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ドワーフの街


 トラックで数日間の旅路を経て、運たちはようやくルヲワ共和国の中心に辿り着いた。


 ルヲワ共和国の街並みは伝統と変革が交錯する独特の風景を形作っていた。モルタル風の壁に木材を組み合わせた古風な職人街では鍛冶屋や木工職人たちが煙突から煙を上げ、工房からはハンマーの音が響いている。道を行き交う住民たちは頑丈な作業服に身を包み、油や木屑の匂いを漂わせていた。


 その一方で街の外れには異質な区画が広がっている。まるで現代日本の一角を切り取ったような場所で、鉄筋コンクリート造りの建物が整然と並び、舗装された道路には街灯が立ち並んでいる。自動扉やガラス張りの商店、規則的な区画設計が旧来の居住区とは明らかに異なる雰囲気を放っていた。


「この景色、建築技術……完全に日本の家じゃねーか。そういえばマケフ領でも数は少ないけど俺たちの世界の建築様式や電柱を見かけたっけ。これはもう転移転生者が関わっているとみて間違いなさそうだな……」


 ドワーフたちの伝統技術と、転移転生者によってもたらされた新しい技術が互いに競い合いながらも共存するルヲワ共和国は、古き良きものを大切にしつつ、今まさに変化の波を受け入れようとしていた。


 風に乗って工房から聞こえるハンマーの音と、最新の機械が稼働する低い振動音が混ざり合い、新しい時代の始まりを告げていた。


 そしてそんななか、運がまず始めに興味を持ったのは街の外れに数多く建設されつつある日本風の建物群だった。


「すごいな。こんなにもたくさんの新しい建物が建とうとしているのか」


「運殿、それはルヲワ共和国が中立だからです。争いがない土地を望む者は多いですから」


「とはいえ、イロハニ帝国にもチリヌ公国にも武器を供給しているルヲワ共和国の姿勢はどうなのかっていう声も多くあるんだけどね~」


「そうなのか久遠?」


「ルヲワ共和国からすれば昔から続いているイロハニ帝国への武器供給はともかく、チリヌ公国側にはトラクターの部品を売ってるだけってことになるけど」


 久遠は続ける。


「つまりね? エルフから動力、ドワーフから部品を仕入れて、チリヌ公国が組み上げたのが機動兵器トラクターの正体なんだよ」


「へええ。そうだったんだな」


「もしかしたらエルフからエンジン供給がなくなった影響で生産に打撃を受けている人もいるかもしれないから、二人とも変なことを口走って反感を買わないよう気をつけてね」


「「は、はい」」


 運と五十鈴はまるで久遠の従者であるかのようにうしろを歩いた。


「しっかし、家の骨組みから何まで、俺たちの世界とまるっきり同じだな」


 運が建設途中の民家が立ち並ぶ区画を見て言った。そこはもう現代日本の街並みと言っても過言ではないような風景だった。道路はアスファルトで舗装され、街灯が等間隔に設置されている。整然とした区画にはモダンな家々が並んでおり、コンクリートやレンガを用いた住宅に加えサイディング材で仕上げられた外壁が特徴的な家も多く、淡いグレーやベージュの外観が街並みに統一感を与えている。玄関先には小さな庭やウッドデッキもあり、住民たちが花を育てたりベンチでくつろぐ幸せそうな姿が見受けられた。


「建設途中の家を見ても、束石から梁、母屋や棟木まで同じだな」


「お兄ちゃん、詳しいの?」


「少し建設現場に関わったことがあるくらいだがな」


「そうだったんだ」


「でも、そのわりには昔からある区画の建物とは明らかに造りが違う……こうまで明暗が分かれてると、まるで対立しているようにも見えるな」


「そればっかりはビジネスや考え方の問題もあるんだろうし、外野がなんとか言うのもね~」


 久遠はやるせない表情で新旧の建築様式が異なる街並みを眺めた。


「お兄ちゃんとは分野違い。ステータスで戦うばっかりじゃなくて、しっかり現代知識で無双してる人もいるんだね。これだけ建ち並んでいればきっと儲かってるんじゃないかな~」


「だろうな。こういう生産系の異世界ライフもあるってことか」


「ねぇお兄ちゃん! もしかしてその転移転生者の協力を得られれば建物作りはバッチリなんじゃない?」


「ああ、選択肢としては悪くないかもな」


 そう言って運は未完成の建物に近づいて壁を軽く小突いたりした。


「壁材は……すごいな、サイディングの家まであるのか」


「それってすごいの?」


「俺たちの世界では当たり前の素材だけど、さすがにエヒモセスにはなかった技術だろうな。やっぱり転移転生者が関わってんのは確実だ……わりとすごい科学技術を持ってそうだな」


