異世界
「おお〜!ここが異世界」
見渡す限り草しかない野原を眺め、私────七瀬美麗は目を細めた。
つい数時間前に日本で死んだことや、異世界の神リーリエ様と取り引きしたことを思い返しながら。
私は所謂、異世界転生……いや、姿は変わらないから異世界転移かな?
とにかく、一度死んで神様に出会い、特別な力をもらって異世界に来たのだ。
よくあるテンプレ展開だけど、特に魔王討伐などの使命はなく、ただ『長生きしてくれればいい』と言われている。
なんでも、私という存在が居ることで世界を安定させられるらしい。
だから、不老とか神獣召喚とか色んな力を与えてもらった。
『特別扱い万歳』と思いつつ、私はその場に腰を下ろす。
「さて、それでは────早速読書タイム!」
リーリエ様に頼み込んで作ってもらった“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット”を見下ろし、私はニンマリ笑った。
何故なら、これを使えば元の世界にある漫画や小説が読み放題だから。
しかも、死ぬ前は未完だった作品でも今すぐ最後まで読める。
もちろん、打ち切りになったり連載終了になったりしなければの話だが。
「あっ、○○だ〜!それに、△△もある〜!」
『これ、結局三十巻まで続いたんだ〜!』と口にしながら、私は読み始める。
が、直ぐにそれどころではなくなった。
というのも、超常エネルギーである魔力を帯びている生物────魔物が現れたから。
転移する前、リーリエ様に教えてもらった特徴と一致するため間違いないと思う。
「……転移早々、詰んだ?」
野原なので、隠れられる場所などなく……また、私の戦闘力は0のため返り討ちにするのも不可能だった。
あっ、そうだ!神獣召喚を使うのは、どうだろう!
って、これ魔法陣を描かなきゃいけないやつだっけ?
絶対、間に合わないじゃん!
もうすぐそこまで迫った魔物を見つめ、私は顔を強ばらせる。
せめて少しでも距離を取ろうと立ち上がるものの、腰が抜けてへたり込んでしまった。
『一巻の終わり』という言葉が、脳裏を駆け巡る。
「ま、まだ読みたい本があるのに死ぬのは嫌ぁぁぁああああ……!!!」
目と鼻の先まで来た魔物を前に、私はギュッと目を瞑って身構えた。
と同時に────雷鳴を耳にする。
『えっ?』と思わず目を開ける私は、魔物の真上に雷が落ちるところをちょうど目撃した。
「ひっ……!?」
ちょっと焦げている魔物を見て、私は目を白黒させる。
一体何が起きているのか分からずに居ると、魔物が倒れた。
────と、ここで奥の方から誰かがやってくる。
「おーい。君、大丈夫かー?」
そう言って、こちらに軽く手を振るのは赤髪の男性だった。
他にも、黒髪の男性や金髪の男性も居る。
「は、い。何とか」
私はちょっと掠れた声で返事し、少しばかり肩の力を抜いた。
人の姿が見えたことに、なんだか安心してしまって。
「あの、先程の落雷はあなた方が?」
魔力による超常現象────魔法(こちらもリーリエ様に教えてもらった)がこの世界には存在するため、自在に雷を操っていてもおかしくない。
『それに、あの雷はどう考えてもタイミングが良すぎたし』と考える私を前に、黒髪の男性が口を開く。
「ああ、私が魔法を用いて雷を落とした」
「やはり、そうでしたか。ありがとうございます」
『助かりました』と感謝し、私は頭を下げた。
すると、黒髪の男性は小さく首を横に振る。
「礼はいい。それより、この魔物もらってもいいか?」
紫の瞳に魔物を映し出し、黒髪の男性はこちらにお伺いを立ててきた。
『一応、お前の見つけた獲物だから許可が欲しい』と述べる彼を前に、私はこう答える。
「どうぞ、どうぞ。私の獲ったものでは、ありませんし。何より、こちらに渡されても困りますので」
解体する技術も運搬する力もないため、たとえ『やるよ』と言われたって放置することしか出来なかった。
「そうか。では、遠慮なく────キース」
黒髪の男性は傍に居る金髪の男性へ声を掛け、後ろに一歩下がる。
と同時に、金髪の男性が魔物の元までやってきて少し身を屈めた。
「じゃあ、失礼して」
腰に差した鞘から短剣を取り出し、金髪の男性は魔物の解体を始めた。
途端に香る血と獣の臭いを前に、私は後ずさる。
若干、顔を背けながら。
さすがに目の前でリアル解体ショーは、無理……グロい。
などと考えていると、赤髪の男性がちょっと身を乗り出してきた。
「ところで、君はどうしてここに?見たところ、冒険者や騎士ではなさそうだけど」
コテリと首を傾げ、赤髪の男性は金の瞳に疑問を滲ませる。
口ぶりから察するに、ここは危険な場所みたいだね。
もう少し安全なところに転移させてほしかったな。
まあ、転移位置はランダムだからしょうがないんだろうけど。
『リーリエ様からすれば、不可抗力か』と思いつつ、私は顔を上げた。
「気づいたら、ここに居ました」
異世界転移してきたことはなるべく、他の人に言わない方がいいとリーリエ様に忠告されていたため真実を隠す。
『まあ、嘘は言っていない』と開き直る私を前に、赤髪の男性は考え込むような素振りを見せた。
「転移系のトラップにでも、引っ掛かったのか?だとしたら、災難だったな。よりによって、魔物多発地域として知られる魔の森に飛ばされるなんて」
同情の眼差しを向け、赤髪の男性は小さく頭を振る。
『俺達と出会えたのは不幸中の幸いだったな』と述べつつ、ふと黒髪の男性に視線を向けた。
かと思えば、無言で意思疎通を取り、こちらに向き直る。
「良かったら、街まで送っていこうか?」
『さすがに単独かつ丸腰では、魔の森を抜けられないだろう』と考えてか、赤髪の男性は同行を持ち掛けてきた。
う〜ん……出来れば今すぐ読書を再開したいけど、こんなヤバい場所に留まる訳にはいかないか。
『命あっての物種』という言葉を思い浮かべ、私は居住まいを正す。
「お願いします」
「ん。任せとけ」
明るく笑って請け負い、赤髪の男性は腰に手を当てた。
「それじゃあ、改めて自己紹介────俺はA級冒険者のアランだ。A級パーティーの“不死鳥”に所属している剣士で、リーダー。で、そっちの愛想悪いやつがS級冒険者のセオドア」




