もしかして、あなたは!
「私ね、アルカディア王国から来たの」
「え……?」
私とレオが顔を見合わせたのを見て、ルーナさんはくすくすと笑った。
「アイリちゃん。さっきの話、レオくんにもしたんでしょう?」
「あ、はい……」
「きっと、何で認識阻害の魔法具がわかったのかって思ったのよね?」
私はコクリと頷いた。
「実は私、この国に来る前、アルカディア王国で魔法具の鑑定士をしていたの」
ルーナさんは紅茶の入ったカップにふうと息を吹きかけると、一口飲んで静かに置いた。
「だから、二人が付けているイヤーカフが魔法具だって、すぐに気がついたわ。二人は認識阻害の魔法具を付けなければ街で行動できないほど身分が高いんじゃないかって」
ルーナさんは私をジッと見つめた。
「でも……まさか、あなたがロードナイト伯爵令嬢だとは思わなかったから、少し驚いてしまって……ごめんなさいね、アイリちゃん」
「いえ……」
私は小さく首を振った。
確かにアルカディア王国で魔法具の鑑定士をしていたなら、認識阻害の魔法具を見抜くことができるかもしれない。
ただ、それでもまだ疑問は残っている。
なぜ、私がアイリーン・ロードナイトであることでそんなにも驚くのか。そして、どうして、一緒にいるレオをフレデリック殿下だと思ったのか。
「ルーナさん。僕から質問してもいいですか?」
レオはイヤーカフと眼鏡を外すと、長い前髪を掻き上げた。
目の前にいるのがフレデリック殿下ではないことに気づいたルーナさんが瞳を大きく見開く。
「ガーネット伯爵令息、レオナルドと申します。見ての通り、僕はフレデリック殿下ではありません。ルーナさんはなぜ、アイリと一緒にいる僕をフレデリック殿下だと思ったのですか?」
「それは……」
ルーナさんはキュッと口を結んだ。
そして、意を決したように「ちょっと待ってて」と言い席を立つと、寝室へと入っていった。
私たちは黙ったまま瞳を合わせていると、短時間でルーナさんが戻って来た。
その手には一冊の本があった。
「この本のせいよ」
ルーナさんは元いた椅子に座ると、持ってきた本をテーブルの上に置いた。
「これ、は……」
私の胸がドクリと大きく音を立てる。思わず、ぎゅっと胸元を押さえた。
私の隣に座っていたレオが息を止めたのを感じる。
見覚えのある表紙。ヘタリ具合、傷。
見間違えるはずない。この本は――
「この本はね、アイリーン・ロードナイト伯爵令嬢、あなたが主人公の物語なの」
そんなこと、私たちが一番よく知っている。
だって、目の前にあるその本は――私の本だったのだから。
私たちが死んだあの日、大切に抱えていたあの本がなぜここにあるのだろう。
「ルーナさん……この本、見てもいいですか?」
「どうぞ」
ルーナさんに断りを入れてから、テーブルに置かれたその本を手に取る。
キラキラと輝く鉱石が描かれた表紙をそっとなぞった。久しぶりに見た、愛読書。表紙を開くと、サインが書かれていた。
――“アイリーンへ”
それは紛れもなく、あの時、憧れの作家さんが私の本に書いてくれたものだった。
懐かしい前世の文字が、溢れてきた涙でぼやける。
私が唇を引き結んでいると、背中が暖かくなった。ふと隣を見ると、レオが心配そうに見つめ、私の背中を擦ってくれていた。
「そう……あなたたちにも読めるのね」
ルーナさんの一言に私とレオはハッと顔を上げた。
この本は前世の文字で書かれているのだ。この世界の文字ではない。
けれど、それはルーナさんにもいえることで――
そこまで考えて、思考が止まる。
(さっき……ルーナさんは、なんて言った?)
『この本はね、アイリーン・ロードナイト伯爵令嬢、あなたが主人公の物語なの』
そう言っていた。
ということは、ルーナさんはやっぱり――
「ルーナさん、あなたは――転生者なのですか?」
私よりも先にその答えに行き着いたレオが、疑問を口に出していた。
ルーナさんは胸元にあるペンダントを一度ぎゅっと握りしめると、そっと首から外した。
「あっ……!」
今まで見ていたルーナさんの容姿が変わる。
私たちの目の前には黒髪、黒目の見覚えのある女性が座っていた。
「転生じゃないわ。――転移、よ」




