3話
休学して七日過ぎ、リギの心配を躱すことも慣れて来た頃。久しぶりに制服に袖を通したブリジットは少し緊張気味だ。
結局、連絡先を貰ってもブリジットからは連絡をしないまま過ぎてしまった。家族と会わせられないならば、もし連絡した時にエイミーの家族が側にいたら良くないだろうと向こうからの連絡を待ちながら連絡先の書かれた手帳の頁を眺めているだけだった。
向こうからの連絡を待っていたが、一度も通話器が反応することはなかった。待ちすぎて通話器をずっと家の中で持ち歩いていたのをリギに怪しまれ、「おでかけ」のことを聞かれて焦ったが、細かいことは置いておいてエイミーと連絡先の交換をしたことを話したら少し黙ってからなんとも言い難い顔で「そっか」と言われて終わった。
あんな顔は初めて見た。
「いってきます」
「……いってらっしゃい」
それと比べて今ブリジットを見送るリギの 顔はここ最近すっかり見慣れたものだ。昨日の夜も本当に大丈夫か送って行こうかとあれこれ心配そうにしていたのを断ったので、ブリジットの意見を尊重しつつも心配はしてると言ったところだろう。
久しぶりに学園に向かう道を進みつつ飴を口に放り込んで、エイミーにあげた飴は食べてえたのか喜んでもらえたのかと思いを馳せる。
ふと自分の手の甲に目がいった。あの時は見られたことに意識が集中し過ぎて頭の隅に追いやっていたが、しっかり貫通していたのも見ていたし傷が治るまでは激痛だった、はずだ。明らかに加害されたのに、なぜこんなにも好意的にしているのか自分が少し不思議な気分になる。
学園に近づくにつれてブリジットと同じ制服姿が増えていく。同時になんだか妙に視線を感じるようになった。その方向に目を向けてみると露骨にさっと視線を外される。思い返せばあの日、警察が来る頃には結構な生徒が遠巻きに見てきていた。あれだけの騒ぎを起こした、巻き込まれたが正解だが、そんな存在が「ついに」戻ってきたというところなのだろう。
「ねえ」
一人の生徒が声をかけてきた。見たことのない顔だ。校章と共に付けている飾りの色からして、別の教室らしい。
「あなたよね、聖堂で大騒ぎになった時の人」
「ええと」
言葉が詰まり戸惑ってしまう。彼女の目が好奇を誤魔化しきれていないところを見るに、きっとこの話は「消耗品」にする予定なのだろう。なんだかそれは少し、いや結構、嫌なことかもしれない。
「ごめんなさい、話したことありましたか」
「いや、初めて。あの事件のこと知りたくって。ちょっと教えてくれない?」
ぐいぐいと聞いてくる。ブリジットは少し歩く速度を上げた。
「ねえ、ねえ無視しないでよ。ちょっと聞くだけ。何があったの? あんなに先生も慌てて警察も来てて。先生たちには聞いても教えてくれないのよ。ケチなんだから」
話しかけてきているのは一人だけだが、周りの生徒もこちらの会話に耳をすましているのがわかる。
「えーと、ごめんなさい」
出来るだけ穏便に躱したい。
ブリジットはわざと距離を取るように体を遠ざけた。
「なに、あんだけ注目されたから何か気取ってんの?」
苛立ちを露わにした態度に、ブリジットは対応を失敗したと察して焦った。いっそ走り去ってしまおうか。しかしどうせ学園に行くのだから逃げられるわけでもない。
「どうかなさったのですか? そんな声でお話しして」
いつの間にか、二人の後ろにエイミーが立っていた。困惑したような、少し悲しそうな表情で二人を見つめている。少し離れた所に、この前ブリジットがエイミーの家の前で見た獣車が見えた。
「え、あ、マクレイアさん……」
先ほどまでの態度を一変させて、生徒はエイミーから離れるように一歩後ずさる。
「もしかして、私にも……そういうふうにおっしゃるのかしら?」
