もしかして、あなたも?
「レオくんの正体は、もしかして――フレデリック殿下なの……?」
「え……?」
(何で……フレデリック殿下の名前が出てくるの?)
お互いに時が止まったかのように見つめ合っていると、階下から声が聞こえた。
「ごめん、アイリ。手が空いてたらでいいんだけど、ちょっと手伝ってくれる?」
レオの声に、私たちはハッと我に返る。
私は気まずい雰囲気を振り払うようにルーナさんに笑いかけると、「呼ばれているので、ちょっと行ってきますね」と席を立った。
階段を降りながら、魔法具を付け直す。
「アイリ、そこの本、取ってくれる?」
「これ?」
どうやら書棚の高い位置に戻したい本があったようだ。私が視線の先にある本を手に取ると、「そうそう」と頷いた。
「助かった、ありがとう」
「どういたしまして」
手渡した本を収め、はしごから降りてくると、レオは私の顔を見るなり首をかしげた。
「ん……? 何かあった?」
「……何で?」
レオの美しい瞳が長い前髪の奥から私の瞳をジッと見つめている。
思わず逸らしてしまうと、私の両頬がレオの両手で包まれた。
「隠そうとしてもムダだよ。僕を侮らないでね」
私は観念したように、息を吐いた。
前世で幼い頃から一緒だったレオに、今さら隠し事などできはしないのだから。
「さっき、ルーナさんに認識阻害の魔法具を付けていることに気づかれて――」
「え……? まさか、そんなはずない。だって、あれはかなり高度な認識阻害作用があるから、多少の魔力では付けていることすら気づかないはずだよ」
レオは私の頬を挟んでいた手を下ろすと、右の髪をクシャリと握り、グリグリと擦り始めた。
「それだけじゃないの」
レオの手がピタリと止まり、前髪と眼鏡の奥にある赤黒い瞳と目が合った。
「私、魔法具を外しちゃったの」
「なっ……!」
「ごめん! ルーナさんなら大丈夫かと思って」
レオが止めていたグリグリを再開した。
「……それで?」
「私がアイリーン・ロードナイトですって言ったら、レオはフレデリック殿下なのか、って言われたの」
「……はぁ? 何で?」
レオの手が再び止まる。驚きで開いた口が塞がらないようだ。さっきの私も、きっと今のレオと同じ顔をしていただろう。
「わからないわ」
理由を聞く前に呼ばれてしまったので、私にだってわからない。
私が小さく左右に首を振ると、レオは開いていた口から大きく息を吐き出した。
「その理由、聞いてみる必要がありそうだね」
私はコクリと頷いた。
いったいどうして、フレデリック殿下の名前が出てきたのか。
物語の中の二人ならともかく、この世界の私たちは犬猿の仲といってもいいほどだ。むしろ、ディアーナの件で恨まれているかもしれない。
ただ、街で暮らしているルーナさんが、私の身分が伯爵令嬢だからといって、一緒にいる相手が王子だと連想する理由もわからない。
身分からしても、釣り合わないのはわかるはずだ。ましてや本が好きなら、なおさら知らないはずはない。この書店でも、この国の身分制度についての本をいくつも取り扱っているのだから。
そうなると、考えられる理由は――
「ルーナさんは……私たちと、同じ――」
「――この物語を知る、転生者」
レオはグシャリと乱れた髪を一撫でして整えると、二階へと続く階段を見つめた。
◇
ルーナさんが言っていた通り、閉店時間までお客様は来ず、ゆったりと時間は流れた。
本来であれば、本が読み放題で充実した時間になるはずだったのだが、私たちはどこかソワソワしたままだった。
「二人とも、そろそろお店を閉めてくれるかしら?」
「わかりました」
二階からルーナさんに声をかけられ、私たちは閉店作業に取り掛かった。
レオが扉にかかったプレートをひっくり返し、小窓のカーテンを引いて鍵をかける。私は店内にある窓の施錠を確認し、カーテンを閉めていく。
売上金はないから、それ以上やることもなく、あっという間に閉店作業が終わってしまった。
私たちは大きく深呼吸をすると、ルーナさんのいる二階へと上がっていった。
「お疲れ様、二人とも。本当にありがとう」
ルーナさんは初めて会ったときと同じように、にっこりと微笑んでくれた。
「あの……ルーナさん」
私が気まずそうに口を開くと、ルーナさんが椅子をポンポンと優しく叩いた。
「まずは、座って。お茶を入れたから」
テーブルの上には湯気が上がっているカップが三つとチョコチップクッキーが置いてあった。
私とレオが席に着くと、ルーナさんが話し始めた。
「私ね、アルカディア王国から来たの」




