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俺様の裁き ~ 雷槌 トラックハンマー ~


 コエ領主デミオの館は荒廃した空気を漂わせる不気味な二階建ての建物だった。黒ずんだ石材で組まれた外壁はひび割れ、苔と汚れが染みついている。鉄製の門は錆びつき、門扉の向こうには雑草が伸び放題の庭が広がっていた。館の周囲には獣のような兵士たちが巡回しており、住民を威圧するように粗野な笑い声が響いている。


 館の内部は外見以上に陰鬱な雰囲気に包まれていた。窓は小さく厚いカーテンで閉ざされ、わずかな蝋燭の明かりが暗がりをかき消す程度である。壁には薄汚れた絵画や剥がれかけた壁紙が残り、廊下には不快な湿気が漂っている。家具も豪華ではあるが乱雑に配置され、血や汚れの跡が残っていることから人々が酷い扱いを受けてきた痕跡が窺える。地下に続く階段は特に重苦しく、ここが恐怖と絶望の場であることを物語っていた。


 腐敗の匂いと、欲望のままに振る舞うデミオの腐った内面が館そのものにも表れていた。


 そしてそんな館の寝室にミューとフィリーの二人は拘束されたまま運ばれた。


「おお~。待っておった、待っておったぞい~」


 趣味の悪い金の縁取りが施されたバスローブのデミオが気味の悪い笑みを浮かべていた。


 そしてやはり悪趣味に豪華なのはデミオ本人だけではなかった。暗紅色のベルベットで覆われた大きな寝台には金の装飾が施され、その周囲に薄手のカーテンが垂れ下がっている。床には毛皮の敷物が乱雑に敷かれ、壁には不気味な肖像画や高価だが場違いな彫像が置かれていた。部屋全体には甘ったるい香が漂い、薄暗い照明が陰影を強調する。


 その気味の悪さにミューは思わずえずくが、すぐにフィリーよりも一歩先に出る。


「お願いっ! 私がなんでもするから、フィリーのことは考え直してっ!」


 ミューがデミオの前にひれ伏して懇願する。


「んふふふ~ん! それそれっ! それがたまらんのだよな~。……おい、そいつを吊るっておけ。妹を汚されるところがちゃ~んと見えるにしてなあ……」


 得意げにひれ伏すミューを見下しながらデミオは下卑た笑みを浮かべている。


「このっ! けだものっ! 悪魔っ!」


「ん~、いい響きだなあ」


 そしてデミオは言葉も発さなくなったフィリーの手を引く。


「お前はこっちだ」


 デミオはフィリーをベッドに捨てるように投げた。


 抵抗もなくベッドに転がるフィリー。それでも気丈に少しも声を発しなかった。


「おーい。どうした、妹ちゃんは抵抗してくれないのかね?」


 近づくデミオの顔にプッと唾を吐きかけるフィリー。


「……なんだ? これは」


 デミオは真顔に戻って吐きかけられた唾を袖で拭い、フィリーを睨みつけた。そのまま頬を殴打されるフィリー。


「家畜ごときが生意気だなあ。身のほどを思い知らせてやらんとなあ……」


 デミオは怒りとともに邪悪な笑みを浮かべた。


「よぉし決めた。ただ遊ぶだけにしようと思ってはいたが、お前には特別に愛の結晶を授けてやるとしよう」


 怯えるようにフィリーの身体は震えた。


「エルフの長い寿命をもって、今日という日の思い出を忘れられんようになあ……」


 糸を引くように開くデミオの口。


「い、いやあ……」


 それには気丈なフィリーも耐えられず、顔を背けるように泣きだした。




 一方、コエ領に辿り着いたトラックは運たち一行を乗せたまま上空に留まっていた。


 曇り空はどんよりと重く垂れ込め、微かな光が地上を灰色に染め上げている。広がる景色には簡素な木造や石造りの建物がまばらに点在し、整然とした街並みとはほど遠い。荒れくれ者たちが多く住まうこの地には生活感というより荒涼とした雰囲気が漂っていた。


