第5章 魔神の尖兵《脂肪三兄弟》、襲来
健康であれ
魔神アディポス・ベリー覚醒まで、あと六日。
その日、俺は朝から嫌な予感がしていた。
「……なんか今日は、身体が重い気がする」
「レン様、昨日の残業で“座りっぱなし時間”が長かったですからね」
肩の上でラクティが、ふわふわ尻尾を揺らしながら言う。
「運動不足は、アディポス陣営の大好物なんですよ。
……あ、でも安心してください。ぼく、スクワットを見るの大好きなんで」
「見るだけかよ!」
そこへセラフィミアが、ちょこちょこと俺の前に姿を現した。
白いワンピースの裾を踏んで、こてんと転びかける。
「ふぎゃ……っ。
あの、その……レン様。
昨日、お夜食……食べてませんよね……?」
「ホットミルクとナッツだけだよ」
「よかったぁぁぁぁ……」
両手を胸に当て、ほっとする聖女。
その表情があまりに真剣で、ちょっと笑いそうになった。
……が、その瞬間。
――ズズズズズズズンッ。
腹の奥から、重低音のような振動が響いた。
「うおっ!? なに今の……!」
ラクティの毛(?)がビリビリ震える。
「レン様! 王国の“中層脂肪階層”に、巨大な反応です!
これは……魔神の本体じゃないです!
もっと……安っぽい……!」
「安っぽいって何だよ」
「尖兵です!
魔神の“前座”みたいなやつです!」
前座って言った。
内臓脂肪の世界にも前座ライブがあるのかよ。
ビフィズス十三世の重々しい声が響き渡る。
『レン、至急、腸内王国の脂肪層戦線へ来てくれ。
“脂肪三兄弟”が動き出した』
「脂肪三兄弟……?」
セラフィミアが俺の袖をぎゅっと掴む。
「あの三人(?)は……
アディポス・ベリーの側近にして、
“内臓脂肪の成長を加速させる尖兵”です……!」
「それ、すごくイヤなポジションだな!」
俺は深呼吸し、意識を腸内王国へと集中させた。
視界が歪み、世界が反転する――。
⸻
◆ 脂肪層戦線
そこは、ねっとりした脂肪の大地が広がる戦場だった。
ぷよぷよした黄色い地面がボヨンと沈み、
一歩歩くたびに「ぷよん」「むにっ」と妙な感触が伝わってくる。
「うわ……ここが俺の内臓脂肪ゾーンか……
なんか……見た目に全てが出てるな……」
ラクティが申し訳なさそうに頷く。
「ここの広さが広がるほど、お腹のサイズが増えます……」
「やめて具体的に言うの」
遠方に、ビフィズス王率いる善玉騎士団が陣形を組んでいた。
その前方。脂肪の地平線の向こうから――
ドスン。
ドスン。
ドドドドドド。
重い足音が響く。
「来ます……! 脂肪三兄弟です!」
セラフィミアが杖を構え、きゅっと表情を引き締めた……
と思ったら、杖の先を自分の頭にごちんとぶつけた。
「いだぁっ」
「頼むから覚醒してくれ、聖女……!」
やがて、脂肪の霧をかき分けて、三つの巨大な影が現れた。
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◆ 魔神の尖兵《脂肪三兄弟》
一番手前にいるのは、丸々と太った球体のような男。
全身は揚げたての唐揚げ色、
腕はソーセージみたいに太く、
頭にはポテチの王冠。
「へっへっへぇ〜〜。
オレ様は長男、《フライ・オイル》。
揚げ物とスナック菓子の化身よォ〜〜」
その隣に、つるつるした白いボディの男がいた。
腹はぷにぷに。
マヨネーズのチューブを肩に担いでいる。
「ボクは次男、《マヨ・クリーム》。
濃厚ドレッシングとマヨのしずくで、
キミのカロリーを優しく上書きしてあげるよ〜?」
三人目は、妙にギラギラした目で、
砂糖の粒のような鎧を着た小柄な男だった。
「オレは三男、《シュガ・ソース》。
甘じょっぱいタレとデザートで、
お前の意思力を溶かしてやるよ!」
ラクティが震え上がる。
「でました……脂質・マヨ・砂糖のトリオ……
食欲の“黒い三連星”です……!」
「説明が妙にわかりやすいな!」
ビフィズス王が前に出て、叫んだ。
『脂肪三兄弟よ!