「い、いえそんな、つい……、ちょっと、あの聖堂の騒ぎで何かあったのか気になっただけで」
「そう……」
エイミーはブリジットの腕を引いてその生徒から更に引き離す。
「私たち、あの時にとても恐ろしくて怖い思いをしたんです。どうか今は触れずにいていただけないでしょうか」
ぎゅうとブリジットの腕を抱いて、しおらしいお願いを言ってのける。生徒は気まずそうに「ごめんなさい」と謝罪を口にして早足で去っていった。
「大丈夫でしたか?」
そうエイミーが気遣うが、ブリジットは二人きりで話した時の態度との違いに驚いて言葉がうまく出ないでいた。
「きょ、今日から来てたんだ」
「ええ、ホーキンさんも?」
「うん、うん……」
ちょっとこわい。
「さあ、私たちも行きましょう。もう予鈴も鳴ってしまう頃でしょ」
エイミーはブリジットの腕を掴んだまま歩みを進める。引きずられるようなおぼつかない足取りでいると「ちゃんと歩きなさいよ」と低く呟かれ、ある種の安心感を胸にブリジットは頷いた。
「怪我は大丈夫?」
「ご心配ありがとうございます。もうほとんど治っていますので大丈夫ですよ」
「……無理しないでね」
ひそひそと言葉を交わしながら歩いていると、今度はまた違った意味で周りから好奇の目を向けられ始める。今まで一緒にいたところを見たこともない二人が寄り添っているのだから無理もない。その上、片方は学園で一番有名と言っても過言ではない人物だ。目立たないわけがないのだ。
「あの二人」「どうしてかしら」「この前ので」「仲良かった?」「いつの間に」「何か弱みとか」「マクレイアさんは」「隣の子誰?」
校門の中へ入ったところで、二人は教師に呼び止められた。
「おはようございます。マクレイアさん、ホーキンさん。ふむ、調子はよさそうで安心しました。あなた達が来たら、第二応接室へ行かせるよう言われているのです。イハスからお話があるそうですよ」
言われた通りに二人で応接室へ向かうと、既に待っている人物がいた。
「イハス先生、お久しぶりです」
エイミーが挨拶をしたのにつられてブリジットもイハスに対して挨拶をする。
「お二人とも、大変な目に遭いましたね。顔色は良いようで何よりです。さあ、どうぞおかけください」
二人が並べられた椅子に座ると対面の椅子にイハスも座る。
「さて、早速ですが、これからのあなた達の対応についてお話ししましょう。まず、受けられなかった試験は授業での模擬を元に成績をつけることになりました。希望があれば試験の実施もしますが、その場合は明日までにお話ししてください。もう学期末で今学期の成績の総括を始めていますので、急な話で申し訳ないですけれども了承くださいね。休学中に受けるのことの出来なかった授業内容については、各科目から対応があります」
イハスは「これはよくて、これも大丈夫ですね」と呟きながら手元の紙束を捲っていく。
「そうそう、この休学についての手続きはこちらを。本来は事前に申請するための書類ですが形式上必要なものなので提出してください。理由の項目は特に書かなくて結構です。体調面などを把握するための話は別として、事件に関する詳しい状況説明の要求等を学校側からあなた達へする予定はありません。事件については全て警察を通して把握する方針です」
二人に差し出された紙には「休学申請書」と書かれている。
イハスは「さて」と立ち上がった。
「私からは以上ですが、実はあなた達が来たら"這う爪"が話をしたいと言っていた言伝を学園長から預かっています。どういったお話かはおっしゃっていなかったので、この場で私からは説明は出来ませんが……今から聖堂に行っていただいてもよろしいですか?」
「"這う爪"とはお話しできたらと考えていたところでしたので、ありがたいです」
