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第一章5 「霧の中の炎 ―トラジ視点―」

(チッ……なんだよ、クソが……!)


靄の中を突き進みながら、山賊――トラジは、恐怖に満ちた心を必死に抑えていた。


(あとちょっとだったのによ……! あのガキと女を黙らせて、馬車ごと全部いただくはずだったのに!)


霧の中、必死に走り続けるトラジの脳裏には、ほんの数時間前の光景が焼き付いていた。


森の抜け道――そこで見つけた、豪奢な馬車。


紋章は高級商会のもの。だが、護衛はたった一人。しかも、馬車から離れて、道端で油断していた。


「運がいいな、今日は」


そう、トラジは本気でそう思った。


計画なんてなかった。だが、チャンスはそこに転がっていた。


(馬を刺して転ばせて、護衛は俺が背後からやった。いい音だったよなぁ……力入れる間もなく、くたって倒れて)


声も上げられずに倒れた護衛の男を思い出して、ニヤつきそうになる。


あのときの無力感。生き物が壊れる瞬間。それがたまらなかった。


馬が倒れ、馬車が止まる。中にいたのは、中年の商人と娘。

商人は高そうな服に、きらびやかなアクセサリを身に着けている。


(こいつら、護衛一人でこんな森を抜けようなんて……バカだよなぁ。そんな奴らから巻き上げるのが、こっちの仕事だ)


商人は土下座して命乞いしてきたが、無駄なことだった。


仲間がそいつを躊躇なく殴り、黙らせた。


倒れたそいつから、指輪を抜き取り、首飾りをちぎり取り、服を剥いた。


(世の中うまくできてねぇと困るだろ。コツコツ働いて、搾り取られて、やっと手にした金を――奪うから、価値があるんだよ)


商人が殴られて倒れた姿を見て、娘は逃げようとした。

その姿にイラついたトラジは、腹を思い切り殴った。


「逃げるなよ、お嬢ちゃん」


呻きながら地面にうずくまる娘を見て、トラジは鼻で笑った。

それ以上のことは、今はしない。売り物になるものに、今手をつけるのは損だ。



ふと思い出す。数日前に聞いた話。

「エルフの女」が闇市に出されるという噂だ。

しかも、見目がいいらしい。


(この仕事が終わったら、皆で買いに行くか。どうせ最初はお頭が相手するかもしれないが、俺にも順番は回ってくるはずだ。どう楽しませてもらおうか。やっぱり命の価値をわからせてやるのが一番効くんだ。)


人の命や心に価値なんかない。

傷つけて、奪って、売って――そんな「モノ」として扱えばいい。


(それが、俺のやり方だ)


それが全部、うまくいくはずだったのに。


あのガキが、森から飛び出してきて。


あの騎士団長が現れて、“風斬り”で首が吹っ飛んで――


(冗談じゃねえ……! まともに相手できるかよ!)


振り返ることなどできなかった。背後には“あの男”がいる。お頭から何度も聞かされた、あの化け物が。


濃い霧に紛れながらも、確かに感じる。背後から迫る、殺気と風圧。


――ザシュッ!


乾いた斬撃音とともに、走っていた仲間のひとりが、まるで見えない鎌に刈られたように地面へ沈む。


「くそっ、ケン! ケンがやられた!」


「止まるな、走れッ!」


残されたトラジと他の二人は、がむしゃらに足を動かす。だが、次の瞬間――


熱気。


それまでの霧とは別物の、乾いた熱が顔に叩きつけられた。


「うわっ!? あちっ!」


隣を走っていた仲間のひとりが、悲鳴を上げた。見ると、その身体は炎に包まれていた。もう一人の仲間も、顔を覆ってうずくまる。腕や頬が赤く爛れていた。


「な、なんだ今度は……っ!」


地面に転がったトラジの目の前に、霧を割って少年が現れた。


歳はトラジの半分にも満たない。だが、目つきは凍えるように冷たい。片手には、先端に赤い宝石をはめ込んだ杖。腰には、剣。


(なんだ、こいつは……!?)


少年はトラジたちを見下ろし、鼻で笑った。


「バカめ。自ら視界を潰すとは、使い慣れてないことがバレバレだな」


声は若いのに、どこか冷たく響く。


「お前らみたいな外道は、死んで自然に返すのが、社会のためってもんだ」


杖の先に、炎の塊が浮かび上がる。


「ち、違う……っ! し、仕方なくあいつらに従ってただけだ!俺は関係ねぇっ!」


嘘だった。好き勝手出来ると思い、自分から山賊の仲間になった。

でも命乞いのためなら、何だって言う。


「俺、命だけはっ……! 生きて、償うから……!」



「うるさい。獣に言葉は通じない」


杖の先がこちらに向く。熱が、肌を焼くようだった。次の瞬間、自分が灰になる未来がはっきり見えた――


「おい、バカ弟子!」


鋭い声が飛んだ。


「命令を忘れたのか!」


炎の塊が弾けるように消えた。少年は舌打ちし、悔しそうに杖を下ろす。


「……ちっ。殿下に感謝するんだな」


そう呟いた時、トラジの意識は暗転した。

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