それぞれの思惑
「あら? 先約がいたのね」
二人だけの茶会に思いもよらぬ人物が姿を現し、私たちは慌てて席を立つと、頭を下げた。
「ご機嫌麗しゅう、母上」
「王妃殿下にご挨拶申し上げます」
以前、お会いした時にも気になっていたが、物語の中の王妃様はもっとほんわかした感じの人物だったように思う。
今、目の前にいる王妃様はまるで正反対。
どこかギラついていて、威圧感がある。微笑んでいるのだけれど、目の奥は笑っていないというか、怖さのようなものすら感じる。
「二人が仲良くしてくれて、嬉しいわ」
私たちの様子を伺うように視線を送ると、王妃様は満足そうに口角を上げた。
しかし、殿下に視線を合わせた瞬間、急に顔を歪めた。
「フレデリック。私が贈ったピアスはどうしたの? なぜ今していないの?」
王妃様の手に握られていた扇子が僅かにミシリと音を立てた。
「いただいたピアスは今、父上に預けています。申し訳ありません、母上」
「そう……陛下が……」
王妃様は呟きながら、視線を落とした。
すると、何かに気づいたのか、突然笑みを浮かべ、「わかったわ」と機嫌を直した。
ころころと変わる王妃様の情緒に、一抹の不安がよぎる。このままで問題ないのだろうか。
王家にはさぞ優秀な医師がいるだろうから、大丈夫なのかもしれないけれど。
「せっかくいらしたのですから、母上も一緒にいかがでしょう?」
フレデリック殿下の提案に、私の背筋が凍る。ただでさえ神経を使っているのに、これ以上、私の心労を増やさないでほしい。
私が懇願するように殿下を見つめていたからか、王妃様は口元に扇子を当て、小さく首を振った。
「二人の邪魔をしては悪いわ」
「邪魔、などとは……思っておりません!」
焦ったように取り繕うフレデリック殿下の姿が新鮮で、思わずクスッと笑ってしまった。
(あれ……? 私、今――)
自分の中に芽生えた感情に戸惑っていると、その様子を見ていた王妃様が瞳を細めた。
「アイリーン、と呼ばせていただくわね」
「えっ?」
「私たちはもう親戚でしょう? アルキオネ侯爵家の娘になったのだもの。それに――」
王妃様は先ほど見ていた場所に再度視線を落とすと、笑みを深めた。
「フレデリックの求婚を受けてくれたのでしょう?」
私が首を左右に振ると、王妃様は困ったように眉を寄せた。
「あなたの指にはフレデリックと同じ指輪があるじゃない」
「それは……」
無理やりつけられた、なんて言えない。
「しかしながら、王妃殿下。私にはすでにガーネット伯爵令息という婚約者がおります」
王妃様は「そんなこと?」と首を傾けた。
「問題ないわ。アルキオネ侯爵が婚約解消の手続きをするから」
「そんな……」
「あなただって、伯爵夫人よりジュエライズ王太子妃のほうがいいでしょう?」
つい先ほど、同じようなことを言っていた人がいたことを思い出す。
自分の物差しでしか幸せを測れない人。その物差しは他人も同じだと当たり前に思っている人。そして、それを一方的に押し付ける人。
その考え方は王家の血筋なのか。それとも、そういう教育を受けているからなのか。
そんな妃教育なら、やはり受けたくない。
――でも。
「そうですね……わかりました。では、正式な手続きをお願いいたします」
「わかってくれて、嬉しいわ。ああ、私に可愛い娘ができるのね!」
王妃様は自分の思惑通りに進んでいることに歓喜している。
婚約解消の手続きをするためにはガーネット伯爵家に行かなければならないし、婚約を解消する了承を得なければならない。
その手続きを行うのがロードナイト伯爵でも私でもなければ、絶対にレオが気づいてくれる。
私は愛する人と“対”になっているイヤーカフに触れようと手を耳に当てた。
(あ、れ……? ない……!)
耳を塞ぐようにして両耳を確認するが、どちらにも付いていない。
(何で……どこで失くしたんだろう?)
ここで落としたのかもしれない、と辺りを這うように探し回る。
突然、地べたを這い出した私に、フレデリック殿下が声をかけた。
「もしかして――君が探しているのは、これか?」
上着の胸元から取り出した殿下の手の中には緑色の石がはめ込まれた魔法具があった。
「どうして――」
「――ここは王城だ。認識阻害の魔法具の使用は禁止されている。君には悪いが、寝ている間に外させてもらった」
どおりで他者とスムーズに会話できたわけだ。
使用人や先ほどの従者、それに王妃様。皆、私を認識していた。
王城内での使用は禁止であることは知っていた。以前、王城で開かれた舞踏会では外していたのだから。
そもそも、私は学園にいた。自分から王城に来たわけじゃない。
それなのに――勝手に連れてきて、勝手に奪い取るなんて。
あのイヤーカフは、私の大切なものなのに。
「……返してください」
「もちろん、返すつもりだ。君がここから出る時に、ね」
気づかないように、感じないように、と知らんぷりしていたのに。
ボコボコと湧き出す黒い感情に、ずっと抑えていた蓋が今にも弾き飛びそうになっていた。