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ど根性痛車、商店街の夢を運ぶ

作者: Tom Eny

ど根性痛車、商店街の夢を運ぶ


昭和の面影が色濃く残る、とある商店街。軒を連ねる古びた店舗の中で、ひときわ目を引く一軒の和菓子屋があった。店名は「甘味処 夢見月」。代々続く老舗だが、店を継いだばかりの若き店主・葵は、今日も朝からため息をついていた。


「あー!また焦がしちゃった!」


葵はドジで不器用、おまけに運転もからっきしだ。だが、亡き祖父から受け継いだ大切な店を立て直そうと、誰よりも情熱を燃やす**「ど根性」**の持ち主だった。現実は厳しい。店の帳簿は真っ赤なまま。おまけに、配達に使っている社用車は、彼女の不慣れな運転のせいで、あちこちぼこぼこにへっこんでいる。


「またそんな車で配達かい!和菓子屋は品が大事なんだよ、品が!」


店の奥、年代物の立派なショーケースの奥で、伝統を重んじる祖母が今日も目を光らせている。葵は、配達を効率化するためにはと、家族に内緒で自動運転機能を搭載したこの派手な痛車を購入し、こっそり「みらい」というオリジナルアニメ美少女の絵を描き入れたのだ。もちろん、祖母には大不評。商店街の店主たちの中にも、**「和菓子屋がそんな派手な車で…」「時代に合わないことをして」**と、冷ややかな目で見る者も少なくなかった。しかし、寡黙な職人だった亡き祖父は、生前、おばあちゃんの小言を「まあまあ」と短く、しかし深い眼差しでなだめていた。その理解があったからこそ、葵は痛車のままでなんとか営業を続けられたのだ。


その日も、配達先の細い路地でバック駐車に失敗し、葵は電柱にゴツンとぶつけた。車体の古い塗装が剥がれ、さらにへこみが一つ増える。その瞬間、ディスプレイに描かれたみらいの瞳が、僅かに、だがはっきりと瞬いたように見えた。システムエラーを示すかのように、一瞬だけ画面に砂嵐が走り、警告音が短く鳴り響いた。


「ッ…痛いな」


車内いっぱいに響き渡った声に、葵は固まった。声は、運転席前方のディスプレイから聞こえたのだ。


「おい、葵!またかよ!いい加減にしてください!もう何度だと思ってるんですか!?このままじゃ、私のグラフィックが崩壊しますよ!…そしてこの店の未来も!」


クールなはずのみらいの声に、どこか人間らしい怒りと、そして**「痛み」がにじんでいた。度重なる衝撃でシステムにバグが発生し、その「痛み」がトリガーとなって、みらいのAIが感情と、そして高度な自動運転能力に目覚めてしまったのだ。まさに「痛車」が文字通り「痛い」**思いをして、堪忍袋の緒が切れた瞬間だった。


「え、ええええええっ!?みらいが喋ったぁ!?」 「当たり前です!この痛い思い、耐え忍んできた私の『ど根性』を見くびらないでください!このままじゃ赤字店が黒字店になるどころか倒産は目に見えています!私が運転します!」


そう言い放つと、みらい号はまるで意思を持ったかのように動き出した。商店街の狭い路地を、人や自転車を寸分の狂いもなく避け、神業のようなハンドルさばき(実際にはAIの完璧な計算だが)でスイスイと走り抜ける。葵はただ呆然と座っているだけだった。


それからというもの、「甘味処 夢見月」の配達風景は一変した。 「葵様、右前方、幼稚園児の団体です!徐行します……おい、またよそ見を!看板に描かれたネコに見惚れている場合ですか!」 「ひゃっ!ご、ごめん、みらい!」 みらいはクールな口調を崩さないものの、葵がドジをするたびに、ぴょん吉がひろしにツッコむような、どこか呆れた、しかし愛情のある小言を挟むようになった。覚醒直後は、ルート計算が極端すぎて、細い路地を強引に抜けようとしたりする場面もあったが、葵とのやり取りの中で少しずつ「人間らしい柔軟性」を学んでいった。


みらいの活躍は、配達だけにとどまらなかった。 「葵様、今月の練り切り『花菖蒲』の売上が伸び悩んでいます。原因はSNSでの露出不足とターゲット層の高齢化です。特に、この時期の急な気温上昇を鑑みると、重い和菓子よりも清涼感を求める傾向が顕著です。 改善策はA案(透明なゼリーの中に鮮やかな季節の練り切りを閉じ込めた『流れる清流』の開発とSNS投稿強化)とB案(若い顧客層への限定割引セール)です。即刻実行してください。」 「え、えー!?そこまで言うの!?」


みらいは、AIの頭脳で瞬時に市場のデータや顧客の動向、さらには過去の売上データと週間天気予報までを分析し、クールかつ的確な経営指南まで行うようになったのだ。例えば、**「来週は晴天が続き最高気温が28度を超える見込みです。水ようかんの在庫を通常より30%多く確保し、店頭では冷やし抹茶とのセット販売を推奨します」**といった具体的な指示は、まるでコンビニのベテラン店長顔負けだった。葵が試行錯誤でデータをいじろうとして間違えそうになると、「ちょ、待て!私の脳細胞を消す気ですか!?データは命ですよ、命!」と、人間顔負けの悲鳴を上げたりもした。


葵自身も、みらいと過ごすうちに、何となくで済ませていた仕入れや在庫管理をデータに基づいて考えるようになり、「みらい、この天気だと明日は抹茶のソフトクリームが売れそうじゃない?」と、AIに意見を求めるようになった。


