ロシュの街
「もし、彼らを家族構成に当てはめるならアランさんはよく遊んでくれるお兄ちゃんで、セオドアさんはちょっと小言の多いお父さんかな。それで、キースさんは心配性のお母さん……」
現実逃避でもするようにくだらないことを言い、私は目頭を押さえた。
どんなに目を背けたって、辛い現実からは逃れられず……涙が溢れてくるから。
「……これから、どうしよう?とりあえず、ロシュの街に行ってアランさん達の遺体を引き取る……?いや、それはさすがにお節介かな?彼らにも、血の繋がった家族が居るだろうし……」
『出しゃばっては、いけない』と自制し、私は強く手を握り締める。
「でも、状況確認のため一度あっちには行った方がいいよね……」
おもむろに顔を上げ、私は涙を拭いて立ち上がった。
フラフラした足取りでアジトを出て、乗合馬車のある方向へ行く。
その道中、普段あまり見ない飾りや新しい屋台の骨組みが目についた。
『何かイベントでもあるのかな?』と思いつつ、私は乗合馬車の御者っぽい男性に声を掛ける。
「すみません、ロシュの街に行きたいんですけど」
「ロシュの街?あー、今は無理だなぁ。例の魔物騒動で、通行に規制が掛かっちまって」
『少なくとも、街道は封鎖されている』と説明する男性に対し、私は肩を落とした。
「そうですか……」
「悪いな」
『こればっかりは、どうしようもないんだ』と諭し、男性はガシガシと頭を搔く。
「そうだ、お詫びと言っちゃなんだが、これやるよ」
ポケットから紙切れを取り出し、男性はこちらに手渡してきた。
「屋台の割引券だ。明日の祭りで使える筈だから、持っていくといい」
「はあ……ありがとうございます」
『いいえ、お気持ちだけで』と突き返す気力もなく、ただ流される。
どこか無気力な私を前に、男性はニカッと笑った。
「これくらい、どうってことねぇーよ。せっかくの建国記念日だから、多くの人と祝いたいだけさ」
「!?」
ハッと息を呑み、私は堪らず男性のことを凝視した。
「あの……!建国記念日って、明日なんですか!」
「えっ?ああ、そうだけど」
「それはイーリス帝国暦五百八年の!?」
「お、おう」
こちらの勢いに気圧されながらも頷き、男性は目を瞬かせる。
『一体、何なんだ……?』と戸惑う彼を他所に、私は口元に手を当てた。
不死鳥の全滅を綴られていた日付けは、イーリス帝国暦五百八年の建国記念日……ということは、あの日記に書かれていた内容って嘘?
いや、そう判断するのはまだ早い。
建国記念日のことは一旦置いておくとして、他の日付けの内容は現実とリンクする部分も多かったから。
つまり、何が言いたいかというと────あれは未来の出来事なんじゃないかな?
『そう考えれば、一応辻褄は合う』と思案し、私はゴクリと喉を鳴らす。
馬鹿げた話だとは思う。
でも、このタブレットは“あらゆる文書を閲覧出来る”ものだから────いつか未来で作られる文書を読めても、おかしくはない。
そう考えれば、元の世界にて当時未完だった作品が最後まで読めることにも納得が行くし。
『可能性は充分ある』と思いつつ、私は小さく深呼吸した。
兎にも角にも、アランさん達のところへ行かなくては────今すぐに。
『全ての答えは、ロシュの街にある』と奮起し、私は男性の目を見つめ返す。
「色々教えていただき、ありがとうございました。それから、こちらはやっぱりお返しします。祭りには、参加出来そうもないので」
『すみません』と頭を下げ、私は屋台の割引券を返した。
と同時に、来た道を戻る。
心情的には今すぐ街を飛び出したいところだけど、通行を規制されている以上陸地での移動は困難。
別の交通手段を手に入れないと。
足早に街中を駆けていく私は、半ば転がり込むようにしてアジトへ入った。
そのまま足を止めずに二階へ上がり、自室に行く。
「紙とペン……紙とペン……紙とペン……」
譫言のようにそう呟き、私は机の引き出しから必要な道具を取り出した。
逸る気持ちを押さえて慎重にペンを走らせ、私は丁寧に魔法陣を描き上げる。
雑な仕上がりになれば、失敗する可能性が高くなる。
それで、何度も描き直す羽目になったらそれこそ時間の無駄。
だから、ここは万全を期す。
『雑でもいいなら、そこら辺の地面に血文字で描いていたんだけどね』と思いながら、私はペンを置く。
出来上がった魔法陣に手を翳し、一つ深呼吸した。
「────【神獣ヴァイスよ、ここに来たれ】」
この前みたいに呪文を唱えると、真っ白なドラゴンが白い光と共に飛び出してくる。
悠々と宙を舞ってこちらに向き直るヴァイスを前に、私は少し肩の力を抜いた。
召喚成功だ、と安堵して。
「ヴァイス、お願いします。私をロシュの街まで、連れて行ってください」
緑がかった青の瞳を見つめ、私はお願いした。
すると、ヴァイスは急に方向転換して窓へ行き、外に出た。
かと思えば、一軒家くらいの大きさになる。
『これが、本来のサイズ……?』と驚く私の前で、ヴァイスはこちらに体を……もっと正確に言うと、背中を寄せてきた。
乗れ、とでも言うように。
「失礼します」
急いで窓辺に駆け寄り、私はヴァイスの背中に乗る。
け、結構滑る……落ちそう。
でも、頑張って踏ん張らないと。
ツルツルの鱗にしがみつき、私は顔を上げた。
「準備オーケーです。出発してください」
その言葉を合図に、ヴァイスは大きく翼を動かして上昇する。
────と、ここで四方八方から悲鳴が上がった。
「な、なんだ、あれ!?」
「ドラゴンじゃないか……!?」
「何でそんな魔物が、ここに……!?」
「いや、待て……!よく見てみろ!あれは魔物じゃなくて、神獣だ!」
誰かがヴァイスの正体を言い当てれば、周囲の者達は固まる。
が、それはほんの一瞬で直ぐに『なんだって!?』と大騒ぎになった。
もちろん、先程とはまた違う意味で。
神獣は神の使いだから、いきなり目の前に現れれば動揺するか。
『ここ数十年は、姿を見せなかったレアキャラらしいし』と考える中、人々の喧騒が遠くなっていく。
それに比例して、ヴァイスの速度も上がった。
風が凄くて、目を開けていられない。
振り落とされないようにするだけで、精一杯。
このままじゃ、目的地に到着しても分からないんじゃ?
などと考えていると、ヴァイスが速度を一気に落として止まった。
その反動で、私は背中から滑り落ちる。
「えっ……?」
ここでようやく目を開けて、私はロシュの街を見た。
半壊された外壁、辛うじて無事な民家、誰かの血……確実に戦闘があったと分かる光景を前に、私は息を呑む。
その刹那、ヴァイスが私の首根っこを掴んだ。
いや、口で咥えたと言うべきか。
た、助かった。さすがにこのまま落ちていたら、大怪我不可避だったよ。
────と安心したのも束の間、命綱である首根っこ……その部分の服が破れて、再び私は落下。
『ファンタジー服、脆すぎ……』と嘆く私を前に、ヴァイスはどうにか助けようとする。
その瞬間────
「ミレイ……!」
────アランさんが、私のことを空中でキャッチした。
かと思えば、華麗に着地する。
「大丈夫か!?」
焦った様子で私の顔を覗き込み、アランさんは心配そうな表情を浮かべた。




