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今はまだ名もなき荒野


 みなとともに食卓を囲みながら、運は思い出すように語り始めた。


「俺がエヒモセスに転移してきた、そのスタート地点があの荒野だったんだ」


 静かに耳を澄ませるみんなを前にして運は続ける。


「あのときはまだこの大陸にどんな国があるのか、どんな形をしているのか、自分のいる場所さえもわからなかったけどな」


 エヒモセスでは大陸中央が広大な荒野となっており、その西側にイロハニ帝国、東側にホヘト王国と言う大きな国が二つあった。


「しかも転移の場所とタイミングが最悪でな。イロハニ帝国とホヘト王国の戦場の真ん中だぞ? 俺は生き延びるために無我夢中で兵士の海を走って逃げた」


「そして逃げた先、東のホヘト王国内、ネナの街で私たちは再会したんだよね、お兄ちゃん」


「だな。だけどホヘト王国では俺より前に転移してきたトラック運転手が騙されて殺されていたことがわかった。そして俺の戦場での悪い噂も流れ始めて……ホヘト王国にはいられなくなってしまった」


「それで運殿はホヘト王国から南下し、チリヌ公国を目指していたのですね?」


「そうだな。五十鈴とはその道中で出会ったんだっけ」


「はい。そこで命を助けていただいたばかりか、オクヤの里まで送り届けてくれることに」


 それを聞いたミューとフィリーはイタズラな笑みを浮かべて顔を合わせた。


「へえ~。五十鈴ちゃん、そぉ~だったんだぁ」


「それで運に惚れたのか」


「へわっ!? ……ミュー、フィリー! 変なこと言わないで」


 場は和やかに笑いを含みながら話を進める。


「あとはみんな知ってのとおり。オクヤの里のエルフ族と協力して商売を始めようとしていた矢先、公国軍が攻めてきてオクヤの森は燃えてしまった」


 仲間たちは辛い面持ちでそれを聞く。


「幸い交流のあった近領のマケフ領になんとか仮の住居を置かせてもらっている状況だが、領主エアロスター夫妻がいかに優れた領主であっても結局はチリヌ公国内の一貴族に過ぎない。きっと俺たちを守るために無理をさせてしまっているはずだ」


「それで運様は誰のものでもない荒野に自分たちの町を作ろうとなさったのですね?」


 カレンが深く頷きながら言った。


「ま、そんなところだな」


 大陸での位置関係としては荒野の南にルヲワ共和国、東南にチリヌ公国が存在する。そしてルヲワ共和国の西側がイロハニ帝国と接しているのが大陸の構図である。

挿絵(By みてみん)


