瞬間輸送の超特急便
運たちはその後、町を作る発想に至った経緯などをフィガロとセレナに説明した。そしてその過程で建築技術を学びにルヲワ共和国に来たことから、先の街中で会ったときに話をしていた、エヒモセスならではのモルタル作りの話になっていた。
「なるほどなあ。こっちじゃモルタルは水の代わりにスライムを使うのか」
運は腕を組んで納得とばかりに深く頷いていた。
「それが長い年月で培ってきたオラたちの技術ってもんだ」
「ファイアスライムで防火性、ウォータスライムで防水性に湿度調整、エアは断熱性に通気性、アースは耐久耐震耐衝撃。魔物を使ってるから耐魔性まである壁材なんだね~」
「そうだぞ嬢ちゃん。ウチの建築技術はちょいとよそじゃお目にかかれねぇはずさ。ただ混ぜりゃいいってもんじゃねぇからな」
フィガロは胸を張って得意げに言っていた。
「快適な家ができそうだな」
「金と素材さえあれば、の話だがな。兄ちゃんたちには感謝をしている。明日にも飢えそうなオラたちだったがスマホをあんなに高く買ってもらって……これでまたしばらくは食い繋げそうってなもんだ」
その言葉とは裏腹にフィガロの表情は浮かばない。
――この親子の問題の根は生業の不安定さで、一時的な金銭で解決できるものじゃない。その点、俺たちと来てくれるならいくらでもその腕を振るってもらえる場所はあるんだがな……。
「なあ。それなんだが、やっぱり俺たちと一緒に来ないか?」
運はやんわりと打診するが、フィガロは力なく首を横に振った。
「そりゃまたありがてぇ話だ。兄ちゃんたちについていけば食いっぱぐれないだろうしな。だがな、そんな旅をしていればセレナの身体が保たん……すまんがその話は受けられん」
「セレナちゃん、どこか悪い病気なの?」
久遠の問いにセレナは首を横に振る。
「ううん。病気じゃなくて、体質、なんだって」
「「体質?」」
運と五十鈴が尋ねた。
「セレナは生まれつき人一倍魔力を体外に放出してしまう体質でな……おかげで魔力的な抵抗力が弱くて、すぐに体調を崩してしまうんだ」
「生まれつき……?」
久遠が聞いた。
「ああ。亡くなった母親譲りでな。いや、症状としては母親よりも重いだろう」
「……大人になるまで、私、生きられないんだって」
「「そんな……」」
運、久遠、五十鈴の三人は声を詰まらせた。
「久遠の回復魔法でなんとかできないのか?」
「ごめんお兄ちゃん。私が治せるのは元の状態まで。体質となると……」
「そうか……」
運はそっと目を伏せた。
「今までも色々な医者に診てもらったがダメでなぁ。唯一心当たりがあるとすれば、オクヤの里に魔法と薬の専門店があるとのことだったんだが……」
「「ん?」」
その話を聞いて運、久遠、五十鈴の三人は同時にそろって同方向に首を傾げた。
「なんでも、失われた魔力を自然な形で定着させる矯正魔術が使える魔術師様に、それを体質レベルで改善してくれる薬師様がいらっしゃるのだとか……」
「「んん?」」
「そのうえ先生方は双子の美人姉妹で相互の連携も抜群らしく、その相乗効果は下手な医師をも凌ぐと隣国のルヲワ共和国までそのご高名は轟いているんだ」
「「んんん?」」
「もしそんな先生方に診てもらえるのならば、オラ、どんなことでもするつもりなんだが……」
「「んんんん?」」
運、久遠、五十鈴は揃って左右に首を傾げながら聞いていた。
「どうしたの? お兄ちゃんお姉ちゃんたち?」
三人の変な様子にセレナが心配そうに尋ねた。
「い、いや。その先生方とやらに思いっきり心当たりがあるというか……」
「その双子の美人姉妹って、ミューさんとフィリーさんだよね」
「間違いないですね」
運、久遠、五十鈴が順に言った。
「兄ちゃんたち、その先生方を知っているのか?」
「というより、私の友人たちですね」
「そうだったのか……」
そこでフィガロは肩を落とした。
「だが、絶望的なことにオクヤの里は滅んでしまったと聞くしなぁ……」
「たしかに店ごと燃えてはしまったが、二人は無事だぞ」
「それにこの話をすれば絶対に協力してくれるよね~、二人とも」
「はい。すぐにでも診てもらうべきです」
「ふぅむ……」
それでもフィガロは浮かない顔だった。
「ただ、それがわかったところでオラにはそんな高名な先生方に娘を診てもらう金はないし、体質改善ともなれば長期滞在は確実だ、それじゃあ滞在費もバカにならんだろうよ」
そこで運はさらに身を乗り出して言う。