ここは育菌覇王レンの腸内王国!
これ以上の侵攻は許さん!』
しかし、フライ・オイルは腹を揺らして笑う。
「覇王〜〜? ハッ、笑わせんなよ。
こいつ、昨日も座りっぱなしで運動不足だったぜ?
しかも“カロリー高いけど仕事頑張ったし”って、
ちょっと多めにご飯食ってただろ〜〜?」
「なんで知ってんだよ!!」
「オレたちはなぁ、人間の“言い訳”から生まれてんだよ」
言い訳由来かよこいつら。
シュガ・ソースが舌なめずりする。
「しかもレンちゃん、
ストレスたまると甘いもの食べたくなっちゃうタイプだろ〜?
その“ちょっとだけなら……”が積み上がると、
オレたち、いくらでも増殖すんだよね〜」
図星すぎて何も言い返せない。
セラフィミアが一歩前に出た。
「レン様は……
もう変わろうとしているんです!
これ以上、勝手なことは……させません!」
そう言って杖を掲げるが――
先っぽに自分の髪をからめて「きゃっ」となった。
「応援してるからな、聖女……!」
⸻
◆ 戦闘開始──“油飛ばし”と“マヨネーズの雨”
フライ・オイルが、指をパチンと鳴らした。
「じゃ、前座ライブ開始といこうかァ!
《オイル・ショット・フェスティバル》!」
その瞬間、やつの身体から熱々の油弾が連射された。
「うおおおお!?
なんか飛んでくるの全部揚げ物っぽい!!」
「レン様! オイル弾は“炎症ダメージ”です!
受けすぎると腸バリアがボロボロになります!」
善玉騎士団が盾を構え、次々に油弾を受け止める。
だが、完全には防ぎきれない。
ビフィズス王が指示を飛ばす。
『整列! “食物繊維シールド陣形”だ!
野菜・海藻・きのこ兵団、前へ!!』
緑色の鎧をまとった「食物繊維兵」が前線に並び、
油弾をスポンジのように吸い込み始めた。
「おお……オイルが減ってく……!」
『これが“余分な脂質を抱え込む力”だ。
現実世界で野菜から食べておる効果が、
ここに反映されておるのだ』
「マジか……俺の“サラダから食べる”習慣、
ちゃんと意味あったんだな……」
しかし、次男マヨ・クリームが笑った。
「じゃあボクの番かなぁ〜?
《マヨ・ハイカロリー・シャワー》!」
空から白いマヨネーズの雨が降り注いだ。
ラクティが悲鳴を上げる。
「うわぁぁぁぁ! ぬるぬるするぅぅ!!
カロリーの洪水です!!」
「レン様! 野菜兵たちの吸収力を超えるマヨ量です!
このままだと、王国全体が“まろやかな脂肪層”になります!」
「それ絶対ダメなやつ!」
セラフィミアが震えながら杖を構えた。
「わ、私に……任せてください……!
《セロトニン・クリア・リング》!!」
聖女が唱えると、
王国の上空に淡い青色のリングが広がり、
マヨの雨の一部を中和し始めた。
「これは……?」
「ストレスによる“やけ食い衝動”を抑える力です……!
レン様が最近、“本当にお腹空いてるか考える”ようになったので……
私、ちょっとだけ強くなったんです……!」
シュガ・ソースが舌打ちする。
「チッ……聖女が覚醒してやがったか……
じゃあ、オレも本気出すかね」
⸻
◆ シュガ・ソースの精神攻撃
シュガ・ソースが掌を掲げると、
空間に次々と“幻のスイーツ”が現れた。
ケーキ、ドーナツ、プリン、
コンビニの新作スイーツ、
期間限定アイス、夜中のシュークリーム。
「レンちゃ〜ん?
仕事で疲れたときさぁ、
“甘いものぐらい良いよね〜?”って思わない?」
幻のケーキが、俺の目の前にふわりと浮かぶ。
「ちょっとぐらいなら太らないよ〜?
