説明
◇◆◇◆
────巨大亀を討伐してから、数時間。
私は少し離れた場所で、セオドアさんと共に待機していた。
その間、アランさんとキースさんは後処理のためロシュの街と巨大亀の近くを行ったり来たりする。
ちなみに、ヴァイスにはもうリーリエ様のところへ帰ってもらった。
これ以上、やってもらうこともないので。
「おい、手を貸せ」
セオドアさんは鉄パイプのようなものを持って、こちらを振り返る。
『早くしろ』と急かしてくる彼を前に、私は身を乗り出した。
「構いませんが、何をやっているんですか?」
「テントを立てているんだ、そんなことも分からないのか」
「自慢じゃありませんが、テントを直接見るのも触れるのも初めてです」
「堂々と言うセリフじゃない、愚か者」
呆れたように溜め息を零し、セオドアさんは私に釘と金槌を手渡す。
『適当に器具を固定しろ』と指示する彼に、私は小さく頷いて釘を打った。
「ところで、テントを立てるということは今日ここで寝泊まりするんですか?」
『街の宿、全部ダメになったのかな?』なんて考える私に対し、セオドアさんはこう答える。
「ああ。さすがにお前も連れてロシュの街に行く訳には、いかないからな」
「どうしてです?」
「あの神獣について様々な憶測が飛び交っているであろうところに、不死鳥以外の人間を連れて行ってみろ。『何か関わりがあります』と公言しているようなものだろう」
「なるほど……確かに」
いくら、こちらが『違う』と言い張っても納得する者ばかりではない筈。
少なくとも、注目の的にはなるよね。
「じゃあ、セオドアさん達は日が暮れる前に街へ戻るんですね」
「……」
眉間に深い皺を刻み込み、セオドアさんは軽くこちらを睨みつけた。
かと思えば、小さく頭を振る。
「お前は私達が戦闘力皆無の者を外へ置き去りにして、自分達だけ安全な場所で過ごす鬼畜に見えるのか」
「えっと……つまり、セオドアさん達もここに泊まってくれる、と」
「当たり前だ。大体、私だけ報告に行かなかったのもお前の護衛をするため……言われなくても、それくらい察しろ」
私のためにあれこれ気を使っているのが気恥ずかしいのか、後半ちょっと荒っぽくなった。
『無駄話はこの辺にして、手を動かせ』と告げる彼を前に、私は残りの釘を打ち切る。
間もなくして、テントの設営が終わり────街に行っていたアランさんとキースさんも、戻ってきた。
「一先ず、報告は終わった」
「巨大亀の回収や戦闘現場の回復は、あっちで後日やってくれるらしいッス」
「なら、私達の出る幕はもうなさそうだな。明日あたり、撤収でいいだろう」
アランさんとキースさんの言葉を受けて、セオドアさんは早々に引き上げることを提案した。
すると、二人は間髪容れずに頷く。
どうやら、異論はないようだ。
「じゃあ、そろそろミレイの話を聞くとするか────何でいきなり、俺達はのところに来たんだ?」
アランさんは地面に敷いたシートの上に座り、真っ直ぐこちらを見据えた。
同じように、セオドアさんとキースさんも聞く姿勢を整える。
神妙な面持ちの御三方を前に、私は顔を上げた。
「実は────」
ここに来た理由や経緯を包み隠さず話し、私は合間合間に差し込まれる質問にもきちんと答えた。
その過程で魔力増幅のことも明かすことになり、こっぴどく叱られたのだが……とりあえず、割愛。
「全滅、か……有り得ない話では、なかったな」
「あのまま有効的な攻撃手段を得られなければ、不味かったのは事実だ」
「正直、全く手応えなかったッスからね……」
アランさん、セオドアさん、キースさんの三人は難しい顔で自身の手元を眺める。
そのとき、瞳に憂いが滲むものの……一瞬のことで、直ぐにいつもの調子を取り戻した。
「ミレイ、ありがとな。助けに来てくれて」
「感謝はしている。だが、お前の行動を褒めるつもりはない」
「危険な場所に自ら突っ込むなんて、無謀ッスからね。出来れば、もうしてほしくないッス」
感謝の気持ちを伝えつつも、三人は私の行動をやんわり窘めた。
『今回は上手くいったけど、もし何かあったら』と心配する彼らの前で、私は背筋を伸ばす。
「約束は出来ません。大事な人達の窮地を、見過ごすような真似はしたくないので」
自分が行ってもお荷物にしかならないならまだしも、今回のように助けられるかもしれないなら何度だって同じ選択をするだろう。
アランさん達がもう死んでいるかもしれないと思ったときの、あの絶望感……あれは二度と味わいたくないから。
何より、彼らの居ない生活は考えられない。考えたくもない。
失う怖さを思い浮かべ、私は二の腕を強く握り締めた。
そんな中、アランさんがポンッと私の頭を撫でる。
「そうか。なら────俺達が、もっと強くなるしかないな」
「!」
少しばかり目を見開き、私は固まった。
だって、まさか私の言い分をそのまま受け止められるとは思ってなかったから。
てっきり、説得か説教かされるのかと。
困惑を隠し切れない私を前に、キースさんがニッコリと笑う。
「そうッスね。これ以上、ミレイさんを心配させなくて済むよう精進するッス」
「……護衛対象に守られるなんて、愚の骨頂だからな」
タブレットを貸し出す際に交わした契約……そこに含まれている『身の安全を保証する』という点を話に出し、セオドアさんは腕を組んだ。
「ミレイ、お前の立場を弁えさせてやる」
ふむ……『護衛対象として、後顧の憂いなくただ守られるだけの状態にしてやる』ってことかな?
セオドアさんの言葉は相変わらず、ぶっきらぼうだな……ん?ちょっと待って。今────
「────『ミレイ』って、言いましたか?」
堪らず質問を投げ掛けると、セオドアさんは肩を竦める。
「だったら、なんだ」
「いえ……セオドアさんに初めて名前で呼ばれたので、少し驚いて」
「そんなことくらいで、いちいち動揺するな」
呆れたような表情を浮かべ、セオドアさんは一つ息を吐いた。
かと思えば、ふとアランさんやキースさんの方を向く。
その際、見えた耳が────若干赤くなっていたのは、私の気のせいだろうか。
「ところで、街の様子はどうだったんだ?」