「なあフィガロ。そこで相談なんだが、どうだろう? 費用の問題なら俺が出そう。その代わりと言っちゃあなんだが、俺たちは町を作ろうってところなんだ。元より長期滞在が前提なんだが、その間、あんたの腕を貸しちゃあくれないだろうか?」
「本気か兄ちゃん」
「ああ」
「……だが、こんなていたらくでも、ウチにはまだ従業員がいるんだ」
「本当か? ならむしろ全員まとめて紹介してほしいくらいだ。可能な人たちだけでもいいから、なるべく多くの職人が一緒に来てくれるとありがたいんだが」
「……ありがてえ。兄ちゃん、ありがてえなあ」
「なんだ。ほかにもまだ問題があるのか?」
「いや? 兄ちゃんがそこまで言ってくれるなら、ぜひこちらからお願いしたいような話なんだ。だがな、最初に言っただろう? 隣国とはいえ移動には日数が必要だ」
フィガロはセレナの頭に手を置いた。
「そうなれば当然、セレナの身体が保たないだろう」
「なら一度戻って、ミューとフィリーをここまで連れてくるか……?」
そのとき、運の脳裏にナヴィの声が響いた。
「Heyマスター、ちょっと待ちなYo!」
ナヴィの口調はいつになく陽気だった。
「どうしたナヴィ? 今日はちょっと元気がいいな」
運が指摘すると途端に元の真面目な口調に戻るナヴィ。
「はい。というのも、マスターの能力向上のおかげもありまして、このたびナヴィも本領が発揮できることとなりました」
「本領?」
「はい。トラックの最上位スキルの一つ、その名も『瞬間輸送』です」
「瞬間輸送?」
「言わば瞬間移動です。戦闘中に活用できるほどの即時発動はできませんが、マスターが一度立ち寄った場所であれば瞬時に移動が可能となります」
「それはすごいな。そんなことができるのか」
「何を仰いますマスター。瞬間移動など所詮は空間の跳躍に過ぎません。マスターは一度、時間と空間を越えてここエヒモセスに辿り着いたのです、できない道理などありません」
「そうだったな……てことはもしや、このトラックスキルを極めた先に元の世界に戻るための異世界転移能力……俺の求める答えがあるのか?」
「その可能性は高いでしょう。ただし、その習得条件は現時点で不明ですが」
「それはそうだが、その可能性が出てきただけでも収穫だ。元の世界に戻れる可能性が見えてきたってことだからな」
「左様でございますね」
「ナヴィ、この件は今後も何か情報を掴んだらすぐに教えてくれ」
「かしこまりました」
運が視線を戻すとフィガロが怪訝そうな顔つきで運を見ていた。
「兄ちゃん。大丈夫か? いったい何と話してんだ?」
――そういえばナヴィの言葉は俺以外には聞こえないんだったな。
「フィガロさん気にしないでください。お兄ちゃん、精霊とお話ができるんですよ」
「本当か? 兄ちゃんは人間なんだろ?」
「ですが本当ですよ。エルフの私が保証します」
「……兄ちゃん、精霊とも会話ができるなんて、あんたいったい何モンなんだ?」
「俺はただのトラック運転手だよ。でもよ。だからこそ、物や……ときには人も運ぶんだ」
運は真正面からフィガロを見返した。
「セレナが長旅に耐えられない問題なんだが、たった今、解決した」
「「え?」」
「どうやら俺、瞬間移動が使えるようになったらしい。これでミューとフィリーのいるマケフ領まで一瞬で行けることになる」
「「えええ~っ!?」」
みんなが飛び上がって驚くなか、フィガロだけは呆然とそれを聞き流しているようだった。
そんな呆けた様子を見て、運はさらに優しく言った。
「フィガロ、セレナ。あんたたちは俺が運んでやるよ」
「……兄ちゃん、あんた本当に、本当に、いったい、何モンなんだ……」
とうとうフィガロは涙を堪えきれず、目頭を押さえて泣いた。
「どうだ? 俺たちと一緒に来ないか?」
フィガロは流していた涙を拭き取ると力強い目で運を見返した。
「行く。いや、行かせてくれ。元よりオラは娘のためならどんなことも厭わぬ覚悟」
「わ、私は、お父さんと一緒だから、ついてく」
「よし! じゃあ今から俺たちは仲間だ」
運はフィガロに握手を求め、フィガロはその手を強く握り返した。
「兄ちゃん……頼む。娘を助けてくれ」
「当たり前だ。仲間や家族は絶対に守り抜くって決めてんだ、俺は」
「ならオラは、オラのできることで兄ちゃんを支えるぞ。全力でな」
その固く握られた両者の手を見て久遠は大きく両手を広げて飛び上がった。
「やったぁ~!」
「ふふ。本当に運殿は次々と仲間を増やしていきますね」
新たな仲間を笑顔で迎え入れる久遠と五十鈴。
「よっしゃ! これで俺たちの町が見えてきたぜ!」
運は強く拳を突き上げて気合を入れた。