 運は旧区画と新区画の建物を見比べた。


「対して旧区画のほうは……見た目から判断するなら技術力では新区画の圧勝だ。少し気の毒だが、元々こっちで商売してた人たちには大打撃だろうな」


「そんなに違うの?」


「悪くはないんだが、こっちじゃ安価なモルタルが主流のようだからな」


「モルタル?」


「聞いたことくらいあるだろ? 砂、セメント、水を混ぜて作るもんだ」


 運がそう言ったとき、通りがかったドワーフの男が口を挟んできた。


「水? かぁ~っ! 水ねぇ?」


 彼はずんぐりとした体格ながらも筋肉が隆々とした男だった。灰色がかった髪と髭は長く無造作に編み込まれ、顔には深いしわが刻まれている。小さな目には鋭い光を宿してどんなに細かい作業でも綻びを許さない職人の気質を感じさせた。硬い革製のエプロンには風化したいくつもの傷やくすみが見られ、それがかえって彼の経験を物語っているようだった。


「ん? 何か間違ったことを言ったか?」


 運は男の振り返って聞き返す。


「いいや? 違わねぇな。似たようなのは作れるだろうさ、安上がりでなぁ」


 男はまるで運たちに敵対するかのような険しい表情をしていた。


「似たような……てことは、似ていても違うんだな?」


「まるで違うねぇ。防火防水、湿度調整、断熱性に通気性、耐久性に耐震耐衝撃性。当然のように防魔性まで、あらゆる面で粗悪品だ、そいつは」


「そうなのか? モルタルは向こうの世界でも普通に使われてる素材なんだが……っていうか、防魔性ってなんだ?」


「私も良く知らないけど、魔力とかの『魔』だろうし、エヒモセス独自の概念じゃない?」


「なるほど……さっそく一つ建築技術の勉強になったな」


 そんな会話をする運と久遠を見比べて、男は息を抜くように硬かった表情を緩めた。


「兄ちゃんたち、ホンダ工務店のモンじゃないのか?」


「「ホンダ工務店?」」


「そうか、違うのかい」


 男は途端に警戒を解くように身体の力を抜いた。


「ちょっと珍しい造りの建物が目に入ったものだから立ち寄ったんだ」


「家に興味でもあるのか?」


「まあそんなところかな。家を建てたいと思ってる」


「お! なんだ新婚さんか! わはは! 羨ましいな兄ちゃん、エルフの奥さん、偉くべっぴんさんじゃねぇか!」


 今度は豪快に笑いながら運の肩を強い力でバンバンと叩く男。


「わ、私が運殿の奥さん……?」


 五十鈴は染まる頬を両手で隠していた。


「ん? いや五十鈴は別に……」


 運は平然と切り返そうとしたが、それは身体を前に滑り込ませるように割って入った久遠によって遮られた。


「ねえ! おじさん! 私は!? 私だって奥さんの可能性もあるよねっ!?」


 強引に乗り出してきた久遠の気迫に少し押されながら、男は困ったように頬を掻いた。


「ええ……? 嬢ちゃんは……兄ちゃんの娘にしては大きい歳だしなぁ。妹さんかなぁ?」


「ぶー」


 久遠はふて腐れて運のうしろに引っ込んだ。


「ところで、さっきの壁材の件なんだが……」


 場を取り直すように運が切り出したときだった。


「おっと。すまない兄ちゃん、オラちょっと急いでたんだ。変に疑ったように声を掛けちまってすまなかったな」


 ドワーフの男は片手を挙げて去り際の挨拶をした。


「家ってのは、その地域に適した材質ってのがあると思うぞ。兄ちゃんも奥さんのためにいい家を建ててやんな。じゃあな」


 そう言ってドワーフの男は駆け足で去って行った。


「なんだったんだ……?」


 運が振り返ると、そこには両極端の表情をした久遠と五十鈴がいた。


「うふふ。私、奥さんだそうですよ?」


 五十鈴はそう言って運に腕を絡めた。


「私だって、あと数年もすれば成長するもん」


 久遠は悔しそうに運のもう片方の手を握った。




 その後、三人はルヲワの街中を歩いて回っていた。


 その街並みは多種族が共生する独特の風景に彩られていた。石畳の道が続くかと思えば途中から水に浸かり、まるで川がそのまま街路になったかのように水没している通りもあった。水面には魚人族の小舟が浮かび、彼らが行き交う姿が見える。石のアーチ橋や木製の渡し板が掛けられ、街全体が陸と水とを繋ぐ不思議な構造をしている。


 湿った空気に包まれた街角には魚人族向けの水槽や水草の茂る広場も存在し、地上の住民と水の住民が自然に共存している、ほかでは決して見られない独特の文化圏が形成されていた。

挿絵(By みてみん)


