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既製服の試作品

◇◆◇◆


 ────リーリエ様の降臨から、五日後。

私はジェシカさんより呼び出しを受け、店の方へ足を運んだ。

臨時休業にしたのか客の居ない店内を前に、私はソファへ腰掛ける。

すると、ジェシカさんが服を何着か持ってきた。


「お待たせ。これが────既製服の試作品よ」


 ワンピースやスカートなどテーブルの上に並べ、ジェシカさんは『どうかしら?』と問う。

こちらの反応を窺う彼女の前で、私は服に触ってみた。


「服の型もファスナーも私の知っている既製服にそっくりです。完璧だと思います」


 材料が違うので全く同じではないものの、いい出来だと思う。

少なくとも、私は満足した。


「本当?なら、この試作品を元に量産していくわ」


 どこか、ホッとしたような……嬉しそうな表情を浮かべて、ジェシカさんは向かい側のソファに腰を下ろす。


「それで、とりあえず平民向けに安価で販売するつもり。一応、貴族向けの服にもファスナーなどの技術は取り入れるけど、既製服は展開しない……いや、出来ないと思うわ」


 僅かに表情を曇らせ、ジェシカさんは小さく肩を竦めた。


「興味は持ってくれるだろうけど、多分それだけ。量産品って、貴族からすればほぼ無価値なものだから」


 『誰かと全く同じ服なんて、社交界じゃ笑いものでしょうし』と語り、ジェシカさんは嘆息する。

客単価の高い貴族をターゲット層から排除するのは、ちょっと惜しいのだろう。

『どうにかして、既製服を売り出せないかな?』と悩んでいる彼女を前に、私は自身の顎を撫でた。


「そういうことなら────ブランドを作るのは、どうでしょう」


「ブランド?」


「はい、貴族向けのコンテンツとして少しお高め且つ華やかな既製服を作成して平民向けと差別化するんです。上手く行けば、〇〇ブランド=オシャレの最先端という認識になって物凄い付加価値が生まれます」


 『あとは、期間限定・数量限定の既製服を作るとか』と話し、私は紅茶を飲んだ。


 まあ、全部ファンタジー作品の受け売りだから成功するかどうかは分からないけども。

やっぱり、物語と現実では色々違うだろうし。

でも、新しいものに億さず食らいつけるジェシカさんならもしかしたら……。


 チラリとジェシカさんの顔色を窺う中、彼女は口元に手を当てる。


「オシャレの最先端……これまで流行は、社交界の花と呼ばれる者達が何を着るかによって決まっていた……でも、その役割を私達の方で出来るようになれば……」


 ゆるりと口角を上げ、ジェシカさんは真っ直ぐこちらを見据えた。


「────ブランド、いいわね。そのアイディア、いただくわ」


 茶色がかった瞳に強い光を宿し、ジェシカさんはギュッと手を握り締める。


「きっと一筋縄では行かないでしょうけど、全く勝算のない戦いでもないから。既製服を販売した直後の話題性を利用すれば、出来ないことはないと思う」


 『頑張って、プロデュースするわ』と意気込み、ジェシカさんは明るく笑った。

実に頼もしい彼女を前に、私はスッと目を細める。


「そうですか。楽しみにしています」


 『成功を願っています』と言って、私はティーカップをソーサーの上に戻した。


「ところでこちらの試作品なんですけど、何着か購入してもいいですか?」


 本来であればちゃんとした完成品を購入すべきなんだろうけど、また出掛けるのは正直面倒臭い。

出来ることなら、この場で買い物を済ませたい。


 『幸い、試作品のデザインはシンプルで普段使い出来るし』と考える私の前で、ジェシカさんは目を剥く。


「あら、こんなものでいいの?」


「はい」


「なら、プレゼントするわ。これはあくまで試作品で、売り物じゃないし。それに、またいいアイディアをもらっちゃったからね」


 ウィンクしてそう答え、ジェシカさんはソファから立ち上がった。

『軽く梱包するわね』と述べる彼女の前で、私は小さく首を縦に振る。


「ありがとうございます」


 せっかくの厚意なので受け取ることにした私は、ジェシカさんが作業するところを静かに見守った。

そして、既製服の試作品がたくさん入った紙袋をもらい、早々に店を後にする。

あんまり長居すると、迷惑になるため。

『ブランド計画に向けて、忙しくなるだろうし』と思いつつ、私はアジトに帰った。


「ただいまです」


 一応挨拶してみるものの、当然返事はない。

そんなの分かり切っていた筈なのに、少し残念に思った。


 人肌恋しいなぁ。

元居た世界ではこれくらい平気だったんだけど、アランさん達に出会って変わったのかなぁ。


 『人との縁がもたらす影響って、凄いなぁ』としみじみ思いながら、私はダイニングに足を運ぶ。


「アランさん達、今頃どうしているんだろう」


 いつも誰かしら座っていたソファや椅子を眺め、私は小首を傾げた。


「ワンチャン、タブレットで分からないかな?────タブレット召喚」


 出現したタブレットを手に取り、私は椅子へ腰を下ろす。

その際、持っていた紙袋はテーブルの上に置いた。


「『Aランクパーティー 不死鳥』で調べたら、出てくるかな〜」


 毎度お馴染みの検索機能を使い、私は僅かに目を見開く。


 無事にヒットしてくれたのは有り難いけど、凄い件数だね。

全部、読めるかな?

まあ、とりあえず上から順番に見てみよう。


 ────という訳で、早速目を通していく。

案の定とでも言うべきか、こちらの欲しい情報はなかなか手に入らなかったが、不死鳥の過去などを知れて楽しかった。

つい、時間を忘れてしまうくらい。

いつの間にか朝日で明るくなった空を前に、私は『この文書を読んだら、寝よう』と考える。


「────ん?何これ?どういうこと?」


 ふと目に入った文章に動揺し、私は小さく瞳を揺らした。


『イーリス帝国暦五百八年、建国記念日────ロシュの街近郊にて不死鳥は強力な魔物と戦い、全滅(・・)……ただ、辛うじて相討ちに持っていってくれたおかげでこちらの被害は抑えられた。我々ロシュの住人は彼らに深い感謝と敬意を抱いているが、英雄の死を思うと少し複雑だ。純粋に喜べない。こんなにも素晴らしい者達を亡くしたのが、ただ悲しく……申し訳ないからである』


 グレゴリーという人物の日記を再度読み、私は表情を硬くする。

『残念ながら、見間違いではなさそうだ』と判断して。


「不死鳥が全滅……?これは事実なの……?じゃあ、彼らはもう……」


 冷たくなったアランさん達を想像し、私は手が震えた。

と同時に、彼らの存在が自分の中で大きくなっていたことを悟る。


 出会って一年にも満たない関係だけど、アランさん達は間違いなく特別だった。

そう、まるで家族のような……。


「もし、彼らを家族構成に当てはめるならアランさんはよく遊んでくれるお兄ちゃんで、セオドアさんはちょっと小言の多いお父さんかな。それで、キースさんは心配性のお母さん……」

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