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VSドラゴン(1)


 冬を越え、春を迎えてもその年はイロハニ帝国とホヘト王国の間に戦争の兆しは見られなかった。それは運たちにとって好都合なことであったが、久遠は運に対する親しみを込めるように悪戯な笑顔で言うのだった。


「きっとお兄ちゃんのトラック無双のせいだと思うよ」


 運がエヒモセスにやってきた直後、荒野の戦場でぶつかり合ったイロハニ帝国とホヘト王国のうち、西のイロハニ帝国軍については運がトラックで逃げ延びるため、たくさんの兵を轢いてしまっていた。それが帝国側にとって大打撃になったのは事実で、とても戦争など繰り広げられる情勢ではなかったことが大きい。


「俺だって、あのときは必死だったんだ」


「おまけに勇者パーティ壊滅。帝国にとってよっぽど大きな損害だったんだろうね~」


「その件は本当に悪かったって……だけど、あれは勇者たちが絡んできたんだからな?」


「ま、そのおかげで私はお兄ちゃんと会えたからいいんだけどねっ!」


「そういうことにしておけ」


「それからの旅も、楽しかったね」


「大変なこともあったけどな」


「でも、そのたびに乗り越え……踏み潰してきたね、トラックで」


「なぜ言い換えた?」


「今度こそ、安寧の地になるといいね~」


「俺の質問は無視かよ」


 そんな会話をしながらトラックは久遠と五十鈴を乗せて荒野へと辿り着いた。


 運はトラックの窓から広がる荒野を見渡していた。どこまでも続く赤茶けた大地から砂が舞い上がり、まばらに生えた植物が揺れている。乾燥した風がトラックのエンジン音とともに吹き抜け、荒野の静寂を引き裂いていた。


「前にも言ったけど、ドラゴンは言葉の通じる相手じゃないよ?」


「それは自分で確かめる」


 久遠が真顔で言うも、運の前を向く視線は揺るがなかった。


「転移転生者が50人束になって掛かっても返り討ちだったと聞いたことがあります」


「それでも引くわけにはいかないな」


 五十鈴の言葉にも運は平然と前を見ながら答えた。


「じゃあ……頑張ろっ! もうそれしかないよね!」


「そうですね、みんなに吉報を持ち帰りましょう!」


 それからトラックはドラゴンを探して荒野を彷徨った。


 広大な空と荒涼とした風景が続き、辺りには人の気配どころか生き物の気配さえない。しかしどこかに潜むドラゴンの存在を探す運たちは真剣な眼差しで荒野の奥を見つめていた。


「ひと口に荒野と言うが、色々な地形があるものだな」


 なかなかドラゴンが見つからぬまま持て余し気味の暇を潰すように運が言った。


「そうですね。テア山脈から染み出た水の湿地帯もあれば、なだらかな斜面が続く山岳地帯、平地にも緑が多いところや、綺麗な花が咲いているところも……私も長らくエヒモセスで暮らしておりますが、荒野のこんな一面はまったく知りませんでした」


「そういえばエルフは長命って聞くが、五十鈴は……げふっ!」


 何かを言いかけた運の脇腹に五十鈴の鋭い指先が突き刺さっていた。


「ダメですよ運殿。女性の年なんか気にしては」


「そうだな……すまん」


「気にしてないですよ」


 そう言って手を引っ込める五十鈴は澄ました顔をしていた。


「……」


 そして少し気を許した運と五十鈴のやり取りを久遠は不思議な目で見ていた。


「ちょっと気になってたんだけどさ、お兄ちゃんと五十鈴さん、何かあったの?」


「どうしました久遠殿? いきなり」


「いつもと変わらないと思うけどな」


「そう?」


 久遠は首を傾げた。


「会ったばかりの五十鈴さんなら、さっきにしたって、へわっ!? とか取り乱しそうだと思ったんだけどな……。少なくとも運転中のお兄ちゃんの横腹にちょっかいは出さないような……?」


「お恥ずかしい限りです……あの頃はまだ、男性としての運殿に慣れてなくて」


「今はそうじゃないってこと?」


「そうですね……。運殿への信頼は日に日に増すばかりです」


「やめろよ五十鈴、さすがに照れる」


「事実を述べたまでです」


 五十鈴は恥ずかしげもなく淡々と言っていた。


「うわ~……これは……」


 平然と言ってのける五十鈴に久遠は何かを感じ取ったように少し引いて見た。


「私も負けてられないな……」


「そうですね。ドラゴンに勝利を収めましょう!」


「う~ん?」


 久遠は微妙に噛み合わぬ会話に首を傾げた。




 さらにトラックは荒野を進み、やがて三人の視界の先に異質な存在が目に入った。


「いた」


 思わず運は言葉を漏らす。


巨大な赤い塊が地平線の向こうにうずくまっている。それは紛れもなくドラゴン。荒野の支配者だ。運はすぐにトラックを止め、静かに息をのんだ。


 そのドラゴンはまるで大地の一部であるかのように堂々と寝そべっていた。大きな翼を背中に畳み、長い尻尾を丸めるようにして身体を休めている。鱗は鮮やかな赤色で、恐ろしいほどの存在感を放ちながらも穏やかな眠りの中にあった。


