巨大亀《アラン side》
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────時は遡り、ロシュの街に着いたばかりの頃。
俺達は外壁に頭突きする巨大亀を見つけ、早くも戦闘準備に入っていた。
「多分、あいつが討伐対象の魔物だよな」
「チッ……!もう街に侵攻しているのか」
「報告では、『もう少し持つ』って話だったんスけどね」
『何かあったんだろうか』と疑問に思いつつ、俺達は外壁から少し離れた草むらまで移動する。
「じゃあ、とりあえずいつも通りで行くぞ」
手短に指示を出し、俺は巨大亀の元へ向かった。
その後ろで、セオドアとキースは待機。
まずは、魔物の強さや弱点の調査。
そういうのが分かんないと、討伐はもちろん街を守ることだって出来ないからな。
『冒険者の基本だ』と思案しながら、俺はとりあえず巨大亀に一太刀浴びせる。
「うわっ……!?めちゃくちゃ硬いな!」
キンッと甲高い音を立てて弾かれた剣を一瞥し、俺は素早く距離を取った。
というのも、巨大亀が先程の攻撃で少しバランスを崩したから。
『まあ、ちょっとふらつく程度だけど』と考える中────周囲に居た者達……恐らく、ここの冒険者や警備隊が目を見開く。
「嘘だろ……あの魔物に影響を与えるほどの斬撃を?」
「誰もあいつの移動を妨害することすら、出来なかったのに……」
「一体、何者なんだ……」
戸惑いを露わにする周囲の者達に、俺は片手を上げた。
「俺はAランクパーティー、不死鳥のアランだ!全員、一旦あいつから離れてくれ!」
そろそろセオドアの魔法が来る筈なので、俺は避難を呼び掛ける。
その途端、周囲の者達は僅かに表情を和らげた。
「嗚呼、不死鳥……!来てくれたのか……!」
「良かった……!もうダメかと思っていたぜ!」
「皆、不死鳥の指示通り一時退避だ!急げ!」
どこか活き活きとした様子で、周囲の者達は動き出す。
その刹那、タイミングを見計らったように大きな雷が落ちてきた。
もちろん、巨大亀の上に。
「あー……ほとんど効いてないっぽいな」
『甲羅が若干黒くなった程度』と観察し、俺は自身の顎を撫でる。
────と、ここで竜巻が現れて巨大亀を襲った。
でも、これは攻撃のためというより……
「なるほど、今はそうした方がいいか」
巨大亀を退けるために動いているみたいだ。
『ならば』と剣を持ち直し、俺は巨大亀の正面に立つ。
と同時に、思い切り剣を振り下ろした。地面に。
「必死に爪を立てて踏ん張っていたようだが、これで終わりだ」
ニヤリと笑う俺は、地面に入った亀裂を眺める。
それはどんどん前へ……巨大亀の方へ広がっていき、地面を割った。
と言っても、上部だけだが。
『あんまり派手にやると、怒られるからな〜』と肩を竦める俺の前で、巨大亀は踏ん張れなくなり吹き飛ぶ。
そのまま物凄い速さで、山の方へ飛んで行った。
「よし、一先ずは大丈夫そうだな」
『直ぐには、戻ってこられないだろう』と判断し、俺は剣を鞘に収める。
「全員、もう出てきていいぞ」
周囲の者達に呼び掛けると、彼らは物陰から姿を見せた。
「あの、ありがとうございました」
「おかげで、命拾いしました」
「あと、かの有名な不死鳥にお会い出来て光栄です」
安堵と歓喜を言動の端々に滲ませ、周囲の者達は頬を緩めた。
その瞬間、上から二つの影が降りてくる。
「────礼はいい。世辞もいらん。上の者を呼んでこい」
そう言って、俺の傍に降り立ったのはセオドアだった。
隣にキースも居る。
「お疲れのところ申し訳ないんスけど、またいつ魔物が戻ってくるか分からないんで早めにお願いしたいッス」
セオドアの口下手を補うように、キースは丁寧に頼んだ。
すると、周囲の者達は顔を見合わせて小さく頷く。
「少々お待ちください」
代表として警備隊の一人が上の者を呼びに行き、戻ってきた。
見るからに参謀タイプの眼鏡男を連れて。
「私が今回の総指揮官を務める、ニールです」
「俺は不死鳥のアラン。こっちはメンバーのセオドアとキース」
さっさと自己紹介を済ませ、俺はニールの方に向き直る。
「悪いけど、形式的なやり取りは省いて本題を話してくれると助かる」
『時間がないんだ』と告げる俺に対し、ニールはコクリと頷いた。
「では、魔物の情報だけ手短に。まず、奴には剣も魔法もほとんど通じません。有効的な攻撃手段が、未だに分からない状況です」
『色々試してはいるのですが……』と語りつつ、ニールはそっと眉尻を下げる。
一番重要な弱点が分からないなんて不甲斐ない、と感じているようだ。
「それで、奴の攻撃手段は主に物理。突進とか、踏み潰すとかですね。ただ、最近は────火を吹くようになって……」
「ちょっと待て。『最近は』だと?」
セオドアは怪訝そうに聞き返し、僅かに表情を硬くする。
「もしや、あの魔物は────成長しているのか?」
「……恐らく」
重々しく頷き、ニールはどこか思い詰めたような表情を浮かべた。
その傍で、俺達は小さく息を吐く。
『今回の依頼、一筋縄ではいかなさそうだな』と確信して。
魔物は基本個々で強さの上限が決まっていて、それ以上成長はしない。
ただ、稀に強さの上限を定められていない個体が居て魔王種と呼ばれている。
無限に強くなれるソレは、放っておけば人類の手に負えない厄災と化す。
『予め受けていた報告より、不味い状況だったのはそういうことか』と納得し、俺は頭を搔く。
『早めに手を打たないといけないな』と危機感を覚える中、セオドアが腕を組んだ。
「そうか。話の腰を折って、悪かった。続けてくれ」
「はい。えっと、先程の炎攻撃なんですが、今のところ連発は無理みたいで────」
言われるがまま本題に戻り、ニールは巨大亀の情報を明かした。
『以上です』と話を締め括る彼の前で、俺は口を開く。
「情報提供、感謝する。じゃあ、俺達はこれで」
早速行動を開始するため、俺はさっさと来た道を引き返した。
『ご武運を』と告げるニールに片手を上げて応じ、ロシュの街から出る。
無論、セオドアやキースも一緒に。
「とりあえず、今回は防戦……場合によっては、足止めに徹する」
「弱点を見つけるまでは無茶しないってことッスね、了解ッス」
巨大亀の飛ばされた山に向かいつつ、セオドアとキースは今後の方針を立てた。
その横で、俺はふと空を見上げる。
「こりゃあ、長期戦になりそうだなぁ。ミレイ、一人で大丈夫だろうか」
生活力皆無と言ってもいい彼女のことを思い浮かべ、俺は頬を掻いた。
すると、セオドアが小さく肩を竦める。
「あれでも二十二歳の大人なんだから、大丈夫だろう」
「えっ!?二十二歳!?僕達と同い年なんスか!?」
「ああ。不本意ながら、な」
『あんなやつが同年代など、思いたくもないが』と不満を漏らし、セオドアは眉間に皺を寄せた。
やれやれと小さく頭を振る彼の前で、キースは苦笑を漏らす。
「人は見かけによらないって、まさにこのこと……っ!」
勢いよく顔を上げ、キースは表情を引き締めた。
「前方から、何か……恐らく、さっきの魔物が来るッス!今すぐ戦闘準備を!」




