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いつの間にか 〜フレデリック視点〜

冒頭はアイリーン視点です。


 馬車の中で意識を取り戻したレオに、私は深く頭を下げた。


「ごめんなさい。変なことに巻き込んでしまって」


 レオは、先ほどまで腕で口元を隠し、震えていた。相手は王族と公爵。伯爵家からみたら雲の上の存在。

 そんな高貴な御方に啖呵を切った令嬢の関係者だと紹介されてしまったのだから。

 今後の不安と恐怖で震えもする。


 ましてや、レオは魔法具の眼鏡を使ってまで目立たないようにしていたのにもかかわらず、巻き込んでしまった。

 それを知っていたのに――本当に申し訳ない。


「いや……大丈夫だよ。アイリーンこそ、大丈夫?」


 こんな状況で私の心配までしてくれる――レオは、本当にいい人だ。そんな人が友だち第一号だなんて、私は幸せ者だ。


「ありがとう、私は大丈夫よ」


 私がニッコリと微笑むと、レオは右手で右耳辺りの髪をクシャッと掴み、こめかみを刺激するようにグリグリと擦った。


(――あれ? そのクセ……)


 どこかで見たような、既視感。

 どこで見たのか――思い出そうとしてみたがまるで靄がかかったように出てこなかった。





「あれも彼女の策略でしょうか……?」


 しかし、彼女――アイリーン・ロードナイト伯爵令嬢が言っていることは至って正論だった。




 入学式前日に、事前準備をしていた私の前に現れた彼女。

 私は彼女がそこに来ることを()()()()()()()()


 なぜなら愛する婚約者候補ディアーナ・ジルコニア公爵令嬢から聞いていたからだ。


 ディアには未来を見通す能力があった。その力で私自身、何度救ってもらったかわからない。心優しく、少し臆病なところが可愛らしい令嬢。


 いつからだろう。ディアを、一番近くで護りたいと思うようになったのは。彼女のことを、一人の女性として愛しいと思い始めたのは。


 幼少期、公爵家との交流で見かけたディアは、幼いとはいえ傲慢で奔放が過ぎていた。

 ところが、ある日を境にガラリと変わった。

 まるで人格そのものが別人にでもなってしまったかのように。

 素直で優しく、柔らかい笑顔を振りまくその姿は、さながら妖精のようだった。


 向けられた微笑みに彼女の心にも自分と同じ気持ちがあると確信し、婚約を申し込んだのだが、きっぱりと断られた。

 もしかしたら彼女を溺愛するジルコニア公爵が反対したのかもしれないと探りを入れてみれば、ディア本人の意志だという。

 あの時ほど絶望を感じたことはない。


 私が何かしてしまったのか、何が良くなかったのか、どうすればよいのか。


 わからなくて、ディアに何度も問いかけた。

 その度に彼女は、きっと私より好きになる方が現れます、と答えをはぐらかした。

 自分の気持ちを否定され、落ち込んだ。


 私がどれほどディアを想っているか、彼女は知らない。何とか、ディアから婚約の条件を出してもらい、学園を卒業しても気持ちが変わらなければ、婚約してもらえるという確約をもらった。


 ただでさえ、公爵家の養子である義兄ディルクとは血がつながっていないし、彼はディアに妹以上の感情を持っている。いざとなれば結婚して、ディアを公爵家にそのまま住まわせることもできるのだ。

 それはディアを溺愛してやまないジルコニア公爵にとっても一番いい選択なはず。大切な一人娘をずっと自分の側においておけるのだから。


 従者のカイルスにしてもそうだ。ディアを見る目は愛する者をみつめる熱い視線。あれは主従関係なんかではない。


 ただ、どの視線もディアには届いていないのが救いだった。しかしそれは、私がディアに向ける想いにも気づいてもらえていないということでもあった。


 ある日、ディアが将来的に修道院に身を寄せようとしている、ということを耳にした。


 いったい何が彼女をそこまで苦しめているのか。

 どうして頑なに我々との関係を拒むのか。


 修道院に入ってしまったら、ディアと婚約出来なくなるどころか、自由に会うことすらかなわなくなる。それだけは選択させたくなく、理由を教えてほしいと懇願して、やっと聞き出せたのだが――