 運の目を引いたのはそのドラゴンが寝ている足元だった。荒涼としたこの地にぽつんと咲いている小さな白い花。ドラゴンはそのか弱い花を守るかのように寄り添っている。荒野の支配者がまるで繊細な生命を慈しむかのような光景に運は思わず息を止めた。


「ようやく見つけたな」


 トラックを収納し、三人は荒野に降り立った。


「どうするお兄ちゃん? 今のうちに攻撃する?」


「弱体化魔法を掛けておきましょうか?」


 久遠と五十鈴の提案を受けて少し間を置いたあと、運は答えた。


「いや、まずは話しかけてみる……お前らも一緒に来るか?」


 久遠と五十鈴はブンブンと首を横に振る。


「それじゃあ少し離れたところから見てろ。五十鈴、久遠を頼む」


「任されました」


「き、気をつけてねお兄ちゃん」


 二人の言葉を背中越しに受けながら、軽く手を上げてドラゴンに近づいていく運。

挿絵(By みてみん)


「おーいドラゴン。ちょっと起きて話を聞いてくれ」


 ドラゴンに反応はなかった。


「なあ、いいだろ? こっちに敵意はないんだ」


 その後もしばらく、徐々に声量を上げて語りかけるが、まったく反応がなかったため運は大声を出すことにした。


「おおーいっ! いい加減、目ぐらい開けてくれたっていいだろおぉ~っ!」


 するとドラゴンは一度だけ目を開け、運の姿を見ると欠伸をするように炎を吐いた。


「うわっと、いきなりかよ」


 とっさに泡の魔法で自身を包み込んで身を守る運。


「まぁいきなり声を掛けられて腹が立つのはわかる。が、いきなり炎ってのはダメだな?」


――ちょっとはしつけが必要だな。


 運は少し考えたあと、妙案を思いついたようにポンと手を打った。


「心の広い俺様はまだ攻撃しない。しないんだが……そのデカい鼻の穴に春のそよ風を送ってやろう。トラック魔法エア・コンディショナー」


 運はドラゴンの顔の正面に立って、その鼻の中に風を送り始めた。


「ふが、ふが……」


「お、効いてる効いてる」


――はは、面白ぇ。


 そのドラゴンの様子が興に入った運はさらに風を強めて送った。


「お兄ちゃん……もしかして、なんか悪ふざけしてない?」


 その様子を遠めに見て久遠と五十鈴は呆れ顔だった。


「してますね……ドラゴンの鼻に風を送って遊んでいます」


「ドラゴンで遊んじゃうんだ……」


「あ、久遠殿気をつけてください。ドラゴンがくしゃみをしそうですよ!」


「え、やばっ! 五十鈴さん、全力で障壁張って!」


「承知しましたっ!」


 久遠たちが慌てだした次の瞬間だった。


「へっくち!」


 ドラゴンがくしゃみをした。その衝撃と巻き起こる魔力暴走によって炎が生じ、周囲一帯は一瞬にして焦土と化す。


 そしてそれによって吹き飛ばされた運の身体がゴロゴロと久遠たちの前に転がった。


「はぁ……はぁ……たかがくしゃみでこの威力。久遠殿、軽く死ぬところでしたね」


「はぁ……はぁ……ホントだよぉ~。やっぱ人間の敵う相手じゃないって~」


 久遠も五十鈴もくしゃみ一つで限界ギリギリ、肩で息をしているような状態だった。


「いや~、それを至近距離で食らった俺様、もう死にそう」


 二人の前で起き上がれない満身創痍の運。


「逆になぜ死んでいないのかという疑問が生じますが」


「こんなお兄ちゃん、捨て置いたほうがいいかもね、五十鈴さん」


 二人は本当に呆れ顔だった。


「ちょっと待って。回復して……」


 そんな運の様子を睥睨して、ため息をつきながらも久遠はしっかりと杖を構えた。


「ヒール」


 たちまちに全回復して再び立ち上がる運。


「すまねぇ久遠、助かった」


 だが、そんな運の後方に視線を向けて久遠たちは少しずつあとずさりを始めていた。


「助かったはいいけど……ドラゴンさん、めっちゃ怒ってるんですけど……?」


「ざ、残念ながら、私たちではまったく力及ばずと言ったところでしょうか……」


「マジ?」


 と言っている間にもドラゴンから飛んでくる炎のブレス。


「やべえ! ウォッシャーバブル・バリア!」


 とっさに三人を覆う障壁でなんとかブレスを凌ぐものの、久遠も五十鈴もすでに戦闘の意思を削がれたような状態で脱力しているだけだった。


「あはは……お兄ちゃん。ただのくしゃみ程度だったらまだしも、さっきのブレスだったら私たち、全力で障壁張っても死んでいたかも」