明日から頑張るし?
期間限定だし? 今だけだよ〜?」
心が、ぐらりと揺れた。
「……た、たしかに……
甘いものって……ご褒美みたいなとこも……」
「レン様! ダメです、それは“思考誘導”です!
翌日も“今日もいっか”になって、
気づいたらオレたち(脂肪)のターンなんです!」
ラクティが必死に俺の頭をぺしぺし叩く。
「しっかりしてください!
レン様は育菌覇王候補なんですよ!!
ほら、最近朝に味噌汁飲んでるじゃないですか!
あれ、無駄になっちゃいますよ!!」
「……!」
そうだ。
俺はもう、何も考えずに食べてた頃の俺じゃない。
セラフィミアが、そっと俺の手を握った。
「レン様……
甘いものを“完全に禁止”する必要は、ありません。
でも……
“自分を傷つける食べ方”だけは、
一緒に、やめていきましょう?」
その瞳は真剣で、優しかった。
「レン様が、
“ちゃんと味わって、量を決める”って選ぶたびに……
私たちは、何度でも強くなれますから……!」
幻のケーキが、スッと形を失っていく。
シュガ・ソースが驚いた顔をした。
「……は?
なんでオレの《スイーツ・トラップ》が効かねぇんだよ」
「悪いな。
俺、最近――
“味わって食べる”っての、覚えたんだ」
「……はぁぁ!?
なんだよそれ、リア充みてぇな食べ方しやがって!!」
ラクティが叫ぶ。
「今ですレン様!!
反撃のチャンスです!!」
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◆ 反撃:《ホットミルク・ナイトパレード》
ビフィズス王が叫ぶ。
『全軍、聞け!!
宿主レンは、
夜の“ホットミルク+軽い間食”という新戦術を会得しておる!
それをここで再現するのだ!!』
腸内王国に、温かい白い光が広がった。
「これは……ホットミルク?」
「はい……! 眠りの前に飲むことで、
自律神経が落ち着いて……
“無意味なヤケ食い”を止める力です……!」
ミルクの光が、脂肪の大地を優しく包み込んでいく。
ラクティが胸を張った。
「さらにぼくの能力、《ぜん動アップ》を重ねます!
《ホットミルク・ナイトパレード》!!」
ミルクの列車みたいな光が、
脂肪層を駆け抜けていった。
フライ・オイルの足元から、
どろどろと脂が溶け出していく。
「な、なんだこりゃあ!?
オレ様のプニプニボディが……
“適正体脂肪率”になっていくぅぅ!?」
マヨ・クリームも叫ぶ。
「や、やめて!
ボクの“濃厚さ”が……
ただの“適量の油分”になっちゃう!!
健康的な範囲に収まっちゃうぅぅ!!」
シュガ・ソースも同様に崩れていく。
「バカな……!
ストレス由来じゃない“ちゃんとした甘さ”なんて……
オレの領分じゃねえ……!!」
脂肪三兄弟の身体が、
巨大な塊から、少しずつ小さくなっていく。
ビフィズス王が高らかに告げた。
『これが、“ほどよく食べる”という人間の力だ。
完全拒否でも、過剰依存でもなく……
“バランス”を取ろうとする意志。
それこそが、我ら善玉軍の最大の味方!』
セラフィミアが両手を胸の前で組み、祈りの姿勢を取る。
「《イミュニティ・ブースト・サークル》!」
円形の光が広がり、
腸内の炎症レベルがスッと下がっていくのがわかる。
ラクティが嬉しそうに跳ねた。
「炎症マーカー値、ダウンです!!
