第一章4 「風斬り」
目の前の山賊が、腰の剣に手をかける。
その表情に、怒りと、わずかな戸惑いが浮かんでいた。
「……気味悪ぃガキだな。笑ってんじゃねぇよ」
皮の鞘から抜かれた剣が、光を反射して鋭く光った。
その切っ先が、僕の胸を正確に捉えている。
(あ、これが……殺されるってことか)
思考がふと止まった。
逃げようとしても体が動かない。
恐怖にすらならない。ただ、自分で自分を呆れていた。
身の程知らずなことをして、結局なにもできずに終わる。
――その報いを、今、受けるのだ。
そのときだった。
――ザシュッ。
風を裂くような音が、森に鋭く響いた。
そしてすぐに、地面に重い何かが落ちる、鈍い音。
目を開けると、目の前に何かが転がっていた。
「……え?」
金の指輪を自慢げにはめていた、あの山賊の顔。
楽しげな表情をしたまま、彼の首は、転がっていた。
気づけば、皮鎧の身体が、首を失ったまま地面に膝をつき、そのまま前のめりに倒れていく。
「おい……誰だッ!」
「どこから来やがった!」
山賊たちが、一斉に声を上げる。
そこには、森の道の先――木漏れ日を背に、フードを深くかぶった一人の人物が立っていた。
一見すると、どこにでもいそうな村人風の姿。
だがその人物は、何かを纏っていた。気配が、違う。
手には、鈍く光る長剣を持っている。
「すまない。少し、邪魔が入って遅れてしまった」
低く、穏やかな声だった。
「てめぇがやりやがったのか!? 誰だ、お前!」
山賊のひとりが叫ぶ。
その声にも怯むことなく、フードの人物は静かに言葉を返した。
「投降することを、お勧めする。……命が惜しいなら、だが」
そう言って、彼はフードを取った。
現れたのは、三十代ほどの男だった。
ぼさぼさの髪、くたびれた麻の上着に、腰の帯も緩んでいる。
……けれど、その目だけは、鋭かった。
鋼のような瞳。冴え冴えとした視線が、すべてを見通しているようだった。
(……なんだ、この人)
その異様な存在感に、場の空気が一変した。
「うそ……だろ……?」
山賊のひとりが、後ずさるように呟いた。
「まさか、あんた……」
「……俺のことを知っているのか?」
男が首を傾げて尋ねる。
「知ってるに決まってんだろ! なんで“王都の騎士団長様”が、こんな森の中にいるんだよ!」
その叫びに、他の山賊たちが顔を強張らせる。
「……え?」
「は? マジで? ……あいつが?」
「じゃあ、さっきの首飛ばしたのは……“風斬り”か……?」
空気が一気に揺れる。
男は口元に笑みを浮かべ、だがすぐに真顔に戻る。
「さあ、投降するのか。……それとも、まだやるつもりか?」
その言葉に、山賊たちが目配せする。
一瞬の沈黙のあと、ひとりの山賊が強気に笑い、叫びだした。
「お前の思い通りになると思うなよ!!」
声を上げた山賊、の背後で――もうひとりの山賊が、そっと腰元から青い石のようなものを取り出し、握りつぶした。
その瞬間だった。
辺りに、もやのようなものが立ち込めはじめる。
瞬く間に視界を覆い、世界が白く、ぼやけていく。