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第一章8 「はじめての町、自由の味」

衛兵に誘導され、馬車は城壁の大きな門へと進んでいく。重厚な鉄の門が軋む音とともに開かれ、僕たちはその境界を越えた。


門をくぐった瞬間、僕の目に飛び込んできたのは、まるで絵本の挿絵のような光景だった。


石畳の広い通りがまっすぐに延び、その両脇には木組みの可愛らしい家々が肩を寄せるように立ち並んでいた。赤や青、緑と色とりどりの屋根、窓辺には花が咲き乱れる鉢植えが飾られている。どこからか、甘く香ばしい焼き菓子の匂いが漂い、僕の鼻をくすぐった。


通りでは小さな露店が軒を連ね、果物、布地、光る石のような不思議な品々まで売られている。色鮮やかな民族衣装をまとった人々が行き交い、子どもたちの笑い声、旅芸人の奏でる軽やかな笛の音が、町の空気を彩っていた。


「……ほんとに、物語の中に入り込んだみたいだ」


僕は呟くように言い、無意識に笑みを浮かべていた。


馬車は町の中心へと進み、人々の視線を引きながら通りを抜けていく。


その途中、ダリオン団長が口を開いた。


「さて、私はこの件を領主殿に報告しに行かねばならん。……少し面倒な手続きもあるがな」


「え、じゃあ……」


「君たちは、冒険者ギルドへ行くといい。冒険者登録をしておけば、身分証にもなる。町に出入りするにも、宿を借りるにも便利だ」


そう言って、ダリオン団長はミーリャの方へと向き直った。


「……それから、これを渡しておこう」


彼は一枚の紙を取り出し、ミーリャに手渡した。


ミーリャはそれを無言で受け取った。


「君は、もう自由だ。……これで、正式に」


その言葉に、ミーリャの表情がかすかに揺れた。今にも泣き出しそうな、けれど涙を堪えているような顔だった。


「君たちの今後については、あとで改めて話そう。……それまで、町でゆっくりするといい」


そう言い残し、ダリオンは馬車とともに通りの奥へと去っていった。


 *  *  *  *  *


冒険者ギルドへ向かう途中、人通りの少ない静かな通りに差しかかったところで、僕はミーリャに声をかけた。


「ねえ、さっき団長さんからもらってた紙……あれ、何?」


ミーリャは少し迷うような仕草をしたが、やがて紙を取り出して僕に見せた。


眉間にしわを寄せながら、それをじっと見つめた。


「……ごめん、読めない」


するとミーリャがぽつりと言った。


「……私、奴隷なの」


その言葉に、思わず息をのんだ。


奴隷──その言葉は、前の世界でも知識として知っている。人権を持たず、物のように扱われる存在。


ミーリャは表情を変えずに続けた。


「売られて……ずっと、暗いところに閉じ込められてた。……でも、作戦にうまく使えたら、自由にしてくれるって言われたの」


脳裏に、あの山賊討伐の作戦がよぎる。あのとき、もし何かが違っていれば──ミーリャは、もうこの世にいなかったかもしれない。


(あの優しそうな団長さんが、そんな作戦を……)


胸の奥に、説明のつかないもやもやが広がった。


「……私は、もう自由なんだ」


ミーリャはぽつりと呟いた。

それは僕に向けた言葉というより、自分自身に言い聞かせるような響きだった。


そっと彼女の顔を見た。

けれど、そこに浮かんでいるはずの感情は見えてこなかった。


──どれほどの思いを抱えてきたのだろう。

想像することしかできない。けれど、簡単な人生ではなかったことだけは、きっと間違いない。


親に売られて、命令され、道具のように扱われてきたという彼女にとって、「自由」はあまりにも遠く、実感のわかないものなのかもしれない。


だから、笑えないのだろう。

どう笑えばいいのかすら、わからないのかもしれない。


そう思った。

そして、その無表情の奥にあるものを、軽々しく言葉にしてはいけない気がして、ただ黙っていた。



そのとき、にぎやかな声が二人に向かって飛んできた。


「ふゅーふゅー! お熱いねーお二人さん! どうだい! 良ければ、食べてってくれよ!」


声のした方に目を向けると、赤い髪の若いお兄さんが露店の前で手を振っていた。緑色のエプロンをつけていて、見るからに陽気そうな人物だった。


ふわりと漂ってきた甘い匂いに、僕の腹が鳴る。


ミーリャも、匂いに誘われたようにその屋台へと足を向けた。


お兄さんはにかっと笑いながら、花びらの形をした可愛らしいパイを見せた。


僕は、ハッと気づく。


(お金、持ってない……)


「ごめん、僕たち、お金──」


そう言いかけた瞬間、屋台のお兄さんは僕の言葉を手で遮った。


「おっと、お代はナシ! 君たちはラッキーだ! 記念すべき一組目のお客さんだからな! タダでやろう! もってけ泥棒!」


勢いに呑まれつつも、僕とミーリャはパイを受け取った。お兄さんのにこにこ笑顔に、思わずつられてしまったのだ。


顔を見合わせ、ふたりは同時にかぶりつく。


サクッ、と心地よい音がして、蜂蜜の甘い香りが口いっぱいに広がった。


「……おいしい……!」


思わず声が出た。


ふと横を見ると、ミーリャが微笑んでいた。小さく、しかし確かに、幸せそうな顔をしていた。


僕の胸が、ドキンと鳴った。


どこか、幼馴染に似ている。顔立ちも、髪の色も全く違うのに──その笑顔に、何か懐かしいものを感じてしまったのだった。


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