 良く見れば建物は朽ちかけた物が多く、屋根の一部が崩れ落ちているものも目に入る。道もほとんど整備されておらず、地面は泥と雑草で覆われ、ところどころに放置された荷車が無造作に転がっていた。人々の姿もまばらであり、数人の影が建物の間を行き来しているのが見えるだけだった。


 どこかからか風が吹き、遠くで寂しげに瓦礫が転がる音が響いていた。


「準備はいいか? ナヴィ、カレン」


 運は少し怒気の残る低い声で淡々と言った。


「はいマスター」


「はい、私も」


「よし、じゃあまずカレンから始めてくれ」


「わかりました」


 まずはカレンが捕らわれたエルフ族を捜索するため、地上に降りた。


「ナヴィ。新しい広範囲トラック魔法の準備を進めろ。まずはエア・コンディショナーで周囲一帯の天候を操作して雲を厚くするんだ。できるか?」


「もちろんですマスター。現在のマスターの力をもってすれば造作もありません」


 すでに曇り空だったコエ領に、ゆっくりではあるがトラックを中心とした新たな雲が生じて重なり、どんどん周囲一帯が暗くなっていく。


「お兄ちゃん、これから何が始まるの?」


「俺様の裁きを下す」


 運はそれだけを告げ、雲が厚みを帯びていくのを待った。


「ナヴィ、次の段階だ。同じくトラック魔法バッテリーサンダーで育てた雲に帯電させろ」


「かしこまりましたマスター」


 やがてコエ領一帯を覆う雷雲が完成する。上空に留まるトラックの近くでバチバチと音を鳴らす雷雲はもはや決壊寸前といった状態にまで至っていた。


「マスター。地上に降りていたカレンよりエルフ族の捕らえられた建物の特定が終わったようです。どうやら大多数が一箇所に。ほか二名ほどが領主の館にいるだけのようですね」


「良し。ではナヴィ、次にカレンから届いた情報をナビ画面に重ねろ。そしてエルフ族が捕らわれていない建物をすべてロックオンするんだ……間違えるなよ、すべての建物だ」


 運の声は怒りに震えているようだった。


「かしこまりましたマスター」


「待って。お兄ちゃん、それって……」


 心配して覗き込む久遠の言葉を遮るように、眼下のコエ領を見下ろしたまま運は言う。


「言っておくが、俺様は最初からできた人間でも聖人でもねぇぞ」


「運殿……やはり、お慈悲はないのですね」


「ないな」


 運は断言した。


「非業と言うなら言え。クズと呼ぶなら呼べ。たとえどんな誹りを受けようが、俺は、俺が守るもののためならば、もはやいささかの躊躇もしない。この領のものはすべて俺様の仲間が再興するためのドロップ品に変わってもらう」


 運は目を閉じ、集中力を高めながら静かにそのときを待った。


「マスター。すべての準備が整いました」


「わかった」


 運は静かに目を開いた。


「北欧神話にこんな武器があったっけな……雷槌らいついミョルニル」


「たしかトール神が持っていたっていう武器だよね? よくトールハンマーとか言われてる」


「そうだな……今から俺様が下すのは、そんな感じの裁きになるだろうな」


「……そのための雷雲?」


「そうだ。すでにコエ領のすべてを覆ったからな。誰一人として逃がしてやるつもりはない」


「お兄ちゃん……」


「運殿……」


 久遠も五十鈴も怒る運を止められずに言葉を飲み込むしかなかった。


「それじゃ、撃つからな。……二人とも、辛かったら目を閉じてな」


 運はそれだけ言ってから大きく深刻級をし、眼下の町並みを睥睨した。


「報いを受けろっ! 雷槌! トォールアァァーーーックハンマァーッッ!」


「「トラックハンマー?」」


 聞き間違いかと首を傾げる久遠と五十鈴をよそに零れ落ちる雷鳴の群。その重く暗い雷雲から落ちる無数の雷は、束ねて見れば天から領内に振り下ろされる巨大な槌のようでもあった。それは目を開いてはいられないほどの眩い光を放ち、神の怒りがごとくとてつもない轟音を響かせ、一瞬にしてエルフ族が存する建物以外を灰燼に帰したことは言うまでもない。