「運殿、ここは一度引いて作戦を練り直したほうが良いのでは?」


「う~ん、まいったなあ」


 そう言っている間にドラゴンはその翼をはためかせて宙に浮かび上がった。


「本当に言葉が通じないんだなぁ」


「お兄ちゃんのバカッ! のんびり言ってる場合かっ!」


「運殿。早く戦略的撤退のご英断を!」


 そう言っている間にも次々と空から襲いくるドラゴンブレス。それに対しバリアを連続展開することで身を守る運。


 攻防は暫く拮抗した。やがて。


「バブルバリア! バブルバリア! バルル……噛んだ」


 詠唱失敗によるバリア展開、失敗。


「「ギャーッ! 死ーっ!」」


 命の限り叫ぶ久遠と五十鈴。運はとっさにトラックを展開し、久遠と五十鈴を乗せてロケットスタートでそのブレスをかわす。だがその直後、運転席のそのすぐ横で久遠と五十鈴は苦しげに呻いていた。


「うぅ……運殿、く、首が痛いです……」


「お兄ちゃん、急に発進したから私たちムチ打ちになっちゃったよぅ」


「す、すまん。お前らG耐性がなかったんだったな」


「これくらいなら自分でヒールするけど、ちょっとお兄ちゃんレベルの戦いにはついていけないよ~」


「せめて、運殿に強化魔法くらいはお掛けしますので……」


「あ、いいよ五十鈴。そういうのは」


 運は五十鈴の申し出を断った。


「お、お兄ちゃん、強がるのはやめようよ~」


「そ、そうですよ。相手はドラゴンなのですから、これは逃げても致し方ないレベルですよ?」


「いや、逃げない。ここは力でドラゴンを平伏させるところだ」


「な、何言ってんのお兄ちゃん! なら、なおさら強化魔法くらい……」


 運はそれを手で制した。


「いや、いいんだ。もしかしたら、それがドラゴンの習性に関わっているのかもしれん」


「「習性?」」


「ああ……見ろよ。さっきのくしゃみで焦土と化した土地を。ところどころ燃えてねぇ箇所があるだろ?」


「燃えてないところ……? あ、本当だ」


「運殿、あの激しいブレス攻撃のなかで良く見ていましたね」


「まぁな。しかもそのあとのブレスも、実はドラゴンは燃えなかった場所を避けるように撃ってきてたんだ」


「そうなのっ!?」


 久遠は仰天とばかりに声を上げた。


「運殿、いったいその場所には何があるのです?」


「花だ」


「「鼻?」」


「ああ。一見して草木も生えねぇような荒れ果てた土地だけどさ、ところどころ咲いて見えるだろ、あの小さい白い花」


「あ、ああ。花ね。たしかに、燃えていないところにはあの花が咲いているみたいだね」


「で、でも運殿? それが今、どういった話に繋がるんです?」


「もちろんドラゴンがなぜあの花を避けるのかは俺様にもわからねーよ? わからねーけど、少なくともドラゴンには知能があるってことになるだろ」


「「!?」」


「その上でだ。今までドラゴンは言葉も介さずただ人間を追い返してきたわけだ」


「ど、どうしてなの? お兄ちゃん」


「そんなの俺様が知る訳ねぇ。知る訳ねーけど、一番ありそうな答えとしてはやっぱ、人間が取るに足りない存在だったからじゃねーのか?」


「「!?」」


 久遠と五十鈴はただ驚きの連続のなかにいた。


「だから運殿は、ドラゴンを力だけで捻じ伏せようと言うのですね?」


「……正気じゃない。正気じゃないよお兄ちゃん」


「こうなった以上、正気だろうが狂気だろうが取り合えずとっちめる。とっちめたあと、向こうに対話の意思があれば良し。なければそれはもう仕方がねぇことだ」


「お兄ちゃん……」


「運殿……」


「と、いう訳で。お前らは降りてどこかあの花のある場所にでも避難してろ。俺様はただ小細工なしであのドラゴンを捻じ伏せてやる」


 運は久遠と五十鈴を白い花の近くに降ろし、ドラゴンに合わせて宙を走った。ドラゴンはそんな運を翼を羽ばたかせて悠々と待っていた。


「さて、どうやら待っててくれたみたいなんでな。礼と言っちゃなんだが、俺様がこうやって飛んでいれば、お前も遠慮なくブレスが吐けるだろ?」


 静かに春風がそよ吹くなか、お互いの動きを見極めながらゆっくり空中を旋回するドラゴンとトラック。


 やがてドラゴンが攻撃予告とばかりに咆哮した。


「がおー!」


「「がおー?」」


 少し間の抜けたようなドラゴンの咆哮で死闘の幕は切って落とされた。


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