「わたしも丁度お話ししたかったから、大丈夫です」
「そうでしたか。では行きましょう」
イハスに連れられて、三人で聖堂に向かっていく。他の生徒はもちろん授業の真っ最中で、人がいるのに人に合わない学園内を行くというのはブリジットもエイミーも奇妙な感覚だった。
聖堂の門が開いたところで、イハスは二人に向き直る。
「私は呼ばれていませんので、この先はあなた達だけです」
思わず二人は顔を見合わせる。
本来、精霊は誰でも気軽に接触すべきものではない。契約をした者や接触を許された者以外が迂闊に近づくと怒りを買って碌なことにならないのが常識だ。"這う爪"も穏やかな方ではあるが例外ではない。学園と契約をしているとはいえ"這う爪"が本当に許しているのは学園長だ。
事件現場である聖堂内に、被害者である二人だけで入らせるのは大変心配だ。しかし一教員の立場であるイハスが付いていき、精霊に反感を買われる危険性は決して軽んじることはできない。
「お話しが終わるまでここで待っています」
「わかりました。では行きましょう、ホーキンさん」
「う、うん」
イハスに見送られながら二人は聖堂へと入っていく。聖堂の扉が閉まったのを確認してからエイミーは「はぁ」とひとつため息を吐いた。
「久々だとやっぱり疲れるわね……」
「なんでそんなふりしてるの?」
ふとブリジットが疑問を口にする。エイミーはその問いかけ自体が意外だと言いたげに数度瞬きをした。
「なんでって、この方が他人とやりやすいからよ。言い方一つ、動き方一つで良くも悪くも印象が変わるでしょ、今の私みたいに」
「たしかに?」
「家に来たから知ってるだろうけど、私って『少しいいとこのお嬢さん』なの。だから振る舞いもよく見せとかないと逆に面倒なことになるのよ」
そういうものなのか、ブリジットはそういった立場の想像がつかずに深く考えるのをやめた。エイミーは思い切り腕を上げて伸びをして、それからふぅと息を吐いてブリジットの顔を覗き込む。
「あなたが精霊に話したいことって何?」
「えっと、あの時に聖堂の中の柱を折っちゃったから、謝りたくて。あと怪我もしてたから大丈夫かなって」
「それだけ?」
「それだけ、かな……。マクレイアさんは何の話?」
「ちょっと確認したいことがあるの……ちょっとね」
話しているうちに、精霊のいる広間の目前に着いた。エイミーが制服を整えるのを真似して、ブリジットも制服をあちこち触れて直す。
「エイミー・マクレイアです。失礼します」
「ブリジット・ホーキンです、失礼します!」
事件振りに足を踏み入れることになった広間は、すっかり元通りになっていた。むしろ、元よりもさらに植物が豊かになってすらいるように見える。
『おお、待っていたぞ』
広間の中央に鎮座していた"這う爪"が全身をざわめかせた。雑多に生えていた草花が道を開け、石がぼこぼこと土から顔を出し、あっという間に"這う爪"の場所までの道ができる。
『さあ、こちらへ』
二人が"這う爪"の前へと近づくと足元から二本の蔦が伸びてきた。蔦は二人を囲むように近くをふらふらとしてから静かに土の中へと戻っていく。
『ふーむ、そうか』
「あの、なにか……?」
『確認だ。呼び出した用事がこれで終わった』
「確認とはなんですか?」
エイミーは眉をひそめて問いかける。
『そう睨むな、お前達にとっては喜ばしいことなのだぞ』
"這う爪"が今度は自分の足元に蔦を生やして『うむうむ』と何かを納得したように頷く。
『あの忌まわしいことがあった後に、この領域にどうにも嫌な匂いが残っていてな。その正体を探っていたのだ。もしも悪意や敵意のあるものだったとしたら早急に始末しておかねばならない……、だが安心したぞ、この学舎で見守ってきた小さき命を手にかけるなぞ我はしたくはなかったからな』
