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ミストラル工房の薄命天才少女


 運たちがミストラル工房の店先に置かれたスマホに気をとられていたとき、店内から出てきたのは小柄で華奢な体つきをしたドワーフの少女だった。


 健康に恵まれないのか彼女の肌は透けるように白く、頬にはかすかな赤みが差しているものの、その儚さがいっそう際立っていた。肩までの淡く薄い青の髪は細く柔らかで、静かな風に揺れるたび、まるで消えてしまいそうな印象を与える。


 彼女の瞳は淡い青色でどこか夢見がちな光を宿していた。長いまつげがその瞳を縁取るたび、うちに秘めた清らかな心が垣間見えるようである。古びたエプロンを身に着け、袖をまくった手首は細く頼りなげだが、懸命に生きようとする健気さが伝わってくる。

挿絵(By みてみん)


「あ、すみません。いらっしゃい、ませ」


 少女は消え入りそうな途切れ途切れの声で言った。


「こんにちは~。私たちは旅の者です。珍しいスマホを見つけたので気になって」


 歳が近く見える久遠が明るく返答した。


「どうしてこの店にはこんなにたくさんのスマホがあるの?」


「はい……その。新しい、事業を、模索中で」


「新しい事業?」


「は、はい。私の家、元は、建設業でした」


 久遠は店前に掲げられた看板に目をやった。


「建設業……看板は出てるけど、今は違うの?」


「は、はい。色々、あって……その。あなたもスマホ、持っているんですか?」


「あははっ! お兄ちゃんのだけどね」


 そう言って久遠はスマホを取り出して見せた。


 少女はそれに食いつくようにして見ていた。


「ちょ、ちょっと画面を動かして見せてもらってもいいですか……?」


「うん! いいよ~……ていうか、ちょっと触ってみる?」


「わ! いいんですか?」


「うん! 珍しいし、気になっちゃうよね~」


 そう言って久遠は少女にスマホを手渡し、少女はスマホを操作しだした。


「すごい。こうやって使うんだ……」


「見るのは初めて?」


「ウチに回ってくる前に、ほとんどエネルギーが、切れてしまっていて」


「そっか~。使えないから要らない、要らないから売る。みんなそんな感じなのかな」


「は、はい。それで……直せれば高く売れるかな、なんて考えていたのですが、思いのほか複雑過ぎて、諦めました……」


「で、こうして投げ売っていたんだ」


「は、はい……大赤字です」


 少女はシュンと小さくなった。


 久遠はそんな少女を気の毒に見つめていたが、やがて名案を思いついたようにポンと一つ手を打った。


「ねぇお兄ちゃん! もしかしてこのスマホがあれば、私たち以外にも五十鈴さんやほかのみんなとの連絡手段として使えるんじゃないかな?」


「いや、普通に電波がないだろ」


「でも、お兄ちゃんとなら連絡できるよ?」


「ま、ナヴィに登録してもらえばなんとかなるんだろうな」


「便利だよ?」


「……それもそうだな」


「数も揃ってるし」


 久遠は上目遣いに運を見上げた。


――く。久遠の奴、ズルい目をしやがって……。どうせこの子を助けてやりたいんだろ? ま、こっちとしても貴重なスマホが揃えばメリットはあるんだし、ここは乗ってやるか。