 久遠と五十鈴が閉じていた目を開いたとき、眼下にはただ平坦な灰の大地が広がっているだけだった。そしておそるおそる運に視線をやれば、ただただ無表情のままの運。


「さて、残ったのはたった二つの建物。お前ら、どっち行く?」


 運は淡々と二人に向かって言った。


 だが、久遠と五十鈴はいまだ言葉を失ったまま呆然としていただけだった。


「二人とも気持ちはわかるがボサっとすんな。……残った敵が混乱しているうちに片づけちまわないとな」


「あっ! そうだったね! まずは捕らわれた人を助けないと!」


「そして領主にも怒りをぶつけてやりたいところですね!」


「だな。で、久遠も五十鈴も、どっちに行くんだ?」


「お兄ちゃん! 私は大人数のほう! 怪我人がいたら大変だよ!」


「では私も久遠殿の護衛に!」


「わかった。じゃあ俺様は領主様とやらをぶん殴りに行くか」


 運はすぐにトラックを発進させて地上へ降り、二人を大人数が捕らえられた建物の前に降ろすとすぐに領主の館へと向かった。


「カレン、エルフ二人のいる位置はおおよそわかるか? それ以外はぶっ潰す!」


「はい運様。ナヴィ様と協力して建物図面をナビ画面に表示しております」


「サンキュー。それじゃ殴り込みだ!」


 運はアクセルをより深く踏み込んで、灰となったコエ領の大地を突き進んだ。




 少し時を遡って領主の館の寝室では、フィリーがデミオから逃げるようにベッドの上を這っていた。


「いや、いやあ……」


「ほほお~、いい顔になってきたのお。どれどれ、そろそろいただこうかのお。お姉ちゃんにちゃんと全部を見てもらおうなあ」


 ブチブチッと音を立てて引き裂かれるフィリーの衣装。


「やめろぉっ! この豚っ! 変態っ!」


 吊るされたミューも手枷を鳴らして飛びつかんばかりに罵声を発し続けていた。


「んっん~。罵声すら心地いい響き、最高のシチュエーションだなあ……」


「お願い、許して……」


 フィリーは涙を流して懇願するが、それはデミオを興奮させるだけだった。


「い・や・だ・ね~。それじゃ、いただきまぁす」


 そのときだった。


 ドゴオオオオオオオッッ!


 周囲一帯に未曾有の雷鳴が鳴り響くとともに、その場の誰もが圧倒的な閃光によって視界を奪われていた。


「なんだっ!? いったい何が起きたっ!?」


 デミオは飛び上がって窓際まで向かった。


「な、なんじゃ、こりゃ……」


 窓の外に広がる灰燼と帰した自領の風景を見てデミオは肩を落として立ち尽くした。


 かつて民家や商店が並んでいた一帯はことごとく瓦礫と化して黒煙が立ち上っている。地面には無数の焼け焦げた跡が点在し、それはもはや嵐のような落雷の痕跡とは思えないほどに凄惨な光景である。


 重い暗雲で陰る領内を残骸に燻る火が赤々と照らす。空中に舞い上がった灰すらも業火の色に染まり、領内に残る欲望と怨念が形となって表れているかのような地獄の光景だった。


「ふ……ふひ……」


 デミオはよろめいて尻から崩れ落ちそうになるも、かろうじて目に止まった形あるものによって踏み止まる。それは灰の町の中を一直線に向かって来る一台のトラックだった。


「なっ! あのトラック、ま、まさかああっ!?」


 デミオが窓際から退避して伏せたその間に、トラックはデミオの部屋を残して館を粉砕する。もちろん誰一人として逃れられた者はいない。欲望の限りを尽くしたその卑しい館も、一瞬のあと、残ったのは一辺の壁を失ったデミオの部屋だけだった。