突拍子もない物騒な話。内容の全てはわからないが、少し殺気立ったその言葉はきっと冗談ではない。あの時、侵入者に向かう"這う爪"を止めた時に向けられたものをエイミーは思い出した。
「そうでしたか、それは、ありがたい、ことです」
エイミーは言葉を慎重に選びながら、どうにか話題をそらそうと考えを巡らす。
「あ、あの」
そんな緊張の中、ブリジットが"這う爪"に話しかける。
「わたし、謝らなくちゃいけなくて」
『ふーむ?』
「どうにかしなきゃって咄嗟に、あの、大きい柱を壊しちゃって……」
ブリジットはちらりと思い当たる方に視線を向けた。侵入者を仕留めるためにへし折られた柱はすっかり直されているが、見ると気まずさが湧いてくる。
『それでか!』
"這う爪"がどっと大笑いし始める。
『なるほど、なるほど。それは合点がいった、"本の"がさほど気に留めていなかったのも頷ける。はっはっはッ!』
ブリジットは面食らって隣のエイミーの顔をみる。エイミーも同じく動揺した様子でこちらを見返していた。
『それほどの「おいた」をしたならばこうなって然るべきだなぁ。ははぁ、よいよい、この愉快さに免じて許そう』
「ありがとうござい、ます?」
『いやはや不安ごとは全てなくなった。もう戻ってもよいぞ』
機嫌良く広間の入り口へと促す"這う爪"だが、エイミーはそれに「いえ」と言葉を挟む。
「私からお聞きたいことがあるのです」
『ほお?』
「"枯蔭"という精霊について、何かご存知ですか」
『知らぬな』
"這う爪"は少しエイミーの顔を覗き込むようにして『知らぬ』と繰り返した。
『老婆心ながら言っておくが』
草原の奥できらりと光った黒い石が、じっとエイミーを見つめる。
『危ない橋はあまり渡るでないぞ』
かつ、かつ。
ブリジットは先ほどから上の空で皿に盛られた料理をずっといじり回している。
「何かありましたか」
リギの呼びかけにハッと顔をあげ、取り繕うように慌てて野菜を掬って口に入れた。
「なんひもなひれう」
「どこか調子が悪いですか?」
ぶんぶんと頭を振るも、リギの心配そうな顔は晴れない。
「えーと、ちょっと、あんまりお腹空いてなくて。ごめんなさい、ごちそうさまでした」
中途半端に残ってしまった食事に少し罪悪感を覚えながらも、食欲があまりないのは本当で、ブリジットは食器を持って立ち上がる。それをリギが手を伸ばして制した。
「片付けは私がしますから、あなたは早く休んでください」
「ありがとうございます……」
その言葉に甘えて食器から手を離し、ブリジットは足早に自室へと向かった。扉を閉め、一息吐いて少し思い出す。
「危ない橋渡らずに済むならそうしてるわよ」
聖堂の広間から門へと向かう廊下の途中、なんとなく言葉もなく歩いていた中でエイミーが呟いた言葉。その言葉にブリジットは何か返そうとしたが、いい言葉は見つからなかった。結局その後は好奇の目に囲まれつつも授業を終えて帰ってきたが、聖堂を出てからエイミーとはまともに話せなかった。話したとしても、周りの目があったから取り繕った話しかしなかったとは思うが。
「あー……」
なんとも言えない無力感に打ちのめされながらベッドへ身体を投げた。
エイミーとはお互いに秘密を知っている。けれどそれだけだ。呪いとか何だとか、ブリジットが何かできることは思いつかない。そもそもそんなに自分が悩んでどうにかなるのだろうか。友達でもないのに。
「友達、でも……ないのかな」
友達とは何だろう。
正直覚えている限りでブリジットには同年代でずっと一緒にいるような子供はいなかった。そんな自分が友達が何かと答えの出せるわけはない。けれど一つ言えるとしたら、
「仲良くはしたいけどなぁ」
思考が底なし沼に沈みかけたとき、扉が叩かれて飛び起きた。