「……わかったよ」


 運は目を逸らしながら言った。


「ありがとっ! お兄ちゃん大好き!」


 久遠は運に飛びついた。


「で? これはいくらなんだ?」


「あ、あの。一つ、500クラットです……」


「じゃなくて、仕入れた額だよ」


「え? その、大体、一つ、十万クラット前後、です」


「何も知らねーのいいことにボッタクられてんじゃねーか。……ったく、わかったよ。これ全部、仕入れ額に少し上乗せして買うよ」


 少女は目を丸くして呆然とした。


「え? え? ……ぜ、全部、ですか?」


「まぁな。実はコレ、俺たち転移転生者にとっては貴重な機械なんだよ。これを逃したらもうほかのところで手に入るかわからないから、ここでそろえておこうと思ってな」


「で、でも。それ、言わなければ、500クラットで、安く買えたのに……」


「いいのいいの。お兄ちゃん、こういう人だから。ねっ、五十鈴さん」


「ふふっ。ですね」


 久遠と五十鈴は目を合わせて軽く微笑み合った。


「で、でも。これ、全部壊れて……」


「ふっふーん。それが平気なんだな~」


 心配そうに言いかけた少女の言葉を久遠が得意げに胸を張って遮った。


「久遠殿の回復魔法は生き物だけでなく、本当になんでも直してしまうんですよ?」


「し、信じられない……」


 少女はまたもや目を丸くして驚いていた。


「と、いう訳でだ。全部でいくらなんだ? 早いとこ計算してくれ」


 運は優しく微笑みかけながらも少しぶっきらぼうに少女に言った。


「は、はい……ありがとう、ございます。少しお待ちを……」


 少女は戸惑いながらも一礼をして、少し表情を綻ばせて店の奥に戻っていった。


 店前に残された三人はそんな少女の背中を見送りながら頬を緩ませていた。


「思わぬ出費だが、連絡手段のないエヒモセスじゃ貴重な物が買えたな」


「ねぇねぇ。五十鈴さんや仲間たちにも持っててもらうんでしょ?」


「そうだな。五十鈴、スマホ、要るか?」


 運と久遠の視線が向けられるが、そのときすでに五十鈴は夢見る少女のように遠くを見つめ、両手を合わせて恍惚の表情を浮かべていた。


「うわあ……スマホ。私が、あのスマホですか。夢にまで見た……」


「五十鈴さんすっごく嬉しそうだよ、お兄ちゃん」


「よ、よかったな」


「はいっ! これで毎日、運殿と電話できますね!」


「「普通に話せよ」」




 その後、運たちはスマホの会計を済ませ、ミストラル工房の中で起動確認をしていた。


 工房内には武器屋だった名残なのか未使用のミスリル製の古い工具や装飾品が埃をかぶって陳列されており、その隣には慣れない手つきで作られた木製の家具が並んでいた。


 新しい技術に押されて今は風前の灯のような工房だが、その奥に潜む職人たちの誇りがわずかに残るミスリルの輝きとともに息づいている。


「おお~いセレナ。今帰ったぞ~」


 運たちがようやくすべてのスマホの起動確認を終えた頃、ドワーフの男が店に入ってきた。


「あ、お父さん! お帰りなさい!」


 セレナと呼ばれた少女が元気な声を上げた。


「なんだセレナ。今日はやけに元気がいいじゃないか」


「あのね、スマホ、全部売れたの」


 セレナは弾むような表情で言ったが、反対に男の表情は沈んでいった。


「そうか……だが、結局あの値段で売れたところでなぁ」


「違うの。全部、仕入額以上で、買ってくれたの……このお兄さんたちが」


 それを聞いて男は飛び上がるように驚く。


「ぜ、全部ぅ!? ……って、兄ちゃんたち、さっきの新婚さんたちじゃねぇか」


「「あ、さっきの」」


 そのドワーフの男は郊外で壁材を見ていたときに出会った男だった。


「兄ちゃんたち、どうしてウチに?」


「実は俺と妹は転移転生者なんでな。店前にあったスマホに釣られてやって来たんだ……まさかあんたの店だとは思わなかったけどな」


「ははは……それじゃあ格好の悪いところを見せちまったなぁ。さっきは偉そうなことを言っておいて、実は商売あがったりなんてなぁ……」


 その後、運たちはともに自己紹介を済ませた。


「しかし、よもやここがかの有名なミストラル工房だとは思いませんでした」


 五十鈴が言った。


「そうだろうなぁ。今や見る影もないもんだからなぁ……」


 ドワーフの男、フィガロは恥ずかしそうに後頭部を掻きながら言った。


「何があったのですか?」


「時代の変化についていけなかったのが悪かったんだろうなぁ」


 フィガロは遠い目をして語る。


「ウチは古くからミストラル工房って、ちったぁ名の知れた鍛冶屋だったんだ」


「ええ。ミスリル武器と言えばミストラル工房、エヒモセスでは常識です。実は私の剣も祖父から譲り受けたものですが、ミストラル工房製なんですよ」


「そりゃあ長い間大切に使ってもらって武器も喜んでいるだろうよ。どれ、見せてみな」


「はい」


 五十鈴はフィガロに剣を渡した。


「ほおお。これはすごい。ミスリルの武具は魔力や精霊を宿す力を持つが、この剣は長い年月を掛けてその力を醸成させている。物自体も大業物だ……今時、こんな武器は大陸中を探しても滅多なことじゃ手に入らんぞ」