 そしてその壁を失って野ざらしとなった方角から華麗に降り立った青年が一人。


「よう領主様? ノックする扉がないんで失礼するぜ?」


 ふざけた口調とは裏腹に、怒髪天を衝く運にデミオはただ恐れ慄き、尻込みしながら床の上を這って逃げるしかなかった。




 デミオは床の上を転がるように逃げながら首を左右に振って声を上げた。


「ひ、ひいいぃ~っ! だ、誰かいないか~! ワシを守れえ!」


「気の毒だが、今この領内で生きてる領民、お前くらいだぜ?」


「は?」


「外を見てわからないのか? お前の領地は滅んだんだよ……お前が森にしたようにな」


「ひ、ひいいぃ~っ!」


 そこで運はミューとフィリーの存在に気づいた。


「ミュー、フィリー。お前たちだったのか」


「運さん!」


「運っ!」


 ミューもフィリーも、失っていた希望を取り戻しつつも泣きそうな顔で運の名を叫んだ。


「っ!」


 そして運も二人の姿を見てすぐに状況を察した。その目はさらに怒りに満ちていった。


「テメエ……俺様の大事な友人に何してくれたんだ、ああ?」


 運は怒りに任せ、片手でデミオを吊るし上げた。


「ひいいぃ~っ! 助けてっ! 助けて下さいぃ~! なんでも! なんでもしますっ! なんでも差し上げます~っ!」


「ふざけんな! なんでもって、こんなふうに人も物も不毛な領地でお前に何ができるんだよ? それに差し上げるも何も、俺様には黙ってドロップさせるほうが簡単なんだぜ……?」


「ふひひぃ~……」


 デミオは涙鼻水涎その他を巻き散らかして泣き喚いた。


「うわっ! 汚えっ!」


 運はデミオから飛び散る体液を避けるようにとっさにそれを投げ捨てた。が、残念ながらその方向は壁がなくなったほうの一面であった。


「あ! ここ二階だった」


「ぶべっ!」


 デミオは二階から落下、辛うじて生きてはいたものの、骨折等により動けなくなっていた。


「運っ!」


 運が振り返るよりも前にその胸に飛び込んで来るフィリー。


「フィリー。恐い思いさせてごめんな」


 運はフィリーの両手を拘束する錠を破壊し、その頭を撫でてやった。


「ちょっと待ってろ。ミューも助けてやんなきゃ」


 続けてミューの拘束も解く。


「運さん! 運さんっ! うわああぁぁ~ん!」


 緊張の糸が切れたように泣き出してフィリーと同じように運に飛びつくミュー。


「運っ! 恐かった! とっても恐かった!」


 そこへ再び追いかけるように飛びつくフィリー。


「うおっとっと!」


 体当たりに近い衝撃に体勢を崩す運と、それを追う形で倒れこむミューとフィリー。


「ぐええっ!」


 美女二人に潰されて運の身体は悲鳴を上げた。


 運は右半身をミュー、左半身をフィリーに拘束されたも同然の状況であった。


「なにやってんのお兄ちゃん?」


「は、運殿……? この状況は……?」


 そこへ現れる久遠と五十鈴。


 ビクッと跳ね上がる運。


「久遠! 五十鈴! ち、違っ! これはっ!」


「な~んかお兄ちゃん、浮気現場を見られたような反応だよね?」


「運殿が、う、浮気……? ミュー、フィリー……そんなのズルい」


「そーだよ! ズルいよね~五十鈴さん! じゃあ私は左足を貰う!」


 そう言って久遠は運の左足に抱きついた。


「え? ……で、では私は右足でしょうか……?」


 五十鈴もそれに習う。


「あのな。お前たち、俺様を四肢封印でもするつもりか?」


「あらあら。それでは最後は私ですね?」


 そこに現れたのはカレンだった。


「カレンまで。いったい何をしようと言うんだ? それより早くこいつらをどけてくれ」


「うふふ、運様。ドリアードがほかの精霊と比べて違う点が何かご存知ですか?」


 カレンは語り出す。


「それは、植物を使って人の身体に近い実体を作ることができる点なんですよ?」


 そのカレンの妖艶な身体までもが自身に覆い被さって来るのに運は恐怖した。


「お、おいまさか……」


「一番最後の私は、真ん中ですね~」


 ミューとフィリーを少し左右にどけて、実体化したカレンも運に圧し掛かった。


「おいお前ら。俺、生身は、普通の、人間……ぐふ」


 運は美女五人に乗られて身動き一つできずに潰された。


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