「ブリジット、まだ起きてますか。向こうに置かれていた通話器が反応していまして……」
跳ね起きて扉に駆け寄る。あまりの勢いに向こう側にいたリギは目を丸くして驚いていた。
「ありがとうございますッ」
半ばもぎ取るように通話器を手に取り、反応している文字盤を確かめる。飽きるほど見続けていたものと同じだ。
「どなたですか?」
「と、ともだち、から」
「お、ぁ、そっ……か。あ、まり長く通話はせずに休んでくださいね」
リギは前にも見た何とも言い難い顔をして素早く扉を閉めて行ってしまった。ブリジットは震え出した指で通話器を操作する。
「こ、こんばんはー……?」
「ホーキンさん……ですか?」
少し畏まった声で言われたために、ブリジットは一瞬想定していた相手ではないのかとぎくりと身を固くした。
「ホーキンさん、です」
「ふふ、よかった」
エイミーは少し笑って声を和らげた。
「ちゃんと繋がって安心したわ、少し時間を貰ってもいい?」
「う、うん」
ブリジットはベッドに座って通信器を見つめた。エイミーの声に合わせて通信器の石がぽっぽっと淡く光る。
「大した話じゃないの。ただ、今日聖堂に行ってから私、機嫌が悪かったでしょ。それが失礼だったからちゃんと謝ろうと思って。悪かったわ、その、ごめんなさい」
「ううん、気にしてない。それより、辛そうだったけど大丈夫?」
「……私の呪いがいつどうなるのかわからないから、どんなことでも情報が欲しかったの。精霊と安全に話すなんてこと、そう無いでしょ……だから、思ったよりがっかりしちゃったみたい」
「そっか……」
通信器越しでもエイミーが落ち込んでいるのがわかる。元気付けたいと思うのに、ブリジットにはどうにも上手い言葉が見つからない。ふと視線を上げると出しっぱなしにされた緑色の封筒が目についた。
「そ……ういえばマクレイアさんは進路とかってもう決めた? わたし、パーン国立研究学校ってところに行くかもしれなくて」
パーン国立研究学校。何かしらの発明や研究について新聞に載った時には、八割方はこの名前が出てくる。正確には、その学校も含めた区域としての名前『パーン研究都市』であるが。聞くところによると元はそう広くもない敷地だけだったが、優秀な研究成果を錦の旗に更なる研究の発展のためと土地の拡大や施設の増設の要求を、国やら色んな団体やらに繰り返してもぎ取った結果、今や都市と呼ばれるほどに広大な敷地になったのだとか。
「本当?」
「わたしの体質のこと知ってる人がその学校で精霊の研究してる人と話したら、調査とかしたいって話になったみたい。研究対象みたいな感じでも、学生として勉強してもいいって。まだちょっと悩んでて返事もしてないからちゃんと決まったわけじゃないけど」
「……進路なんて慎重に選びたいものだもの、滅多にない機会でも悩む時は悩むわ」
エイミーの賛同に少し嬉しさを感じつつブリジットが話を続けようとしたが、それを遮るようにエイミーが続けた。
「でもそれを聞いて私、今とっても変なことを言いたくなっているの」
「変なこと?」
「ねぇ、ホーキンさん。少しだけあなたの人生、私にくれない?」
どういうことだろうか。
言葉の咀嚼が間に合わずブリジットは閉口してしまう。
「えーと?」
「私も、同じ学校に行こうとしてたのよ、あそこはいろんな資料が集まっているし、いろんなことを研究してる人がいる。ナシラトのことを調べたくらいじゃ怪しまれない。むしろ詳しく深く調べてもそういう分野を目指してるだけにしか見ないわ。都合がいいの」
興奮気味のエイミーの声だが、どこか不安定にも感じる。
