最高の鑑定士
レオナルド視点です。
父から預かった魔法具を大事に抱え、猛スピードで馬を走らせる。
前の世界で乗馬の経験はないが、この世界の貴族であれば割と一般的な教養だ。特にうちのような商売を生業としている家柄では必須である。時間を短縮するには馬車に乗るより、馬を走らせるほうが断然速い。
とにかく今は時間が惜しい。
目的の場所に着くと馬車止に馬を繋ぎ、『休業中』のプレートがかかった扉を叩いた。
すると、二階の窓が開き、薄紫色の髪がふわりと風に揺れた。
「レオくん、いらっしゃい。今、行くわ。ちょっとだけ、待っててね」
「はい。あ、急がなくても大丈夫なので」
予定していた時間よりもずいぶん早く来てしまったから、まだ一階に降りていなかったのだ。足を怪我している状態で、二階から降りてくるのは大変だろう。
しばらくして、扉の窓にかかったカーテンが開き、ガチャリと解錠した音が聞こえた。
「ごめんね、お待たせ。さあ、入って」
「すみません。約束していたよりもだいぶ早い時間に来てしまって……」
ひょこっと足を引きずり、僕の後ろを確認して首を傾げた。
「大丈夫よ。あら? アイリちゃんは?」
「実は――そのことでルーナさんに確認したいことがあるのですが」
ルーナさんはカーテンを閉め直すと、かかっているプレートを『休業中』にしたまま扉を施錠した。
「上で話したほうがいいかしら」
「はい。ルーナさんには座ってもらいたいですし」
「わかったわ」
僕らは二階へと移動した。
だいぶ良くなったのか、先日より動きが早くなっている。
「ルーナさん、僕が持ちます」
「ありがとう、お願いするわ」
ルーナさんが淹れてくれたハーブティーを受け取ると、テーブルまで運んだ。
湯気からほわりとラベンダーの香りが漂い、焦る心を落ち着かせてくれる。
「どうぞ」
勧められるまま、一口飲む。
鼻と喉を優しい香りが抜けていき、さらに冷静さを取り戻すことができた。
「アイリちゃんに、何かあったの?」
僕を見つめるルーナさんの瞳は髪の色と同系色で、まるでこのハーブティーと同じラベンダーのようだ。
胸元には視覚誤認の魔法具が下げられている。
「昨日、アイリは手伝いに来ましたか?」
「いいえ、来ていないわ」
ルーナさんは小さく首を横に振った。
「連絡は?」
「連絡があったのは、レオくんからだけよ。それで、アイリちゃんも来なかったから、二人とも来られなくなったのだと思っていたけど……違ったのね」
ルーナさんは窓の外に目をやる。
「ここまで、急いで来たのね」
「はい」
繋がれた馬と僕の額の汗で察したのだろう。
「アイリーンが……アルキオネ侯爵家と養子縁組されそうなんです」
「どういうこと?」
ルーナさんが神妙な面持ちで僕に問いかけた。
「どうやら僕とアイリーンの婚約を解消させて、フレデリック殿下とアイリーンを婚約させたい人物がいるようです」
「そんな……まさか……! 物語を元に戻そうとしたジルコニア公爵令嬢は追放されたはずでしょう?」
「はい。ですがこの前、ルーナさんが言っていた可能性が出てきてしまいました」
ここでした話が今、現実に起こりつつある。
『だって――主人公は王子様と結ばれる、という物語なんだもの』
あの時、ルーナさんは『もしも物語に強制力があったら』という仮定で話していたが、僕はあり得るかもしれないと思った。
ただ、さすがにこんな早く事態が急展開するとは、思ってもみなかったけど。
僕は大切にしまってあった小箱を取り出すと、テーブルに置いた。
「その関係でルーナさんに鑑定してもらいたい魔法具があるんです」
僕らには――物語で名前すら出てこない最強の力を持った人たちがついている。
そのうちの一人。
アルカディアという大国で国会機密レベルの仕事を任されるほどの優れた魔法具鑑定士。
それが――ルーナさんだ。
『鑑定』
ルーナさんの薄紫色の瞳に、魔法陣のような模様が浮かび上がった。