「ドワーフの街って言うからてっきり職人的な硬いイメージの街を想像していたんだが、今まで見てきた街の中で一番発展しているというか、近代的な感じだな」


「ファンタジー色もすごいよね! こんな水路と一体になった街並み、見たことないよ!」


「少し離れた区画ではドワーフらしく山肌を上手く利用した区画もあるんですよ。多種族が上手く共存できているのは中立国ならではの特徴ですね」


「ああ……遠くのほうに見える区画がそれっぽいな」


「はい。武具の生産では間違いなく大陸一ですからね。鉱物資源も豊富なのでしょう」


 遠方に目をやれば居住区と山並みが一体になった独特の風景も存在する。その発展した都市は多くの文化を取り込んだ活気のある街だった。

挿絵(By みてみん)


「でもお兄ちゃん。まずは人の多い大通りに行ってみようよ」


「そうだな。まずは建築技術の情報を集めたいところだぜ」


「はい! それでは私がご案内しますね」


 運たちは五十鈴の案内によって街の大通りへと向かった。




 大通りは道ゆく多種族の人々で殷賑を極めていた。


 広い石畳の通りには古くから続く工房や商店が軒を連ね、建物の間から煙突の煙が立ち上る。その一方で近代的なカフェや雑貨店が並び始め、ガラス張りのショーウィンドウには最新技術を取り入れた商品が並んでいる。職人たちの作業服と異世界の技術者たちの洗練された装いが入り交じり、人々が絶え間なく行き交っていた。


「ドワーフは機械にも強いですし、隣接するイロハニ帝国やチリヌ公国とも積極的に貿易をしていますからね。人の交流が増えれば文化も栄えるはずです」


「やっぱり戦争よりもこっちのほうがいいよね、お兄ちゃん?」


「そうだな。もし荒野に町を構えたとしても、まわりの国とは仲良くしたいもんだ」


「いいところはいっぱい学んでいこうね!」


「おう」


 出店で購入した焼き菓子を頬張りながら三人はのんびりと大通りを歩いていた。


 新旧の世界が交差する大通りでは伝統が尊ばれながらも変化の波が確実に押し寄せている。通りを行き交うドワーフの多くは古い工房の前で立ち止まり、懐かしむようにその店構えを眺める一方、視線はどこか寂しげだった。


 そんな彼らを気にして歩くうち、久遠が突然にその足を止めた。


「え? うそ。お兄ちゃん、あれ見てよ」


 久遠が大通りの一角を指差して言った。


「ん? なんだ?」


「スマホ売ってる」


「そんなバカな」


 運も久遠が指差すほうを見た。その先にある工房は古く、客足はない。ただしその店先に置いてある木箱の中に雑に入れられた商品は紛れもなく現代日本のスマートフォンだった。


「本当だ……なぜだ? 新しいほうの区画ならともかく、なんでこんな時代から取り残されたような店前でスマホが売ってるんだ……?」


「お兄ちゃん、行ってみようよ」


「そうだな。さすがに気になる」


 運たちはさっそくその工房に近寄った。


 石造りの建物はどっしりとした風格を保っているものの、窓枠には小さなひびが入り、扉の鉄製の取っ手も錆びついている。そしてその店構えはかつての栄華の名残をわずかにとどめているだけの寂れた様子だった。入り口に掲げられた看板には色褪せた『ミストラル工房』の文字とかつて鍛えたのだろう名剣のシンボルが刻まれている。だがその看板の片隅には新しく『建設請負』と書かれた木札が無造作に掛けられ、時代の変化にともなう店の変遷を物語っていた。


「かなり歴史のありそうな工房だな」


「おや? この工房の名前は……?」


「五十鈴、知っているのか?」


「あ、いえ。……私もこの工房に来たのは初めてですから」


 五十鈴はそう言いながらも昔を偲ぶように切なそうな表情で剣の鞘を軽く撫でていた。


「お兄ちゃん、それよりこのスマホ、どれも本物だよ!」


「起動はするのか?」


「ううん……? どれも電池切れかなぁ……」


 木箱の上でワゴンセールのような状態で売られているスマホはどれも電源が入っておらず、ところどころ破損している箇所も見られた。


「ジャンク品……てところか?」


「そうかも。転移者が持っていてもエヒモセスじゃ使えないもんね、お兄ちゃん以外は」


「なるほど……そうして不要になって売られた電池切れのスマホが、なぜかこの店に集まっているというわけだな?」


「そうかもね」


 運と久遠が納得しているその横で、五十鈴が壊れたスマホを手に取って不思議そうに見ていた。


「これが久遠殿が持っているスマホと同じ物なんですか?」


 五十鈴がそう言ったとき、工房の中からドワーフの少女が出てきて小さな声で尋ねてきた。


「あの……スマホ、ご存知、ですか?」


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