「でも行くとしたら寮に入らないといけないし、余程の事情、例えば同室になると命の危機があるくらいのことがないと一人部屋にはなれないらしいから、殆ど例が無いって。だからもうとことん隠しながらでもやり遂げるつもりではいたけど、どこまで隠し通せるかはわからなくて正直不安でたまらなかった」
エイミーは「でも」と続けた。捲し立てるように通信器がチカチカと光る。
「あなたがいてくれたら、それも変わるわ。一人部屋は無理でも事情を汲んで決まった人と二人部屋とかはよくあるそうなの。しかも条件も厳しく無さそうで。だから、早い話あなたを……あなたを利用させてほしい。私と一緒に行って、ホーキンさん。あなたの人生を私に使わせて。無理は承知してる、代償はなんでも望んでいい。私の目的に近づけるなら、なんでも差し出す。だから」
縋り付くような声になっていく。なんだか胸元を掴まれているような、目を背けられないような錯覚を起こしそうだ。
「おねがい……」
消え入りそうなほど小さな声。
ブリジットは困った。本当に困った。こんなに唐突に、選択を迫られるとは露ほども考えてなかった。それも、こんな大事を決めるような話になるとは。
『ブリジット、覚えておいてください』
ふと、昔に言われた言葉を思い出す。
『あなたのことを知って、利用しようとする人は必ずいます。何かを求められた時、まず疑いなさい。あなたが不幸にならないために』
それが今なのだろうか。ブリジットは口を結んで通信器を見つめる。あの夫婦が言い聞かせるように話してくる時は、ブリジットを守るためだ。それは違いない、と思う。
けれど。
「わたしが協力したら」
けれど。
「マクレイアさんは、辛くなくなる?」
通信器の向こうから、はっと息を呑むのが聞こえてくる。どんな顔をしているのだろうか。少し想像してみても、どうにも曇った顔しか浮かんでこない。
それがどうしても嫌だった。
「そうね、きっと少し……軽くなる」
エイミーのその言葉に、ブリジットは「じゃあ」と心で決意した。
「わかった、決めた。わたし、マクレイアさんと一緒に行く」
「……あ、明日まで悩むとか、そういうのでもいいのよ、答えは今すぐじゃなくてもいい」
エイミーは焦ったようにそう言った。
「もう少しゆっくり考えた方がいいんじゃないかしら?」
「うーん。いや、なんか、もう決めたから」
「本当に、本当に大丈夫?」
先ほどまではエイミーの言葉に戸惑っていたのはブリジットの方であったのに、今ではエイミーの方が戸惑っている。
「うん、わたしリギさん……家族にパーンに行くって話す。あ、もちろんマクレイアさんのことはあんまり言わないようにするよ」
「うん、うん。あの、家族と話す前に気が変わったとか、あってもいいわよ?」
「わかった、そうなったら明日とかに言うね、多分変わらないと思うけど」
協力する話になったのに、妙にエイミーの歯切れが悪い話し方にブリジットは少し首を傾げる。嬉しくないのかな。
「あ、あなたって、なんで……ふふ、あははッ」
何かを言いかけてエイミーは笑い出す。前言撤回、よかった嬉しそうだ。
「あぁ、ふふ。ごめんなさい、なんだかもう、おかしくなっちゃって」
笑い過ぎて少し苦しそうにしているエイミーに、ブリジットは少し心配になってきた。
「本当にありがとう、ホーキンさん」
「どういたしまして?」
「また、改めて話しましょ。今日はもう、なんだかだめみたい、私。ふふ」
「大丈夫……?」
「大丈夫よ、大丈夫なの。でも今はだめね、だからまたにしましょ」
「わかった、じゃあまた」
「ええ、おやすみなさい」
「お、おやすみなさい」
ふっと通報器の光が消える。それを少し見つめてから、ブリジットは「よし!」と掛け声と共にベッドから立ち上がり、手紙を掴んで部屋を出る。
「リギさん、ちょっとお話ししたいことが、ありますッ!」
そう言いながら、リギの部屋の扉を叩いた。
続