「たしかにすげぇ切れ味だったもんな、俺の装甲を紙切れのように」


 五十鈴は返却された剣を誇らしげに受け取って鞘に戻した。


「だがなぁ。ご存知のとおり、国内にあった鉱山からはもう何十年も前からミスリルがとんと採れなくなっちまったんだ」


「そんなに前から……」


 五十鈴は自身の剣を見つめた。


「で、鍛冶屋に代わる事業として親父の代から始めたのが建設業ってわけだ。なんだかんだ言っても物作りはドワーフの血みたいなモンだからな」


「それでセレナちゃんは元は建設業って言ってたんだね~」


 久遠はセレナに微笑みかけた。


「ご、ごめんね。私、昔のこと知らなくて」


「いいのいいの」


 少女たちの会話を目を細めて見つめながらフィガロは続ける。


「で、オラの本業も親父から引き継いだ建設業ってわけなんだが……わかるだろ? 郊外に建ち並ぶあの安価な異世界の手法を用いた住宅を見ればよ」


「客、取られちまったんだな?」


 フィガロは苦しそうに重く頷く。


「ここは中立国ってことで人が集まる好機だったのに、オラはそれを活かせなかった」


「現代知識無双のチート生産者が相手じゃあ、運が悪かったとしか言えないな」


「お兄ちゃん、なんとかならない?」


「さすがにビジネスでフェアに戦ってる奴を力でぶっ飛ばすわけにもいかんだろ」


「たしかに、それは人としてダメダメだね~」


 運も久遠も力なく首を横に振る。


「可哀想だが、スローライフ系っていうのか? 分野違いには手も足も出せないな」


「下手にほかの分野の人を巻き込んじゃうのも悪いか~」


 運と久遠はフィガロに向き直る。


「ま、いくらオラたちより進んだ文明知識を用いていようが負けは負けだ。……だが、仕事をせんことには生きていけんからな」


 フィガロは腕を組んでため息をついた。


「で、だ。次にオラは、友人のつてを頼りに近年盛んになっていたトラクターの部品生産に手を出したわけなんだ」


「う! ……そうなるとさすがに俺にもその先が読めたんだが」


「そうだ……エンジン供給が止まればトラクター生産も止まる。オラは終わった」


「すみません、私たちエルフ族が……」


「いやぁ、奥さんが謝ることじゃねぇよ……最初に言ったとおり、オラが時代の変化についていけなかったせいなんだ」


「お父さん……ごめんね? 私が何もできなかったから」


「お前のせいじゃない……すまないな、セレナ」


 頭を寄せるセレナを抱きしめながらフィガロは言った。


「セレナはドワーフらしからぬ病弱な身体なんだが、そのぶん頭がとても良くてな。ドワーフとしての物作りの血も色濃く受け継いでいて、機械には滅法強いんだ」


「「機械?」」


「ああ。それで転移者がほぼ確実に持っているスマホとやらが直せたら、さらには作れたらビジネスチャンスになると思ったんだが……」


「なけなしのお金も、なくなっちゃったところだったの……」


 セレナは悲しそうに俯いた。


「さすがにスマホはハードルが高過ぎるだろ、俺たちだって中身の仕組みまではまるでわからねぇぞ?」


「でもね? 壊れてる物も、画面がつくところまでは、いったんだよ?」


「「はぁ!?」」


 驚いたのは運と久遠だ。


「セレナちゃん、もしかして自力で……科学の結晶であるスマホを?」


「たまたまついただけじゃねーのか?」


――まさか電波がないから使えないだけで本当は直せてたり……なんて、あるわけないよな?


 運も久遠も開いた口が塞がらなかった。


 そんな二人を見てフィガロが言う。


「セレナは仕組みさえわかれば魔法も織り交ぜて大抵の物は作っちまうんだよ、特に現物なんかがあれば間違いなく模倣できる。この間なんか転移者が言っていた炊飯器? とやらを聞いた話だけで作っちまった」


「超絶チート天才じゃねーか」


「……お兄ちゃん、お兄ちゃん」


 机の下で久遠が運の袖を引っ張った。


「あのね……ごにょごにょ」


「あ~、なるほど」


 運と久遠は示し合わせ、机の上に一つの箱を取り出して見せた。


「この箱、なぁに?」


 セレナが首を傾げて問う。


「これは、電子レンジという」


「電子、レンジ?」


「詳しい仕組みは俺にも良くわからんが、この中に食べ物を入れてスイッチを押すと、目には見えない線状のエネルギーが食べ物内の水分を振動させ、そのときに発生する熱で冷めた食べ物がすぐに温まる……だったかな? そんな代物だ。試してみよう」


 運は街を見て回る際に購入していた焼き菓子の余りをレンジに入れて実践した。


「うわ、あっちっち。これ、すごい」


 実際に温まった焼き菓子を触ってセレナは驚いた。


「ほかにも物を冷やして長持ちさせる機械や火を起こす機械などがあるんだが、どうだ?」


「どう、って……作れるかどうか、ってこと?」


 コクリ、と運と久遠は頷いた。


「うん。たぶん。大丈夫だと思う」


 瞬間、机をバンッ! と叩き身を乗り出す運と久遠。


「「君が欲しいっ!」」


「えええ~っ!? お、お父さ~ん」


 フィガロの背中に隠れようとするセレナ。


 フィガロは呆れ顔で頭を掻いた。


「あのなぁ兄ちゃん。子供は夫婦で作るもんだぞ?」


「へわっ!? ……あわわわわ、運殿の……」


「ああフィガロ。さっきから勘違いしてるようだが、五十鈴とは夫婦じゃないぞ」


「うぅ……」


 一人で変な動作をしている五十鈴をよそに話は進む。


「ん? ああ! そうだったのか、早とちりしちまったか! わははっ!」


「それに、欲しいって言ったのは娘としてじゃない。その腕、その技術が欲しいんだよ。もちろんフィガロ、あんたの建築家としての腕も含めてな」


「兄ちゃん……どういうことだ?」


 運はニカッと笑って言った。


「さっき家を建てたいって言ったよな? ……俺、いや俺たちは、町を作ろうとしてんだよ」


「「は?」」


 今度はドワーフ親子の開いた口が塞がらなくなった。


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