を行ったこと伝えたんですか?」
『なら、一緒に街へ行っても良かったんじゃ?』と疑問に思う私に、セオドアさんは眉根を寄せた。
「愚か者、そんなことする訳ないだろう。むしろ、お前の存在を隠すために説明を行ったんだ」
「あぁ、それは……お手数お掛けしました」
ペコリと頭を下げ、私は『察しが悪くて、すみません』と謝罪する。
「ちなみに、どういう説明をしたんですか?」
一応当事者なので気になって質問すると、セオドアさんは『まあ、お前も知っておいた方がいいか』と呟いた。
「まず、あのドラゴンは神獣ヴァイスであることを明かした」
「それで、巨大亀の討伐に手を貸してくれたって言って」
「『きっと、苦戦している僕達のために遣わしてくれたのだろう』と主張したッス」
セオドアさんのあとに続くように、アランさんとキースさんも詳細を述べた。
ふむ……大体、事実だね。
若干、説明の足りないところはあるけど。
『真っ赤な嘘は言っていない筈』と考える私の前で、セオドアさんがスッと目を細める。
「これで恐らく、あちらは何者かによる召喚ではなくリーリエ様の意思による降臨だと勘違いする筈だ」
なるほど。だから、『遣わせてくれた』なんて仰々しい言い回しにしたのか。
『そんな風に言われたら、神のご意思だと思うもんね』と納得し、私は感心する。
────と、ここでアランさんが軽く伸びをした。
「ああ、セオドアの目論見通り上層部の連中は上手く丸め込めた。でもなぁ……」
「何か問題でもあるのか」
言い淀むアランさんをチラリと見て、セオドアさんは少しばかり表情を硬くする。
『最善の対応だと思うんだが』と述べる彼を前に、アランさんはガシガシと頭を搔いた。
「あー、一つだけ懸念があって……その……」
「神獣の背中に誰か乗っていたことが、一部で話題になっているんスよ。それが、どう転ぶか」
アランさんの代わりに問題点を明かし、キースさんは緑の瞳に不安を滲ませる。
『もし、召喚の可能性を探られたら』と悩む彼の前で、セオドアさんは少し考えるような素振りを見せた。
「……まあ、最悪召喚だと気づかれたとしても問題はない。こちらとしては、ミレイが召喚したことさえ知られなければいいからな」
────という訳で、噂は放置することにしたのだが……自分達の街に戻ったとき、酷く後悔する結果となる。
何故なら、色んな人達に心配の声をもらったから。
「ミレイちゃん、大丈夫だった!?アジトの近くにドラゴンが出たって、聞いたわよ!」
「嬢ちゃん、無事だったのか!ドラゴン出現後、行方不明になったから随分捜したんだぜ!」
「今まで、一体どこに行っていたんだい!?心配したんだよ!」
ジェシカさんや隣家の夫婦から詰め寄られ、私はタジタジとなる。
別に彼らの勢いに気圧された訳じゃない────アランさん達の努力が無に帰すことを悟って、狼狽えただけだ。
そういえば、神獣召喚はアジトでやったこと言ってなかったな……。
『未来で書かれた文書もタブレットなら、読めるのでは』という部分に焦点を当てすぎて、すっかり忘れていた。
『やってしまった』と思いつつ、私はジェシカさんや隣家の夫婦を宥めてアジトに入った。
────間もなくして、門前で別れたアランさん達が帰ってくる。
ちなみに分かれて行動したのは、私が不死鳥の皆とロシュの街に居たこと……ひいては、神獣召喚に絡んでいることを隠すためだ。
「ミレイ、我々の言いたいことは分かっているな?」
セオドアさんは仁王立ちで私のことを見下ろし、圧を掛ける。
なので、私は直ぐさま白旗を上げた。
「はい、すみませんでした」
悪いのは完全に私のため、言い訳もせずに謝罪。
『無駄骨となってしまって、本当に申し訳ない』と感じる私を前に、セオドアさんは自身の目頭を押さえた。
「はぁ……神獣がアジトに現れたことやお前が一時的に姿を消したこと、それから神獣の背中に誰か乗っていたこと。これらを知れば、誰もが神獣を遣わせたのは……召喚したのはミレイだという結論に至る筈だ」
やれやれと頭を振り、セオドアさんは目頭から口元に手を移す。
「このままでは、間違いなく色んな勢力から狙われるだろう」
「とりあえず、神殿は確実だな。神様関連のことは、基本あいつらの領分だし」
「それに、ここ数百年神獣を呼び出せる人なんて居なかったから何がなんでも取り込もうとする筈ッスよ」
セオドアさんの意見に共感を示し、アランさんとキースさんも難しい顔をした。
『もちろん、各国の上層部も黙っていないだろうし』と悩む彼らの前で、セオドアさんは横髪を耳に掛ける。
「不幸中の幸いは、まだ真相を知られるまで時間があることだな」
『先手を打つ程度の余裕はある』と語り、セオドアさんは考えるような素振りを見せた。
その横で、アランさんとキースさんは天井を仰ぎ見る。
「とは、言ってもなぁ……こっから打てる手なんて、後ろ盾を立てるくらいしかないんじゃないか」
「それで表舞台に上がって、ミレイちゃん自身の影響力を増やし、その他の勢力を牽制する……って感じの流れになるんで、今まで通りの生活は到底無理ッスね」
否が応でも権力者と関わらなきゃいけないことを主張するアランさんとキースさんに、私は肩を落とした。
「そうですか……」
出来れば現状維持で行きたかったため、私は心から残念に思う。
『アランさん達を助けたことに後悔はないけど、もっと上手くやれなかったものか』と。
「はぁ……記憶を消す魔法でもあれば、なぁ」
堪らず独り言を零すと、セオドアさんはピクッと反応を示した。