『フレディは学園で運命の人に出会うの。だから私はその邪魔になる。邪魔をした私は、大好きな皆に断罪されるのよ。それだけは……嫌なの』


 と、ポロポロ涙を流した。

 静かに頬を濡らすディアの、その姿でさえ美しいと思った。そんな自分が他の女性に気を取られるなんて信じられなかった。


 そこで初めて、ディアには未来を見通す能力があるということを打ち明けられた。


 泣き腫らしたディアに寄り添うように、話の続きを聞くと、その女性に最初に出会うのは入学式の準備をしているときだという。


 彼女は透き通るような薄桃色の髪と、バラのように深く濃い桃色の瞳をした美しい少女だそうだ。


『その時、彼女はこういうの――』



 “あの……迷ってしまって”



 ディアの言う通りだった。ディアには本当に未来が視えていたのだ。だからといって、視えた未来と同じ結末になどするものか。


 私は女子生徒に毅然とした態度で対応した。


 くるりと向きを変え、去ろうとする女子生徒の上で何かががさりと音を立てた。


(――危ない!)


 心の中で声を発したが届くはずもなく。気づけば、その女子生徒の頭に太めの枝が直撃していた。


「だっ、大丈夫ですか!?」


 木の上から黒髪の男子生徒が降りてきた。

 私は彼に救護室を案内し、彼女を連れて行くように促した。


 翌日、入学式が終わると昨日の女子生徒――アイリーン・ロードナイト伯爵令嬢が他学年である私の教室にやってきた。

 昨日のことを話しに来たのだろうか。ディアに誤解を与えたくないため、あまり彼女と接点は持ちたくないのだが。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか彼女の姿は見えなくなっていた。私はホッと胸を撫で下ろした。





 今日はディアが昼食を持ってきてくれる日だ。昨年から続く日課である。

 中庭近くで合流すると、ディアがベンチに座る女子生徒を見て、悲鳴にも似た声を上げた。


「え……? なぜあなたがここにいるの!?」


 その女子生徒がどうして我々の行く先にいるのか。不思議でならなかった。


「その眼鏡は……認識阻害の魔法具か?」


 ディルクが女子生徒の眼鏡を魔法具だと見抜いた。私は思わず、心の中の声を言葉にしてしまっていた。


「そこまでして我々と接点を持ちたいのか? なんと浅慮な……」


 ディアを隠した背中に震えている息遣いを感じる。こんなに怯えて……何とかして安心させてやりたい。


「ロードナイト伯爵令嬢。君がどんな手段を使おうと、私が君に心奪われることはない」


 ディア、君との約束は守るよ。


「私の心にいるのはディア、ただ一人だ」





「私が皆様に、何か失礼をいたしましたでしょうか。私の知らぬところで失礼がございましたら謝罪いたしますのでご教示いただけますか」


 唇をキュッと一直線に結び、何かを堪えているかのような表情。


「それから私の行動は、私の自由です。それとも、私の予定すべてに殿下やジルコニア公爵家の許可が必要でしょうか?」


 本を抱える腕にグッと力が入っている。


「先日も本日も私から皆様にお声をかけてはおりませんし、何を勘違いされているかわかりませんが、私は皆様に興味はございません」


 確かに彼女から声をかけられたことは一度もない。そして、まっすぐ私の目を見て、我々に興味はないと断言している。


 赤に近い濃い桃色の真剣な瞳。

 嘘をついているようには思えなかった。


「それに、私には同行者がおりますので」


 本を抱えていない方の腕が動く。気づかなかったが彼女の隣には、先日、木の上から降りてきたあの時の男子生徒がいた。彼女は彼の腕を取ると、しがみつくようにギュッと抱え込んだ。


「彼が私の行動の証人です。皆様と関わろうとは少しも思っておりませんので、今後、私を見かけても今のように話しかけず、無視していただくのが一番かと存じます」


 美しい所作で一礼をすると、「では、失礼させていただきます」と一言断り、馬車に乗り込んだ。





「あれも彼女の策略でしょうか……?」


 カイルスはゆっくりと走り出した赤い馬車を睨みつけていた。


「ガーネット伯爵家の馬車か……」


 ディルクがポツリと呟く。


「ロードナイト伯爵令嬢が言ったように、彼女は我々に何もしていない。それに――我々は彼女のことを何も知らない」


 ディアから聞いていたロードナイト伯爵令嬢のことしか知らないし、実際に会うのは初めてだ。

 それなのに自分たちが彼女にしていたことはあまりにも一方的で横暴だったのではないか、ということに気がついた。


 関わろうとは思っていない、無視してかまわない、そう言い切った彼女の、宝石のように輝く、まっすぐな瞳が忘れられなかった。


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