「でもお兄ちゃん。なんで荒野が荒野のままなのか、私言ってなかったっけ?」


「旅の途中で聞いたような気もするが」


「あ~、忘れてるでしょ! 荒野にはね。毎年春になると北のテア山脈から強力なドラゴンが降りて来るんだよ?」


「ああ……そういえばそうだったな」


「だから荒野に町を作っても一年に一度焼き払われちゃうんだよ……お兄ちゃんはそんなところに住みたいと思う?」


 荒野の北側にはテア山脈が存在し、それはホヘト王国の北側まですべて連なっている。


「それに運殿、テア山脈にはほかにも恐ろしい魔物が多数生息していると聞きます」


「そーそー。テア山脈のさらにその北側は、かの恐ろしい魔王国なんだよ~?」


「運、悪いことは言わないから現実を見よう」


 五十鈴やミュー、フィリーが運を考え直させようと言葉を並べる。


「魔王国……ってことは、本当に魔王もいるのかよ」


「お兄ちゃんが勇者さんたちさえやっつけてなければ、私、今頃は勇者パーティとして魔王討伐に向かってたかもね~」


「「へっ?」」


 ミュー、フィリー、カレンが変な声を上げた。


 久遠は胸を張って誇らしげに話を続ける。


「あ、勇者パーティでお察しいただけたかと思いますが、実は私、これでも帝国の聖……」


「「勇者をやっつけたぁ!?」」


「……ぶー」


 彼女たちの驚きが自分のことでないとわかり一人で頬を膨らませる久遠。


「みんなにはまだ言ってなかったな。俺、転移してきて間もない頃、勇者たちに命を狙われて絡まれたんだよ。逃げられもしなかったんで仕方なく久遠以外はやっつけちまった」


「運様。な、なんということを……」


 カレンは少し身体を震わせていた。


「ん? なんか不味かったか?」


「運。魔王は勇者じゃないと倒せない……世界が終わる」


「あはは~。運さんらしいけど、すでにやっちゃったものはしょ~がないよね~」


 フィリーもミューも呆れたような顔で言っていた。


「ま、マジ?」


 一同の視線を受けて運の頬を冷や汗が伝った。


「ま、まあ……あれだ。魔王のほうは俺が責任持って、あとで時間を見つけてやっつけておくから心配しないでくれ」


「あっは。運さんなら本当にそんな感覚でやっちゃいそ~!」


「運に討伐宣言されちゃった魔王、ドンマイ」


 ミューとフィリーはどこか楽しげだった。


「ともかく。今はそんな魔王よりもドラゴンだ、ドラゴン」


 運は強引に話題を逸らした。


「ドラゴンはなんで春になると荒野に降りて来るんだ?」


 運の問いにみんなは視線を合わせたが誰も答えを持ち合わせていなかった。


「そっか。原因がわかればあるいはと思ったが」


「その発想がお兄ちゃんっぽいよね」


 久遠が相変わらずの呆れ顔で言う。


「そうなのか?」


「そうですよ運殿。いいですか? エヒモセスにおいて人類はずっとドラゴンを目の仇にしてきたのですよ?」


「どうしてだ?」


「例えば現在の二大強国、イロハニ帝国とホヘト王国の争いにしても、その目的は大陸中央の荒野を支配することにあるのです。広大な中央地方を丸々支配下に置くということは、大陸全土に目を光らせ、覇を唱えるにも等しいことなのですから」


「ん? でも年に一度ドラゴンが町を焼くから意味ないんじゃないのか?」


「はい、そこです。そのドラゴンがいるせいで大陸制覇に有効な荒野が不毛な土地のままなのですから人類が怒るのも当然です。ドラゴンは昔から倒すべき存在なのです」


「なるほど。でも結果的に今までやっつけることができなかったから荒野はいまだ荒野のまま、そういう訳だな?」


「はい。というのも、そもそもドラゴンという種族は人間にどうこうできる存在ではなかったのです。レベル、スキル、魔法……そんな次元ではまったくありません」


「はあ。じゃあなんで今さら両国はそんな不毛な荒野を巡って戦争を始めたんだ」


「それは近年、各国とも急激に増えた転移転生者の出現によって、ようやくドラゴンに勝てる見込みが出てきたからにほかなりません」


 五十鈴の説明を受けて運は深く頷いた。


「なるほどな。つまり、ドラゴンさえなんとかできてしまえば荒野を制すると」


「そう上手くいくかはわからないけどね。だって仮にお兄ちゃんがドラゴンを倒したって、そのあと帝国や王国に数にものを言わせて挟み撃ちにされたらどうしようもないでしょ?」


「それはまあ、そうなんだが」


「お兄ちゃんの案には少し無理があるんじゃない?」


「そうかなあ……なあ、ドラゴンて話はできないのか?」


「だからお兄ちゃん、話を聞いてた? 今はその発想がって話をしてたんだけど」


「それは良くわかったけどさ……じゃあつまり、ドラゴンは会話も成り立たないただの暴力の塊ってことなのか?」


「少なくともお兄ちゃん以外はそう考えてるよね」


「そっか……てことは、誰も試してはいないんだな」


 運は少し考えたあとに続けた。


「じゃあ……この先はドラゴンに会ってみてから考えるか」


「「ええ~っ!?」」


 その場の全員がまた立ち上がった。


「そんなに驚くようなことか?」


「驚きもしますよ。運殿、まさかドラゴンとお話でもされるおつもりですか?」


「まずはそうだな」


「無理だよお兄ちゃん。ドラゴンが口を開けば言葉よりも先に炎が出てくるんだから」


「そしたらそのときやっつければいいや」


 悩みもなく言い張る運に周囲は呆れたようにため息をつく。


「てなわけで。春になったらドラゴンにでも会いに行くか」


 一同は苦笑いであった。


「お兄ちゃんだって、きっとドラゴンを目の前にすればわかるよ?」


「そしたらそんときだな。まずは春にドラゴンが山から降りてくるのを待つ」


「では運殿、それまではどうするおつもりですか?」


 そこで運は改めて一同を見渡した。


「それまではルヲワ共和国で建築技術をなんとかする。なにせ俺たちは、荒野に一から町を作ろうって言うんだからな」


「ヒト、モノ、カネ……たっくさん必要だねえ、お兄ちゃん」


「おう! そのあたりは頼りにしてるからな久遠」


「うう……これやりきったら、ただのギューじゃ済まないからね? お兄ちゃんっ!」


「ははは。わかったわかった」


「運殿! ヒトでしたらエルフ族に協力できることがないか、私が聞いてみますね!」


「あっは! 私はもう運さんについて行くって決めたもんね~っ!」


「むしろエルフ族みんなでついて行けばいい。私も協力は惜しまない」


 五十鈴、ミュー、フィリーも笑顔でそれに応えた。


「あらあら。荒野の開拓にはドリアードやアーシーズが欠かせませんよね?」


 カレンも嬉しそうに名乗り出た。


「みんな……ありがとう。俺、みんなが安心して暮らせる町を作れるよう頑張るからな」


 運は拳を握ってみんなに宣言した。


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