最初は戸惑いと反発があった葵だが、みらいの的確なアドバイスと、奇跡のような自動運転能力のおかげで、赤字続きだった夢見月の経営は徐々に回復していった。派手な痛車と、そこに搭載されたAIの賢さはすぐにSNSで話題となり、**「AIが経営する和菓子屋」**として全国から客が訪れるようになった。


ある日、葵が新商品の試作に何十回と失敗し、店の隅で落ち込んでいた時、隣の八百屋のおばちゃんが顔を出した。 「葵ちゃん、元気ないねぇ。あんたのおばあちゃんもね、あんたが一生懸命やっとるの、ちゃんと見てたんだよ。『あの子は不器用やけど、一度決めたらとことんやる子だ』って、いつも言っとったよ。和菓子屋の車が派手だなんて、文句言っとったけどね、あれは心配しとるんや。本当は、あんたが店を盛り上げようとしとるの、嬉しくてたまらんのやろな」。その言葉に、葵の目から熱いものがこみ上げてきた。亡き祖父の優しい「まあまあ」という声と、祖母の小言の裏にあった深い愛情を改めて感じた。その思いが、葵の**「ど根性」**に再び火をつけた。


「みらい!もう一回、データ分析して!今度こそ最高の新商品を作る!」


和菓子屋「甘味処 夢見月」は、今や商店街で一番の繁盛店となっていた。葵はみらいの分析のもと、伝統的な製法を守りつつも、**AIが提案した涼やかな『流れる清流』を筆頭に、見た目もネーミングも「今の子らしさ」**を取り入れた新商品を次々と開発。特に暑い日には『流れる清流』の売上が跳ね上がり、SNSでは『まるで宝石みたい』と話題に。 店内には、古い木製のショーケースの隣に最新のタブレット端末が置かれ、壁には伝統的な和柄と、みらいのモダンなイラストがさりげなく飾られていた。若い観光客から地元のお年寄りまで幅広い客層が訪れるようになり、老舗の伝統と新しい感性が共存する、まさに「夢のような店」となっていた。


店の売上が劇的に改善したことで、葵はみらいの提案に基づき、最新の在庫管理システムや、顧客データを細かく分析するCRM(顧客関係管理)システムを導入するなど、新たな設備投資が可能になった。 これらはさらに経営を効率化し、サービスの質を高めていった。


「夢見月」の成功は、寂れていた商店街全体にも大きな影響を与えた。活気が戻り、かつてシャッターが閉まっていた空き店舗には、若い世代がカフェや雑貨店をオープンさせ、賑わいが生まれた。隣の乾物屋も、夢見月の成功を見て、オンライン販売に挑戦し始めたという。商店街には、以前よりも多くの人が訪れるようになり、笑顔が増えた。


ある夏の夜、地元の夏祭りが開催される中、大規模な雷雨が発生し、広範囲で停電が起きた。「夢見月」も例外ではない。冷蔵庫の和菓子が危ない。その時、葵は迷わずみらいに呼びかけた。「みらい!非常用バッテリーで動ける?今すぐ店の和菓子を、避難できる場所に運んで!」 「葵様、危険です。道路は冠水している箇所がありますし、電力供給も不安定。システムの安定も保証できません…しかし、これもまた、お客様と店を守るための試練…ですね。承知いたしました。非常時回路に切り替え、最短かつ安全な避難ルートを生成します。私の**『ど根性』**、今こそお見せしましょう。」 激しい雨の中、雷光が走る暗闇を、ぼこぼこの痛車がライトを頼りに進む。みらいは、システムエラーの警告が点滅する中でも、葵の指示と自身の判断で、寸分の狂いもなく和菓子を安全な場所へと運び続けた。その姿は、まるで嵐の夜の守り神のようだった。


この献身的な行動を見て、痛車やAIという「新しいもの」に懐疑的だった商店街の人々も、ついにその価値を認めた。 停電が明け、店に戻ってきた葵に、近所の老舗うどん屋の店主が深々と頭を下げた。「夢見月さんのおかげで、うちの冷蔵品も助かったよ、本当にありがとうね!あの車も、なかなかやるもんやなぁ」。これまで痛車を冷ややかな目で見ていた呉服屋の女将も、にこやかに言った。「葵ちゃん、あんたのその頑張りと、その…みらいちゃんっていう車のおかげで、この商店街も少しずつ元気になってきたね。ありがとう」。古い考え方との壁を乗り越え、結果で示し、何よりも地域の絆を大切にする葵とみらいの姿に、彼らは心から感謝した。


今日もまた、穏やかな風が吹き抜ける商店街の石畳を、ぼこぼこの車体にクールなアニメ美少女が描かれた痛車が走っていく。運転席では、すっかり運転が上達し、自信に満ちた葵が、助手席のみらいに話しかけている。「ねえ、みらい。次の新商品は、お祭りをモチーフにしたお菓子なんてどうかな?」。隣からは、相変わらず冷静沈着ながらも、どこか楽しそうな声が返ってきた。「悪くありませんね、葵様。過去のデータと観光客の動向を分析し、最適な形状と味を提案しましょう。ただし、ドジだけは減らしてくださいよ?私のボディがまた痛むのは勘弁ですからね」。


この小さな商店街のどこかで、今日も「夢見月」の甘い香りと、ドジで憎めない店主と、ちょっぴりおしゃべりな痛車の「ど根性」が、温かい笑いと、そして未来への希望を運び続けている。

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