これなら免疫兵《NKナイト》も、
本来の仕事に集中できます!!」
脂肪三兄弟は、ついに膝をついた。
フライ・オイルが悔しそうに吠える。
「ちっくしょう……
こちとら“揚げ物食べ放題”が座右の銘なんだよ……!」
「いや、座右の銘にするなよそれ」
マヨ・クリームが、しょんぼりと顔を伏せる。
「ボク……
本当は“ちょっとだけかけてほしい”って思ってたんだ……
でも人間たち、ボクのこと、
なんでもベタベタかけてくるから……」
シュガ・ソースも、肩をすくめる。
「オレだってさぁ……
“たまのデザート”くらいが良かったんだよ。
でも毎日毎日、“ストレス発散”って呼び出されてよ……
そりゃ増えるだろ……」
なんか……ちょっとだけ同情してしまう。
俺は息を吐き、三兄弟に言った。
「……お前らを完全に消すつもりはない。
フライ・オイル、お前の揚げ物も、
マヨ・クリーム、お前のコクも、
シュガ・ソース、お前の甘じょっぱさも。
“たまに”“少しだけ”“ちゃんと味わって”なら、
必要な楽しみだと思う」
三人が顔を上げた。
「……じゃあ、オレたちは……?」
「“暴走したら殴る”。
それ以外のときは、
俺の楽しみとして……
“適量で”付き合ってくれ」
フライ・オイルが照れくさそうに笑う。
「……チッ。
しゃーねえな……
たまにでいいなら、付き合ってやるよ」
マヨ・クリームも頷く。
「じゃあボク、“サラダにちょっとだけ”とかなら……」
シュガ・ソースはにやりと笑った。
「年に数回、“ご褒美デザート”の日には、呼んでくれよ?」
ラクティが目を丸くする。
「えっ、仲間になる流れですかこれ!!」
ビフィズス王が静かに頷く。
『良かろう。
過剰な敵は排除する。
だが、“適量”ならば、
それはもはや生活の彩り。
それを選び、調整するのは──
宿主レン、お前の役目だ』
俺は苦笑しながら、三兄弟に手を差し出した。
「お前らも……
ちゃんとコントロールするからよ。
暴れたらそのときは、本気でぶっ飛ばす」
「おう、育菌覇王候補。
覚悟しとけよ?
お前の“言い訳”が増えたら、
すぐにデカくなってやるからな!」
「そこはマジで気をつける!」
三兄弟の巨大な身体は、
やがて“標準体型”くらいのサイズにまで縮み、
脂肪層の地平線も少しだけ狭くなっていた。
ラクティが嬉しそうに叫ぶ。
「レン様!
内臓脂肪ゾーンの面積、3%縮小しました!!
これは……とんでもない成果です!!」
セラフィミアも微笑む。
「レン様の“選び方”が、
王国の未来を変え始めています……」
⸻
◆ そして、魔神は静かに目を開く
そのとき。
どこからともなく、
低く重たい笑い声が響いた。
『……ククク……
尖兵どもがやられたか……
面白い。
宿主レン……
お前の腸内改革、少しは見ものだな』
脂肪層のさらに奥、
暗黒の中心部で、
巨大な“影”が目を開いた。
魔神、アディポス・ベリー。
『だが忘れるな。
ワシは“蓄積された年月”そのもの。
数日や数週間の努力で、
簡単に消えるほど、
軟な存在ではないぞ……』
ゆっくりと、
脂の海が蠢く。
『育菌覇王を名乗るならば──
せめて“数ヶ月単位”で、
ワシに挑んでくるがいい』
ビフィズス王が、険しい表情を見せた。
『レン……聞いたな?
真の決戦は、“今日明日の話”ではない。
だが、今日の勝利は――
間違いなく、本物だ』
ラクティが、ぎゅっと俺の肩を掴む。
「レン様、一緒に続けていきましょう。
朝の味噌汁も、野菜から食べるのも、
夜のホットミルクも。
ぜんぶ、今日みたいな戦いに繋がってますから!」
セラフィミアも頬を赤くしながら、
小さく拳を握る。
「わ、私も……
もっと強くなります……!
だから……その……
これからも……
一緒に、戦ってください……ね?」
「もちろんだ。
俺は、育菌覇王になる。
内臓脂肪も、メンタルも、免疫も。
全部まとめて、腸から変えてやる!」
腸内王国の空に、光が差し込んだ。
脂肪三兄弟との戦いは終わった。
だが、それはまだ――
魔神アディポス・ベリーとの
“本当の決戦”の、前哨戦にすぎなかった。
健康に至れ




